* * * * *

エリィが、何度かスーツケースの中に飛び込んできてその度にお腹を擽って退かせて。
「新しいゲームじゃないよ、」
そうは言ってもダメだろうなぁ、と思ったらやっぱり無駄で。ありとあらゆる角度からスーツケースの中にダイブしてきた。

「エリィ、アウト」
リヴィングへ通じるドアを指差せば。
シェルフの天辺から尻尾だけ揺らして見下ろしてきた。金色目がでかくなってる。
リヴィングへ聞こえないように少し声を落として、今度やったらゾロを呼ぶぞ、と。いつも妙に効き目のある最後通告をして。
とてもカンタンなパッキングを済ませた。

ロードムーヴィー?
思いつくままに日程を立てずに出かけるなら、足りなくなれば買い足せばいいし。
エリィの「ゲーム」が無くなればすぐに片付く、はずが。
ケースの蓋を閉めようとしたとたん、とさんっと塊が真ん中に落下してきて。
「――――ゾロ!!」
連れ出してもらった。
塊をひょい、と捕まえて肩に抱き上げて。
ありがとう、とお礼。

置いていきやしないのね、と見上げれば。軽く微笑んだままに頬に唇で触れられて。
すい、と気分がそれだけで何インチが確実に浮き上がる。
ウン、キッチンでミルクでも貰っておいで、と。肩越しに見詰めてきた金色目に返す。
「エリィ、オマエのオモチャは1個減らすからな」
とん、と。額を指で小突いて。

ダイブで乱れた中身を整理しなおして。戻ってこないうちにストラップも留めて鍵は掛けないでおいた。
持っていくものを先に出しておいて欲しい、と頼んでおいたなら。おれのよりもっとパッキングするものは少なくて邪魔も
無かったからもう一つはすぐに済んで。
あとはエリィのオモチャくらいだ。
ヴァニティを持って、リヴィングへ戻った。

まだ朝が早いから灯かりを付けっ放しの中、ファーのネズミだとかボールをボックスから出して、見つからなかったエリィ
お気に入りのフェルトのリボンはカーテンの後ろに隠されてて。それから―――
キッチンへ行ってフードボウル代わりのいつもの皿と―――
水用に、いつものよりは深めのボウル。
「こんなモン…?」
もっと「実用的」なものはもうローヴァに積んであるし。

「ゾロ、ごめん待たせた」
リヴィングへ戻る。
「済んだか?」
「ん、」
ふわり、と微笑まれて。
「――――あ」
ブラシ、あとは…爪きり。

「取って来いよ」
笑いながら、仰向けにさせたエリィのまっしろな内側の毛を逆立てるみたいに弄って遊びながら言ってくる。
仲、良いよね、よかった。

エリィ用のバスケットから忘れ物を取り出して今度こそ終了だった。
「もういつでも出られるよ」
声をかける。
「オーケイ」

ヴァケイションのプランを聞かされてから、何日かは。
1ヶ月近く空けるから、部屋の掃除だとか。ロードムーヴィーに必要そうなモノの買い物だとか。
あとは、ゾロから。
名義の変わったライセンスを受け取った。
住所も「こっち」になっていて、思わず見上げて。
柔らかな翠にぶつかって、なんだかみょうに嬉しくなって一瞬だけ首に抱きついた。
「一応訊かれたらキョウダイな?」
耳元で笑いながら言われて。
「似てる?そう?」
笑って返した。

「キョウダイにも色々あるだろ、」
笑いをそのまま閉じ込めるみたいなキス、この件はそれでお終い。
あとは、アメリカのロードマップを眺めて目でルートを追いかけたりだとか。
クルマにナヴィゲーションはついているっていっても。一々それを見たいからってパーキングまで行きたくないしね。

すぐに日にちは過ぎて、今朝になってた。
エリィを渡されて、抱きとめる。
ヴェットに行くときのバスケットに入れている間に、ゾロはローヴァをエントランス前まで持ってくるのに一旦出て行って。
エリィがお気に入りのクッションに目を細めて蹲る頃には、スーツケースももう下に降ろされていた。
廊下で、戻ってくるのを待っていたなら。
階段を長い歩幅で上がってくると、ゾロはまた部屋に入って。
あぁ、最後にチェックしてるんだね、と思い当たった。
そのあたりは―――任せてるし。

まだ朝早いせいで、アパートメントは静まり返っていて。
ドアホールのタイルを滑るような、ゾロの足音だけ聞こえた。

今日一日で、どの辺りまでいけるのかな。
まずは南へ下って、から。
ワシントンは素通りしたいなぁ、あんまり好きじゃない。
オヤの知り合いにでも見られたら、またあのひとたちに余計な寂しい思いをさせるだけだし。後で頼んでおこう、ワシントンは
素通り、って。
ドアの鍵を閉める背中に、とん、と額で懐いた。
「ゾォロ、どきどきする」




ドキドキする、と言ったサンジの手から、キャットケージを受け取って。
そうっと腰に腕を回して階段を下りる。
早朝だからできること。
体重を預けられて、歩きながら揺れる金色の髪に口付けを落とす。
「いくらでもドウゾ。ただし、倒れない程度でな?」

ふ、と見遣って微笑んだサンジから腕を放し。エントランスを開ける。
する、と抜け出て行ったサンジの後に続いて、アパートメントを出て。
車をアンロックして、助手席の扉を開けた。
「良い天気になりそうだね」
乗り込みながらサンジが言った。
「ああ。暫くは雨も降らないそうだ」

