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 どこか意地の悪い小悪魔風な笑みを浮かべたサンジに、小柄なデザイナがぱちくり、と瞬いていた。
 ひょい、と顔を覗きこまれ、ナンデスカ?と視線で問い返せば、また視線をサンジに戻す。サンジの蒼が僅かに細められていた。
 「―――や、シツレイ。なんだかもっと―――あー、」
 もごもご、と口中で何かを言い訳して、それからトキ・ミクリヤ氏はいきなりしゃがみ込んだ。
 オカエリ、と囁いてきていたサンジが、またミクリヤに目線を戻していた。
 カメラマンの長い足が伸ばされ、げし、とデザイナを軽くつつく。
 「んあ?!」
 ころ、と転がりそうだったから背中を支えたならば。ぱちくり、と。真っ黒で真ん丸ででっかく見開かれた目と出会った。
 「大丈夫ですか?」
 「あー、うん。ダイジョウブ、って、わ、ごめん、ごめんね、馬鹿カメラマンが」
 あたふた、と立ち上がるミクリヤに、あ、とまたサンジが驚いた声を出した。
 
 「あ??」
 デザイナが、また真ん丸の目をサンジに戻していた。
 「思い出した……、」
 呟いたサンジに、またぱちくり、と目を瞬いている。
 「マリカの、螺子のすっとんだ従兄弟だ!」
 ひゃあ、とサンジが屈託の無い笑顔を浮かべて笑った。
 でっかく見開かれていたデザイナの黒目が、これで限界だろう、というくらいまで大きく見開かれる。
 「りゃ?マリカの知り合い?モデル??」
 「そうだ、ムッシュ・トキ・ミクリヤ、って。ナンデ忘れてたんだろう、おれ」
 まだまだ天使の如く明るい満面の笑顔を浮かべたまま、サンジがデザイナを見上げる。蒼が周りの光を取り込んで、さらにキラキラと煌めいた。
 「―――あ!」
 また頭を抱えたデザイナが。モデル?と訊かれた返事に、「“アンドリュウ”のね、」と色っぽい笑顔で告げられて、またWHAT、と言い掛けた口の形のまま固まった。
 「トキ、いい加減にシヤガレ」
 びし、とカメラマンがデザイナにデコピンを喰らわした。アウチ、と叫んで非難がましい目線でマッキンリィを睨みつける。刺激とレスポンスが余りに早くて、思わず噴出せば。ぎら、と悔しそうな目でこちらを睨み返された―――ワォ、案外怖いもの知らずだね、センセイ?
 両手を挙げてホールドアップをしてみせたのに、サンジがくすくすと笑みを零した。ダァリン、おれが庇ってあげようか、と。にこにこしながら言ってくるサンジに、よろしく、と返せば。
 はあ、と深い溜め息を吐いたカメラマンが、立ち上がってから両手でデザイナの顔を捕まえて、ぐい、と自分の方に向き直させていた。
 
 「こーら、トキ!オマエはバカクチュリエだが馬鹿なクチュリエじゃないんだろうが」
 「元と言えばオマエが」
 「シャラップ。その前にすることがあるだろうが」
 「オマエにか?いまさらか?」
 「阿呆、オレにじゃねーよ。なんだよこの中身はマジで彼岸までイッチマッタのか?」
 ぐらぐら、とカメラマンがデザイナの頭をシェイクするのに、目が回るからヤメロ、とデザイナが噛み付き返す。
 「最初にしなきゃいけないことは?」
 「さっきソレを思い出してたんだよ!」
 「じゃあさっさとやれよ、バカクチュリエ」
 「煩い馬鹿カメラマン!」
 イィ、と歯を剥いたクチュリエを、カメラマンは細めた目でじっくりと見遣り。う、と小柄なミクリヤが怯んだ。
 ぐい、と顎をしゃくったカメラマンに、デザイナは小さく口を尖らせ。けれど、それから酷くバツの悪そうな顔をして、サンジに向き直った。
 
