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 そうしたなら、『アンドリュウ』の返事は。
 「全部、」
 酷く自信たっぷりな笑顔で言い切っていた。
 「ぜんぶ?」
 オレを誰だとおもっていやがる、と。額に大きく書いてるかと思う、その自信は。
 思わず、鸚鵡返しみたいに呟けば。ゾロが、ぷ、とふきだしていた。
 なんだか、うれしいな。ゾロはリラックスしてるみたいだ。
 また、すぐにアンドリュウの目があわされて。
 「恋人の前でしか見せちゃいけない顔以外はね、」
 笑みと一緒に言葉が乗せられる。
 は、とまた笑いが零れる。
 「あれ……?でもおれ、普通に笑ってもアリステアから"こら”って言われることあるのに」
 なぁ?とゾロを見上げれば。
 ムッシュ・ミクリヤが。すっきりとまっすぐに、とてもよく出来た生徒サンみたいな風に手をあげていた。
 んん……?
 そうしたなら、ゾロがほんの少し頭を傾けてムッシュ・ミクリヤを指すみたいにしてた。
 うーん……こういうところは、伊達に「助教授」名乗ってないね、ゾロ。
 ムッシュ・ミクリヤはといえば。表情全部が発言許可を待ってて。どこか愛玩犬をイメージする。やっぱり、お散歩だったんだ、さっきの。
 ゾロが、どうぞ、とでも言う風に表情を作れば。
 「サンジがアリステアに向き合ってるから、恋人にしか見せちゃいけないカオなんだよ、ソレ」
 まるで、模範解答をみつけたコドモみたいな笑顔で言い切られてしまった。
 
 「ええ?」
 全身が、褒めて褒めて、と。まるでトリックを決めた子犬みたいだ、ムッシュ? ゾロは耐えかねたみたいに、くっく、と低く笑い出していて。
 「だってサンジの恋人でしょ?」
 まっすぐに、まっくろ目で見詰められる。
 ううん……。
 どっか違う?間違った?とムッシュ・ミクリヤが首を傾げて。アンドリューは、片手で顔を覆っていた、その表情は明らかに、あーあ、って言っていた。
 「でもそれを言われたなら、おれは一歩も外に出られない、」
 少し、ムッシュ・ミクリヤに顔を寄せるみたいにした。
 「だってね……?」
 ロウテーブルの距離の3分の1よりも少し近づいて。
 まっくろな目がまっすぐにあわせられて。言葉の先を目が一心に促してきていて。きらきらきらきら、ほんとうにコドモみたいだから。つい、癖がでた。からかい癖。
 この年齢不詳の、昔馴染みの従兄弟は。オトナというよりはやっぱりなんだか愛玩動物みたいで。才能も溢れるほどあるのも知ってるけど。どこか「イカレクチュリエ」でかわいいよね。
 だから、かな。額を軽く合わせるみたいにして、吐息に言葉を落とし込んだ。
 
 「おれの目が恋人を追わないときなんて、無いんだよ……?」
 だから、それは正解だし不正解です、と。
 する、と額をあわせてから、ほんのすこし距離を置いた。
 一瞬、ムッシュ・ミクリヤが考え込んで。そして、次の瞬間には言葉に納得してくれたのか、かーっと首元まで真っ赤になって。
 おれがゾロの隣に戻る頃には、なんだかマリオネットみたいな仕草でシャルトリューズを飲み干してて。止める間もなかった。
 咽ながら、ミントで喉が焼けるーってなみだ目でアンドリュウに訴えていて。
 「馬鹿かオマエ」
 アンドリュが言いながら、用意されてたチェイサーを手に持たせればまたそれも一気に飲み干したムッシュ・ミクリヤはばったりとロウテーブルに懐いて。かたん、と。ドライフルーツの乗った皿が軽い音をたててた。 ありゃ。
 ゾロを見遣れば。口を押さえて笑うのを耐えてる様子で。とても魅力的な腹筋がそれを可能にしていた。笑いを押さえ込んでる。テーブルに伏せたままのムッシュは、エリキシル・ヴェジタルで寿命縮んだー、とか呟いてた。
 
 「アリステア、」
 まだ口を押さえていたゾロに話しかける。
 ミドリが合わせられる、口許はわらったまま。そして、深い翡翠色は笑いを押し込んでいるせいでうっすらと涙ぐんでて。
 「笑い上戸、」
 耳元に唇を押し付けて声を落としこむ。くぅ、と。片眉をゾロが引き上げた。
 「面白いコンビだな」
 そう、どこか楽しそうに呟いてた。
 「んん、いい感じではあるよね」
 すい、と首元に額で懐いてみる。そして視界の端に動くものがあった。
 ゾロの長い手指が、髪をさらさらと撫でていく感覚に半分以上気を取られてたけど。
 最初にアンドリュウと、ムッシュ・ミクリヤが最初にいた辺りから。
 