ドアをそうっと閉めてから、後部座席のドアを開ける。
ケージを覗けば、ミルクを飲んで満足したらしいエリィは、ソファに埋もれて眠っていた。
騒ぎ出すまでこのままでいいか、と。ケージをシートの足元に置く。
安定した空間。

バックシートのドアを閉めてから、車に乗り込む。
エンジン・スタート。
ケージを見て、にこお、と微笑んだサンジにトンとキスをする。
「シートベルトをドウゾ」
ん?と目で訊いてきたサンジに微笑んでから、自分もシートベルトを嵌める。
被っていた帽子はまだ脱がずに、ドライヴィング用のサングラスをかける。

サンジがカチンとシートベルトをしながら。
「Bye―bye Manhattan」
と節をつけ、小声で言った。
「Just a bit early for that, baby」
まだソレにはチョット早いぞ、と笑って言ってから、左右を確認して車を出す。

車の数が随分と少ない早朝のマンハッタンを走らせながら、ひとまずニュー・ジャージィに抜けるルートに乗る。
南下して、ホーランド・トンネルからジャージィ・シティの方へ。
グラマシィ・パークを抜け、サード・アヴェニュウを通る。
「音はいるか?」
「ん?いらない」
にこお、と笑ったサンジに、肩を竦める。
「快適なエンジン音ではあるけどな」
笑って軽口。
「起きるよ?きっと」
そういいながら、サンジがすい、と後ろを指差していた。
「スーツケース・アタッカー」

「もう一個買って、スーツケースで運んでやればよかったか?」
「うわ、ギャングスタ?」
くく、と笑えば同じようにサンジも笑っていた。
「誘拐犯とか言われちまうな」
「でもさ?」
「ん?」
チャイナタウンの脇を抜けるように、西に向かう。
くう、と蒼がきらりと細められているのを、ちらりと横目で見た。

「似てるよ?カオみたら一発で飼い主ってわかる」
くくく、とまたサンジが笑う。
「―――そうか?」
頷いたサンジに苦笑する。
旅行前にヴェットに検診に連れて行けば、そういやそこのナース達にも言われたっけな。
"おとーさまそっくり"。まあ、ウチの息子だけどナ?

「なら今度オマエ似の娘でも貰うか?」
笑って告げて、レッドライトで停まる。
「ハ?」
青い目を真ん丸くさせたサンジの頬に触れる。
「いいか、いまのままで」
どうせオレの最愛はオマエだしナ。

ブルーライト。
トンネルの入口でポリスが立っていた。
誘導されて、トンネルに入ってライトを点ける。
「ほら。暫くニュー・ヨークとはお別れだぜ」
「クルマで出て行くの、初めてだね?」
じいっと見詰めて、にこ、と笑ったサンジにちらりと笑みを投げかける。
「でもさ?」
すい、と僅かに近づいてくる気配に、また目線を投げる。
トンネルからアウトする。
晴天の、ニュー・ジャージィ。
「それって、この時間限定」
初めて、ってやつ。そう言って、にっこりと笑ったサンジに頷く。

「ジョージ・ワシントン・ブリッジとリンカーン・トンネルばっかり使ってたしな」
何度かサンジと深夜のドライヴ。
リヴァ・ロードを走りながら、対岸からニュー・ヨークの摩天楼を眺めたりとかな。

すぐにインターステート78の標識が見えてきたが、あえて外して440を南下する。
す、と蒼がまた合わされて。「乗らないの?」ってカオだ。
「インターステート乗っちまうと、景色がつまらないだろ?」
そう言っている内に早朝のリバティ・ステート・パークの脇を抜けて、ケイヴン・ポイント・アーミィ・ターミナルのゲートの脇を過ぎる。
「ロードムーヴィーだったっけ、」
ふんわりと笑ったサンジに笑いかけて、リッチモンドに抜けるルートは選ばずにハドソンを渡る。
ニューアーク・リバティ国際空港の脇を抜けるためにロード13に乗って。
そのまま13を南下するルートに入る。

「きょうは何処まで目標?」
「フィラデルフィアでも、ワシントンでも」
景色を眺めながら言ってきたサンジに告げる。
「あのさ、」
声が柔らかいサンジに、目線を一瞬向ける。
「ん?」
「ワシントンは、素通りしよう?」
「オオケイ。じゃあフィラデルフィアを抜けたら、アナポリスの方へ南下しようか」
「ん、」
そしてハンプトンを抜けて、ノーフォークに抜けるルートへ乗ればいい。

「ベイサイドに居たほうが、エリィがフィッシュを食べれるもんな」
笑って車のアクセルを緩める。
クルージング・スピード。急ぐ旅ではない。
「あまやかし、」
笑ったサンジに、笑みを返す。
「おれもベイサイド好きなのに」

「適当なところで停めて、暫く歩こうか」
ワザと言ってきたサンジに提案。
「ビーチサイド。公園があるところなら、パーキングもあるだろうし」
「ん、賛成」
「見たいようなところがあれば、適当に言えよ?」
ショッピング・モールでも、パークでも、ヴュー・ポイントでも。
「もちろん、我侭は通します」
冗談口調のサンジに笑いかける。
「オレが一番甘やかしたいのはオマエだからな」




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