クルマは、フリーウェイに乗って。
でも、何番だかはシラナイ。
ルートを画面で見るよりは、窓の外を眺める、言うなれば無責任同乗者でいいや。
視界を過ぎっていく標識に、どんどんNYから離れていっていることだけはわかる。充分。
キライなわけじゃない、むしろ好きだけどあの場所は。

「いまどの辺り?」
無責任発言その1。
隣を見詰める。
「もうすぐ右手に海が見えてくる頃だ。ああ、ほら。マナスカン・パークの標識が見えるだろ?」

海沿いをいくのかなと。そう思っていたなら。
「ベイヘッド・ジャンクションを過ぎれば、ショア・リージョンだよ」
ゆったりと。リラックスした風に返された。
す、と。言われた名前が過ぎていった標識に見える。
「ビーチで寄り道オオケイ?」
「天気もいいしな、窓開けて走ったらキモチガイイだろう?」
「うん」
「で、適当に見えたところで、ここだ!ってとこがあれば言えばいい」
わらってる。―――素直に嬉しい、おまえのそういう顔みられると。

「エリィ、生涯初のビーチ体験だ」
まだ静かなケージの気配。
「犬がいなけりゃいいな」
海にはどっちかっていうと犬だしね、と返せば。
笑いながら「それとも犬に間違われるか?」だって。
たしかに、トイプードルよりはもう大きいしね。

「愛玩犬連れには見えないね」
笑う。
「家族だからな」
一瞬、言葉をなくしたけど。
そうだね、とどうにか返して。
視線を流せば、もう右側にコーストラインが見えた。
初夏の陽射しと、おれの良く知っていた色よりはもう少し濃い青味。東側の色。

「見えてきたね、」
少しだけ窓を開けてみる。
「ああ。大西洋側じゃなくて残念だな」
「ここだ!ってポイント見つけるの、おれ?」
すい、とまた視線をゾロに戻した。
「他に誰が?」
くくっ、と喉奥で小さな笑い。
「そういうのは得意かもしれない、」
少しずつ、確実に青が近付いてくる。

「それとも先に昼飯食うか?」
視界に、町の風景が少しづつ加わっていっていた。
「それもいいかも」
ランチを気にしないでビーチで遊んでいられるし、と。
ゾロが"ビーチで遊ぶ"姿、っていうのがどうしてもイメージできないけど。

「何が食べたい?」
「んんー?海見ちゃえばねやっぱり」
ニモ。
そう返せば。
「セバスティアンのほうが好みだな」
「うわ、」
わらった。
ギャップに。Under the Sea、有名な挿入歌の1フレーズ。
知識としてなのか、じっさいに観たのかそのあたりは大いにギモン。

に、と口端を引き上げて笑みを模って言っていた。
また見惚れかけてたら、クルマはパーキングに入っていった。大きすぎず、小さすぎず。
夏の海沿いにあるのがアタリマエのような風情の「セバスティアン」を出すところ。
オオケイ?と目で訊かれて。
周りに誰もいなかったから、頬へ一瞬だけキスした。あー、シートベルトが邪魔だ。

「お休み中のベイビイは留守番?」
少しだけ窓を開けたままにしているゾロに訊く。
「残念ながら盲導犬じゃ通りそうにないからな」
「たしかに」
バックシートを振り返れば、ケージは静かなままだ。
ゾロが、エリィにはフレッシュ・フィッシュをお土産にもらおう、そんなことを言ってクルマを降りていた。
「イイコで寝てろ?」
お土産はあるらしいから、と言い足してから降りた。

空気が、もう完全にビーチサイドで。
ここからでも見えるコースとラインを目で追っていたなら、軽くアイデンティを不詳にしたゾロに促がされた。
黒のキャップにグラス?
ウン、…思うんだけどネ?
アイデンティは不詳になるけど、そのテのグラスは―――掛けるニンゲン選ぶんだけど。おまえさ?
インパクト変えること考えた方がいいかもね…?似合いすぎて、敢えてかけてるようにか見えないヨ?