 「ちょっとトキ……!」
 懐かしい声がした。
 センセが放り出したらしいスケッチブックを片手の。ショートボブのエキゾティックなビジン。
 となりは……シルヴィアだ。
 最後にあったときよりも、プラチナブロンドが随分と長くなってて。スレンダーなスタイルは相変わらず。
 いまはビジネスキャリアのトップを邁進中なマリカは、それでも美貌は昔のままで。だけど違うところは……スーツ姿の彼女なんてハジメテみた。
 シルヴィアは、覚えてた通りのスタイル。キレイな胸はキャミから見えそうで見なくて。デニムは勿論、潔くローライズ。
 ―-−あ、マリカと目があった……おれたちの方へ近づいてきながら、段々とマリカの表情が変わっていって。
 おれのこと、わかったのかな?ここ、暗いしね……
 
 「サンジ、ベイビィ!戻ってたの??」
 両腕が伸ばされて。
 温かくて信じられないくらい気持ち良い場所から少し立ち上がる。
 「ヘイ、少しだけね」
 マリカ、久しぶり。と。ハグ・アンド・キス。きゅう、と抱きしめられる。シルヴィアも、ぱあ、と笑顔になって。
 「キレイなシルヴィア、何時になったらキミにベイビイ扱いされなくなるのかな、おれ」
 シルヴィアにも、ハグ・アンド・キス。
 「いつまでもよ、ベイビィ」
 笑顔で返される。
 ゾロは、にこやかな笑顔をまた少しだけ引き締めたみたいだ。隣から伝わる雰囲気が少し変わった。優雅な獣、なんて物騒なオーラは健在なんだけど。
 
 「あぁ、2人とも、紹介するね―――ー」
 そう言い掛ければ。マリカが早速、ゾロを座ったままだったゾロを見下ろして。おれに訊いて来た。
 「で、この素敵な狼はだぁれ?」
 「アリステア、」
 シルヴィアの目もキラキラとしててきれいだ。
 「こちらがマリカ、それからシルヴィア」
 2人を紹介して、そうしたなら、優雅に手を差し出して握手してた。
 「アリステア・ゾロ・ウェルキンス、アリステアと呼んでください」
 笑みと一緒に言葉が追加される。完璧に、テディの孫。放蕩息子。
 「いい男ねー、」
 ホラナ?マリカが認めて……
 「ベイビのダァリン?」
 うーーーわ……シルヴィア。オンナノコ一筋だったの、知ってるよね、キミ?
 まぁ、ウン、たしかにね、隠さないけどさ?
 
 「違うよ、サンジのエッブリシングだよ」
 ぼそ、とムッシュ・ミクリヤが追加して。
 ゾロは、口端を物騒に吊り上げて笑みを作ってた。肯定する皇帝、なんてつまらない洒落が浮かんだ。
 「ムッシュ、まァたアナタ外れ」
 すい、とムッシュの前で人差し指を振った。子犬の注意力全集中、ないきおいでムッシュ・ミクリヤがこっちを向いた。
 「うっそ、」
 真っ黒目がまん丸に見開かれてた。
 「ウン。外れ」
 にーっこり、と笑みを乗せる。
 「ゾロはね?」
 す、と。視線を少しだけ、物騒な気配のままのおれの狼にあわせる。それから、ムッシュ・ミクリヤに。
 「He is my Life it'self(カレはおれのイノチそのもの、なんだよ)」
 
 
 
