ダウンタウンをサンジの希望通りに一周してから、ハリウッドを抜けて州道であるCA-110を通ってパサデナ方面へ向かう。
昨夜は随分と眠たそうに、シルクのローブを肩からずり落としたままパッキングをしていたサンジは。ずっと額に軽く頭をくっ付けるようにして、窓の外を見ていた。
さすがに覚悟していたとはいえ、ロサンジェルスではカオを曝しすぎた。サンジの知り合いが多いだろうことは承知していたけれども―――出会った場所と、連中自身のステータスが、どうしても引っかかった。
クラヴに高級ホテルのバー、サンジがサンジであることを知っている連中が大勢いる中で、サンジが戻っていることと男連れだという噂が広まるのは、あまり芳しくなく。
連中の殆どが、エンターテイメント系のビジネスに就いていたから、連中自身が何も言わなくても、連中の知り合いから情報が漏れるかもしれない。

“アリステア・ウェルキンス”のIDは本物でも―――偽りを本物にすることはできない。黒は灰色になることはあっても、白には絶対にならないのだから。
サンジの古い知り合いに付き合ったことも、“ビビ”が寄越した服で擬態したことも後悔することはないけれども。用心するに越したことはない―――だから、暫くは静かに過ごすつもりだった。
サンジは、サン・フランシスコを避けてソノマに滞在することに反対はしなかった。
垣間見たサンジの過去、刹那的で享楽的なナイト・チャイルド、どんなに“軽く”在っても、サンジはサンジで。サンジの地元を避けたことの理由は、理解してくれているみたいだった。

パサデナからインターステート5に乗る。延々、308.4マイル、車を転がすだけだ。
サンジが、暫く経ってから。
「わかった。おれ、サンフランシスコだったらほんと、昼歩かなかったもん」
そう言って、ステイしないことに賛成してくれていた。
ナイト・チャイルド、ムーン・ラヴァ、オマエの過去に言及する気はさらさらないし。
自分の決して褒められない過去を鑑みれば、とても何かを言える立場になどないがな。
徹底すれば、何かを極められたかもしれないが―――あんまり健康的とはいえないな、オマエ?
“昔”に会ってたらきっと―――ああ、止めよう。考えても無駄だ。
サンジの声に意識を戻す。
「でもな?」
視線を投げれば、サンジがにこ、と笑っていた。
「トモダチでもオトコはゼロだったから、他人と思われるかもねえ?」
そう笑みを口端に刻んだまま、言っていた。
「無理だろ」
手を伸ばし、サンジの髪を掻き混ぜた。
「…そ?」
「オマエみたいなのがそうそういて堪るか」
蒼がふにゃん、と蕩けたのに小さく笑った。
バックシートでは、海で相当疲れたらしいエリィが、くったりと伸びて深い眠りに着いていた。
カーラジオからは、静かなインストロメンタル・ジャズが流れている。しばらくは離れていたものに、どうやら無意識に戻っていたらしい。

昨夜、サンジが眠った後に。部屋に持ち込んでおいたロードマップで次の行き先を決めた。
それからテレホン・ディレクトリを朝刊と一緒に運んでおいて貰える様に告げてから寝て。
朝、サンジが起きる前に、宿泊先も決めた。ソノマにあるリュクスなホテル。
けれど、マリィナ・デル・レィとは趣が違うホテルだ。周りにはなにも無く、けれど運転さえすればサン・ホゼにも、サクラメントにも、オークランドにも、サン・フランシスコにも近い場所。とはいっても、どの場所にも1時間はかかるけどな。
けどまあ、アレだけハデに顔を売った後だ、暫くは隠者の如くの生活でもしないと、どうにも落ち着かない。
サンジを“愛している”人間が、その愛を再燃させて、追ってこないとも限らないからな……。
暫くは留守番の多かったエリィにも、構ってやる時間が必要だしな。

I-5からIー580に移り。それがI-680に変わり。計77.5マイル走ってから、CA-12に乗り換えても。
夏の空はまだまだ明るかった。さすがカルフォルニア、ホームタウンのシカゴとは随分と違う。
窓から空を見上げ、サンジが声をかけてきた。
「なぁ?」
「ん?」
「屋根、やっぱり偶に邪魔だな、って思わない?」
そう言って、にこお、と笑い。
「かな……?」
そう言い足していた。言い足しながらも、随分と機嫌は良いままのようだったけれども。
くっと笑って、軽く首を横に振る。
「車は地味で硬く、オーソドックス、が基本だったからな」
ヒトの記憶に残りにくいように。そうは言い足さなかったけれども。
「あ、やっぱり?」
そう他意無く笑ったサンジに、口端を引き上げた。
「どおせ足なら!目立ってナンボだぜ、って育ったからなあ、おれ」
どうやら、アレのセリフらしい―――“主催者”で、サンジの保護者の。

「刷り込みだよね、完全に」
「刷り込みだな」
ふんわりと笑ったサンジに返す。
「どうせなら、あのタスカン。オマエ、欲しかっただろう?」
「うーん?ウン。でもあっても乗らないよ?すぐ覚えられちまうもん」
にこにこと続けるサンジに、苦笑する。
「まあ、アレじゃあ今在る荷物の三分の二は捨てないとな」
親指でバックシートを示す。ふふ、とサンジが笑った。
「”ダァリン、ベイビィ。クルマはTPOだからナ?”ってのも教わった」
「その内、モンスター・トラックに乗り換えなきゃいけなくなるかもなぁ?」
に、と笑って冗談を言う。
「うーん、帰る頃にはー?」
ひゃあ、と笑ったサンジに肩を竦めれば。

「あ!」
とまた声を上げて、サンジが笑った。
「はン?」
「じゃあ、何?ソレの運転ならデニム。カットオフしたのはいてもアリか?タトゥとか入れてさ?」
「どうやったらその結論に達せるのかはオレにはわからんが。却下することだけは明確にしておこう」
に、と笑って。
車をCA-12からCA−121に乗り換える。ゆっくりと、空が茜色に染まり始めた。
サンジが、ラジオから流れてきたのに合わせて。プール・アンカのEso Besoを一緒に歌い始めた。
余りそれを意識しているようではなく。
小さな声で、なんとなく合わせて歌い出したようだった。
随分と機嫌の良いトーンに小さく笑う。ソノマまで、残りのドライヴはあと1時間ほどだ。




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