Sonoma


ソノマは、何にも『ナイ』ところだ。あまり近寄らなかった、以前からも。
葡萄畑と、アタリマエのようにワイナリーが山のようにあって。ゴルフコースに、乗馬に良さそうな平地と木立と。
そんな、数あるカリフォルニアのちょっとした景勝地、ってヤツはおれの生活と完璧にリンクしてなかった、以前住んでた頃は。
ワインは、まぁ……好きだけど。ワイナリーを周る、なら。
『はン?』って一言で。笑みと一緒にひょいってオープンの航空券渡されてオワリ、だった。
行きたい?じゃあ行ってお出で。チリでもイタリアでもフランスでも、誰と行くかはご自由にドウゾ、ってこと。
そんな具合だからソノマは、ロケーションが知識にはあっても。寧ろ直ぐ近くだから行かずにいたブランクスポットの一つ。
ビビだったかな。それとも誰か、オンナノコが。スパが結構いい具合、とわらってた話なら思い出せるけど、辛うじて。
だから、『引っ込む』には丁度いいかな。トモダチ連中も、知り合いも多分このエリアにはいないだろうから。

淡い灯りに照らし出された、どこかミッション風な味付けも足された建物を見る。
まぁ名前にミッション、って入ってるくらいだしな、と。低層階の、横へ広がっていくスタイルの優雅な白の建物。そこへ着いたのは夜の10時ごろだった。
「隠れるのにはいいかもな?」
ゾロが、ホテルを見てそんなことを言っていた。
何から?とは訊かなかった。多分、ヒトの記憶や噂や思い出だかとか、そういったモノ。
ラゲッジはもちろんスタッフ任せで。エリィのバスケットだけを持って。
夜だから、庭の様子はそれほどわからなかったけど。緑が濃いことだけはわかる庭に面したオープンな作りのヴィラがぽつん、ぽつん、と建ち並ぶ中をゆっくりと歩いていく。風が少し涼しい。
幾つかのヴィラの窓から灯りが射してて、それでもあまりヒトとカオをあわせることってなさそうだ。

−―−ふぅん?
少しだけ反省するか……?や、いいか。
遊ぶ宣言はしてたし、それほどまでに無茶はしていなかった……と思うし。
本当なら、サンフランシスコ。ヒルトップにあるクリフトに泊まって、羽根伸ばしたかったけどね?
さすがに、それは、ウン。そこまで我侭通せません。
ダレにあうか、それこそわからない。あのヒトの知り合いも多いし。ハリィの知り合いだってそれこそごっそりいるし。
好きなレストランに顔出したら、……ぜったい顔見知りはダレかいるに決まってるし。
あぁ、でも。ロォジェのデザートはまた食べに行きたかったけど、ううん。よしとこう。
ロォジェが出てきたら、エライコトになる、なにしろパティシエ様はハンサム好きだからね。

そんなことを思いながらスタッフの隣を歩くゾロの後をついて行けば、ヴィラに着いた。
他のヴィラと同じように、石造りでオープンな。それでも一番奥まった一角、木に囲まれるようにして建っていた一際大きい一棟。
「ワインカントリー・スゥイートです、」
スタッフが言って、ゾロにキィを渡していた。
「お食事は30分後にお持ちいたしますか?」
「よろしく、」
「かしこまりました、それではしばしおくつろぎください、テーブルセッティングはお部屋でも、テラスでも」
いたしますので、と。
柔らかな笑みと一緒にスーツ姿のスタッフがメインの建物に帰っていく。
ちら、と思う。
ジュリアンの方がエレガントだなあ、と。
でも、もっとしなやかなのはゾロだけどね、と。

扉を開けてくれたから、エリィを籠に入れたまま。少し伸び上がって口元にキスした。
オツカレサマでした。
翠が笑みに揺らぐのをみて、少し嬉しくなる。とん、と額に口付けられて。笑みが勝手に浮かぶ。
「一緒にツアーするか?」
翠をみつめる。
「迷子にならないから平気だよ」
部屋の内側、見えたのは暖炉のあるリビングと、幾つモノドア。
エリィをバスケットから抱き上げて。頬に額を押し当てた。
「ベイビィ、張り切りすぎたらおまえ、戻れなくなるよ?」
ちゅ、と鼻先にキスする。きらきらと、眼がもうやる気に満ち満ちているエリィにわらって。ヒゲまでぴんぴん跳ねさせてるよ。
「たくさんステイするんだからのんびりいきなね」
そう言って背中を撫でてからフロアに下ろしてやる。
「日数があるから慣れるだろ」
「ん、だね?」