 ふわりと柔らかく、目元でサンジが笑いかけてきた。
 小さく口端を引き上げ、笑みを返す。
 テーブルの向かい側では、デザイナが「ぎゃあ!」と言いかけた口の形をキープしたまま、かっちりと固まっていた。
 その隣ではカメラマンが、ばぁか、とでも溜め息混じりに言いそうな顔で、じっとりとミクリヤを見据えていた。
 マリカと紹介された黒いボブショート・ヘアとオリエンタルな顔立ちが魅力的な“トキ・ミクリヤの従姉弟”は。
 する、とデザイナの肩に腕を乗せ、固まったままの従姉弟の背後から酷くキラキラとした眼差しでサンジを見遣った。
 「サンジがそんなこと言うようになるなんて思わなかったわ。ベイビィも成長するものね、」
 ふわ、と。柔らかな眼差しでサンジが笑みを返す。
 「生まれ変わった感じかな?」
 甘いトーンで告げたサンジに、マリカがくすんと笑みを零し。
 それから、その強い黒の双眸で、こちらを真っ直ぐに見詰めてきた。
 ―――はン?
 「アナタの方はどうなの、アリステア?」
 まるで保護者か教師みたいなトーンで、マリカが訊いてきた。
 ―――サンジ、ミオ・アンジェロ、随分と色んなヒトタチに愛されてきたな、オマエ?
 一瞬サンジをちらりと見遣ってから、真っ直ぐにマリカに視線を向けた。
 ―――サンジを愛する人間には、せめて心情くらいは偽らずにおきたいものだしな?けどまあ、―――そうだな。
 「What do you think?(どう思う?)」
 アンタたちは、オレみたいなのがこうしてるのを、どう思ってるんだ?
 アンタたちの大好きな“ベイビィ”を―――まあお互い、聞くまでも無く解ってるけどな。
 問い返され、少し目を見開いたマリカが。同じようにきょとん、としたシルヴィアと目線を交した。シルヴィアが僅かに首を傾げ、長いプラチナブロンドが衣擦れのような音を立てた。
 する、とマリカの視線が戻される。
 「I can't hardly imagine(とても想像つかないワ)」
 ―――万感を込めた声で言い、軽く首を横に振るマリカは。頭の悪いオンナじゃないのだろう、けれど必要以上に推測をしない人間なのかもしれない。
 酷く真っ直ぐな目線が合わされる―――真っ黒い双眸。従姉弟だというデザイナと同じだけの純粋さを保った瞳。
 
 ショーガネーナ、一度しか言わないぞ。
 視線を合わせたまま、勝手に浮ぶ笑みを零し。正真正銘偽りない本音を音にした。
 「All the reasons I've ever lived for」
 ―――今まで生きてきたことの全ての意味、だ。それ以上に形容しようがない。
 すう、と。マリカが目を僅かに見開き。シルヴィアも同じように目を見開いて、口を押さえ。
 カメラマンは、あーあ、とでもいうように天を仰ぎ。
 固まりっぱなしのデザイナは、目をさらに見開いて、固まった。
 周り、ざわめきが消えている――― 一瞬。BGMでさえ、沈黙した―――曲と曲の間で。
 柔らかな風が吹き込み、鉢などに植えられたプラントが、天使の羽ばたきのような優しい音を微かに鳴らした中。サンジだけが、するん、と隣に滑り込んできて座った。ふわふわと柔らかだった風情が、さらに優しく蕩けている。
 サンジに目線を向け、僅かに口端を吊り上げる―――全身で、アイシテル、と告げてくるのに返す。
 Ofcourse、I love you too, and only you for that matter.
 もちろん、オレも愛しているさ。オマエだけをな。
 
 ふにゃん、と笑ったサンジが。こつん、と額を肩に預けてきた。
 ゾロ、と。酷く小さな声で名前を呼ばれる。
 甘い甘い声―――ナンダヨ、まだもっと言えって?頭の中で茶化す。
 けれども。はた、とミクリヤが瞬いて。
 それから座ったまま、身体を斜めに勢いよく振り向かせ。がっし、と音がしそうな勢いで、従姉弟の細いウェストにしがみ付いた。
 「ダメ、僕もうダメ、眩しくて見れないぃいいい」
 うわあん、と泣きつくような声が辺り一帯に響く。
 する、とさらに額を押し付けてきたサンジの膝を軽く掌で撫で、けれど視線は周りから逸らさずにいれば。
 わーお、と驚愕と感嘆とを取り混ぜたような表情を浮かべていたマリカが同じような顔のシルヴィアと目を合わせ。
 その様子を、なんだか覚悟していたような顔で見ていたカメラマンが、ぽりぽりと頬を人差し指で掻いて、ぽつりと言った。
 「毛色の珍しいのが揃ってるからちょっと浮気心を出してナンパしてたら、何故だかこういう具合に惚気合戦に突入してな」
 あとは野となれ山となれ、だ。そう続けてそうな勢いで、軽く肩を竦めていた。
 サンジが漸く、ふ、と息を吐いていた。
 それから、頬をまだ肩に預けたまま、マッキンリィの方へと視線を投げる―――極上の羽毛より柔らかだった視線が、僅かに“いつものサンジ”の色を取り戻していた。
 
 
 
 
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