 「―――えーと、色々とゴメンナサイ。タイヘン失礼しました。なんでだか僕のこと知ってるみたいでビックリなんですけど―――お初にお目にかかります、トキ・ミクリヤです」
 ハイ?という風に首を傾げていたサンジに向かって、ぴょん、と飛び跳ねるようにデザイナが頭を下げた。
 「お初にお目にかかりますよね?僕、時々記憶喪失になるんでアレなんですけど、アレって言ってもわかんないか、エート」
 頭をがしがし、と掻いてから。すう、と微笑んだサンジにどこかほっとして、デザイナが小さく笑った。
 「マリカって、ビビと仲良かったでしょう?珍しく。おれ、ビビとはずっと恋人よりお互い長い付き合いだから、アナタのことも伺ってましたよ?」
 柔らかな声で説明したサンジに、ぱちぱち、とまた瞬いてから、ああ!と合点が言った風にミクリヤが笑った。
 「サンジ、っていいます、」
 にこ、と笑って自己紹介を返したサンジに、うんうん、と小刻みな動きでミクリヤが頷いた。
 「なにか……?」
 す、と首を傾げたサンジに、ふにゃ、とミクリヤが笑った。
 「モデルのビビのモデルの子だね!なぁるほど、ビビのミューズ?ミューズじゃないや、ええと芸術の神でジェンダが男性って―――ああそれはまあいいとして!そっかあ」
 ああ、もうモデルじゃなかったっけ?それもまあいいや、ビビは元気なの知ってるし、と。歌うようにクチュリエが言い切って。それから、がば、とマッキンリィを見遣った。
 
 「マリカ、来る!時間、何時だっけ?」
 「いきなりカタコトか?まあいいや。もうすぐ来るよ」
 幼稚園の引率のようなクールさでカメラマンが答え。その遣り取りに、サンジがまたくすくすと笑った。
 蒼い双眸が、す、とこちらに合わされ。寂しいから早くトナリに来てよ、と目で告げられて、小さく笑った。
 背後でドリンクを持ってきていたカールの前を失礼して、蕩けそうな笑みを浮かべたサンジの隣に腰掛ける。
 ふわ、と柔らかで甘い風情を帯びたサンジの頬を指先で軽く突き、耳の上辺りに口付ける。
 「タダイマ」
 「ン……、」
 とろん、としたサンジの声に、はたはた、とまたデザイナ瞬く。視線がこちらからアンドリュウへと向かい、またこちらに戻され。最後にカールに移ってから、天を仰いだ。
 ぷ、とカメラマンが笑う。
 その声に、目を伏せていたサンジが、視線をカメラマンに合わせていた。なんでもないよ、と言った風に、マッキンリィは手を振って。
 恋人たちってフツウこんなに無敵なモノなの?と呟いたミクリヤに、アンドリュウが低く笑った。
 ふわ、とサンジがまた笑みを柔らかく蕩けさせていた。
 
 「ムッシュ・ミクリヤ?どうぞお座りください」
 声をかければ、はた、と気付いたデザイナが、あ!といった顔でこちらを見遣り。
 柔らかなサンジの微笑に僅かに頬を紅潮させて、椅子を引いて座った。その前にカールがすかさず、ドリングを置く。アリガト、と小さな声でミクリヤがカールに呟き、カールもまた優しい笑みを一つ返していた。
 「チェイサーもお持ちしますか?」
 尋ねたカールに、ミクリヤはまた一瞬考え。
 「そうした方がいいと思う?」
 と逆に首を傾げて訊いていた。
 ―――ああ、あれだ。このオトナはヒゲのある小さな毛むくじゃらの犬に似ている―――ミニチュア・シュナウザ?
 「おそらく、」
 カールが優しい笑みを浮かべた。そして、ちら、とサンジの方を見遣る。
 「カレがアナタをからかい始めたなら、確実に」
 「―――うーん、じゃ、ヨロシク。べろべろに酔っ払ったら、マリカに怒られるし」
 肩に頬を預けていたサンジが、す、と視線を跳ね上げた。それからまた小悪魔のような意地の悪い魅力的な笑顔を浮べ。
 「マサカ、」
 そう呟いていた。
 じぃ、とサンジを見詰めたミクリヤが、マッキンリィを見遣った。
 「アンドリュ、アンドリュ。オマエさ、どの顔を撮るって?」
 
 
 
 
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