だけどエリィは。尻尾を振りたててまっすぐ小走りにまずは暖炉へ突入する気らしかった。
「あ、」
ゾロ、と呼びかけた。
「あそこに灰被り(シンデレラ)がいる。……おれって、なに意地悪な継母って?」
ひでー、とわらった。
とすんっと。エリィがきれいに掃除されてる暖炉の内側に前足を揃えて飛び込んでた。
アタマのてっぺんに、わらいながらゾロがキスを落としてくれた。
「じゃあ妹とお姉さんを作らないとな?」
「うーわ!」
わらう。
「むりむりむり!いくらなんでも、1週間で?!」
軽口。
「解らないぞ?やってみないとな?」
ふは、と笑いかけて。それから、ゾロの腰のあたり。腕を回して胸を合わせるようにして、見上げる。
「どうしようか?ここに篭もってるならスパくらいしかアクティビティないんだけど、」
する、と腕をまわされて気持ちがいい。
「それとも、ゾロ……?おまえがやっぱりエンターティンしてくれるんだ?」
「まあ、飽きてきたら、シティの方に出ればいいか」
「”飽きてきたら”って、主語にもよるね?」
わらった。



いつもの通り、部屋のチェックを済ませてから、サンジが荷物をアンパックするのを手伝い。
エリィが、なにやら気負いながら部屋を行き来するのを横目に、サンジと顔を見合わせて笑い。
この時間帯、テラスでライトを照らすと虫が寄ってくることを考慮して、部屋の中に整えてもらったディナーで腹を充たした。
さすがスパ・リゾートなだけあって、部屋には大きなバスが2つあるベッドルームに一つずつ、それとは別にジャグジーとサウナルームが付いていた。
サンジが、部屋をチェックしている間に。『ジャグジーだ、入ろうね』そう言って笑っていたから、最初はソレから試してみることにした。リゾートの敷地内には、あといくつものバスがあるらしい。
それはもっとリュクスなのだろうが、部屋についているバスもそれぞれ、ヨーロピアン、グリーク、モダン・アメリカンのスタイルになっていて。最初にそれぞれの部屋を見て回った時、思わずサンジと顔を見合わせて笑った。
グリーク・スタイルを模して、コラムがあり、タイルでキレイに飾られた大きなジャグジーに一緒に浸かり。
サンジが水流で遊ぶ様を見ながら、ランチと小さなブレイク以外は車の中で過ごした疲れを癒した。


陽に焼けたかな?そう言って首を傾けていたサンジの髪を乾かしながら、どうだろうな、と言っておいた。
「昨日海の上にいただけだし、オマエ、日焼け止め塗ってたしな」
まあそうでないと、色の白いサンジのことだ、日焼けじゃなくて火傷になっちまうからな。
「おまえは、ちょっと焼けたね」
熱風に目を細めながらサンジが言ってきたのに、鏡越し、目を合わせる。
「そうか?」
まあ昔から、比較的肌の色は濃かったけどな。
ひたりと、サンジが手を伸ばし、頬に触れてきた。湯上り、ほてっと熱い手の感触に小さく笑う。
「よかった、オレンジの匂いがしない」
「……?」
一瞬、きょとんとしたサンジが。一気に顔を赤くしていた。
「――――おや。思い出したか?」
に、と笑いかければ。
蒼が一気に潤んで。明るく照らされたバスルームのライトに、きらきらと輝かせていた。
「よけいなことまで思い出しちま……っ」
そこまで言って、それ以上は言葉に出来ず。顔をさらに赤く染めたサンジの、乾いた金のさらさらと音を立てる髪に口付けた。
「楽しかったぜ、あれはあれで」

ドライヤを壁に戻し、ブラシで漉いてやる。耳まで真っ赤になったサンジを鏡越しに見詰め、にっこりと笑う。
「ビジンの出来上がり」
困ったような表情を浮かべたサンジの横顔に口付ける。
「なんだ?分け目が間違ってたか?」
「あ、」
くるりとサンジが振り向く。
「……んまり、そういうことばっかり言うと、」
むぎゅ、と抱きついてきたサンジが、小さな声で胸に向かって呟いている。
「言うと?」
語尾を繰り返して、先を促す。

「本気にしかけるだろ、」
「本気で言ってる」
こめかみに口付けを落とす。
「それともオマエ、オレがそういうことを本気以外で言うとでも?」
からかう口調で訊けば。
かぷ、と。サンジが鎖骨の下辺りを齧ってきた。
するりと乾いたばかりの髪を鼻先で退かし。小さな耳をあらわにさせる。
「いつだって、オマエを口説く時は本気で言っている」
息を呑んだサンジからは、優しいシャンプーとサンジの甘い匂いが立ち上っていた。
愛しているよ、サンジ。そう耳元で囁いて。
ぎゅ、としがみ付いてきたサンジの耳にも口付けた。
「今日はベッドでいいか……?」




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