ランチアワーには少し早めに来た、サマーシーズンの連中より少し早めの客を相手に。店主はあれこれと美味い物を
薦めてくれた。
サンジと一緒に出かけると、美味いモノにありつける率が高い。
"ニモ"が美味かったのだろう、ふんわりと笑うサンジを見て、店主と従業員3名は、酷く嬉しそうだった。
ついでながら、"セバスティアン"も美味かった。

あっさりと茹でた赤い甲殻類を、ヴィネガとバターソースで平らげた。
他にもクラムやコッドのフライ等も。
美味しい、とウェイタに笑っていたサンジには、頼んだものよりワンランク上のホワイト・ワインをグラスで貰っていた。
無言の"店主の好意"。
あれ?と目で笑ってきたサンジに、礼をドウゾ、と目で応え。
サンジがまた店主に、にこ、と笑いかけていた。
店主もにっこりと返し―――長閑だった。

食べきらずにおいた"セバスティアン"を2口分と。蒸したクラブミートを包んでもらった。
場所柄か、やけに安いランチの代金を支払ってから、パーキングに戻った。
「エリィ、出してやるのか?」
「うん、いい?」
「ドウゾ。チビも起きてるだろ」
にこお、と笑ったサンジに頷く。
「けど。後ろで座ってドア閉めてからな」

後部座席の扉を開けて、サンジが入るのを待つ。
ドアを閉めて、運転席に乗り込んでから振り向けば。
エリィが眠そうなカオをして、ケージから出てきていた。
オイ、いくらなんでも寝すぎだぞ、オマエ。

「ほら、エリィ。お土産だよ」
とすとすとエリィの額を撫でながら、サンジが言う。
「冷蔵庫から水を出してやらなきゃな」
「―――ん、」
ひょい、とサンジがチビを抱き上げ。
額にキスをして、「起きろって」と言っていた。
長く伸びた胴の毛が少し暑そうだ。
窓を少し大きめに開ける。

「運転酔い―――してるようには見えないな」
「ん、寝すぎだよこれ、ただの」
笑ってキャップとサングラスを外す。
サンジがくすくすと笑いながら、店主が用意してくれたクラブミートとロブスターミートを皿に入れ。
漸くランチタイムだと気付いたエリィが、ひとつ伸びをしてから、食べにかかっていた。

「―――優雅だな、オマエ」
エリィの仕種は、いつ見てもオモシロイ。
「飼い主に似てるんじゃ?」
「それならオレじゃなくてオマエだな」
こちらを見て、に、と笑っていたサンジに方眉を引き上げてみせる。

はぐはぐ、と美味そうに食べるエリィが咀嚼する音が聞こえる。まだ僅かに遠い潮騒に乗って。
サンジがすい、と首を傾けていた。
「いま気がついたんだけど、」
「ん?」
ナビで最寄のビーチを探す。ジェイコブソン・パークよりはオートリィ・ビーチの方がサンドビーチで楽しそうだ。
「毎回食事にワインなしだとツマラナイだろ?たまには替わるね」
「オオケイ。じゃあナビを頼りにビーチまで運転するか?」
「いまはヤダ」
軽口にけらけらとサンジが笑っていた。
「また後でな」
「ウン」

ひょい、と指で合図。
こっちカオ出せ。
にこ、と笑っていたサンジの目線が、指先を追いかけていた。
「デザート?」
笑ってサンジに"提案"。
ふわりとサンジが柔らかく微笑み。
すう、と近づいてきたサンジの頤を捕まえて、柔らかく唇を啄ばむ。
ぺっちぺっちとエリィが水を飲む音が響いているのは愛嬌、だな。

ぺろりと唇を舐めて、目許で笑っていたサンジを放す。
「チビのランチは終了?」
「―――ん、でもおれはデザァト不足」
「ビーチでアイスクリームでも買おうか」
くくっと笑って、皿を片づけ始めたサンジに別の提案。
デザートのフルコースは、もっと後でな?

サンジが片づけを終え、姿勢を正し。
エリィがサンジの膝の上に落ち着いてから、車をNJ35に戻した。
「ほら、海。見えるか?」
そう言ってサンジが窓にひょい、とエリィのカオを近づけていた。
「猫は近眼だっけ?」
「そうでもないだろ?狩りをする連中なわけだし」
「じゃあ、ミナサイ。あのなかにオマエの好きなクラブが沢山住んでるんだぞ」

ジェイコブセン・パークのグリーナリの脇を走って、ナビが指示した通りにオートリィ・ビーチへの標識を見つける。
ミラー越しに、サンジがひょいひょいとエリィを窓枠に沿って横にずらしていくのを見た。
キレイな砂浜がサイドウィンドウ越しに広がる。
「―――あ、」
サンジの歓声が届く。

パーキングのサインで右折。
サーファの連中は、粗方ランチに出かけていったらしい。
空いていたスペースに車を停めた。
蒼い双眸を煌かせたサンジに、到着、と告げる。

「エリィはリーシュ、いらないよな?」
それとも念のためにしておくのか?
「これだけのオープンエアにでるの初めてだしね?―――エリィ、ハウス」
そういって、チビをバスケットに戻していた。
なるほど、今回はバスケット越しに散歩なんだな。

「サングラスかけろよ」
「ん、さすがに眩しいよ」
フロントに置きっぱなしだったサングラスを手渡してやる。
「日焼け止めクリームはしていくのか?」
「イラナイ」
にこおと笑ったサンジに頷いて、サングラスをかけて、キャップを被った。
「Let's go, then」

サンジを促して、車から降りる。
ドアをロックしてから、エリィのバスケットを引き受けた。
「海だ…!」
「足浸けてくるか?」
喜んでいるサンジに笑いかける。
バスケットの中のエリィは、潮騒に少し驚いているようだ。
先に歩いていきかけていたサンジが振り向き。ひゃは、と笑い声を上げた。
靴、脱ぎかけで、にこにこと楽しそうだ。

「サンダルでも買っておこうか」
「んー、」
ビーチサイドにあるショップを指し示す。
にこにこで波際に歩いていくサンジに笑いかける。
「あとでー」
ゴキゲンな返事が返ってきて、笑った。
砂の上を伝っていけば、裸足でもショップまではオオケイか。

「オマエも水に入りたいか?」
歩きながらエリィに訊けば。僅かに耳を伏せられた。
そうだよな、オマエ猫だもんナ?

「うわ、つめた…ッ」
きらきらと輝く海と、海風に煌く金色を見詰める。
サンジの上げる歓声が聞こえてきて、少し笑う。
オマエが楽しそうでよかったよ。

バスケットを日陰になる方の手に持ち替えてから、水飛沫に随分と服を濡らしているサンジを見詰める。
―――そういえば。オマエはゴール近くの方がホームタウンだったよな。
もう少しニューヨークから遠ざかったら、一日ビーチサイドで過ごそうか。
エリィをホテルで留守番させて。
のんびりとシーズン前のビーチで水遊び。

手まで波に浸けてまた笑っているサンジが、きらきらと水飛沫の煌きに溶け込んでいる様を見詰める。
最後にビーチに行ったのは―――ああ、あの時だ。
まだ野良猫と一緒だった時。
オマエも太陽の下にいれば、とてもキレイに輝くんだな。
もっと早くあの街から連れ出してやればよかった。
もう少し、自由でいられるように。

煌く金の鮮やかさに目を取られたらしいサーファが。
少し沖の方でひっくり返っていた。
油断大敵だな。
笑ってエリィを見下ろす。
「出てくるか、オマエ?」

耳を僅かに伏せて、エリィはクッションに埋もれていた。
ランチの後にシエスタ。
オマエにとってはどこでも快適ライフのようで嬉しいよ。

濡れたまま、にこにこと笑いながらサンジが戻ってくる。
「濡れた、」
笑ってサンジが手を差し出してきた。
「ほら、」
濡れたソレを握る。
海水特有の、僅かにねとつくような感触。
冷えた指先。

「な?海」
「まだ水は冷たいらしいな」
にこおと笑ったサンジに笑いかける。
「サーファにはなれないよ、おれ」
言ったサンジが嬉しそうで、小さく笑った。
「この時間もいいけど、」
「ン?」
すい、と見上げてきたサンジの蒼を見詰める。
「ほんとうは、太陽が中に落ちてく時間帯がいいかなあ、ビーチ」

「その時間帯、ビーチに居たいか?街に居たいか?それとも」
目を細めてサンジを見る。
「海の真ん中に居たいか?」
「真ん中?」
く、とサンジが首を傾けていた。
「そう。フィラデルフィアに寄らないで、このままニュージャージーを南下して。ケープ・メイからルウィーズに向かうことができる」
「それがいい、」
声が嬉しそうで。表情が、それにしようと告げていた。

「オーライ。じゃあ日没に間に合うように急ごうか」
「ゾロ…?」
「んー?」
一瞬、きゅ、とハグされて笑う。
「Hey, what's up, baby」
どうした、と軽口で訊く。
フフンと笑って、サンジが軽口で返してくる。
「濡れたの移したダケダヨ」
どうしようもなく好きだからさ、と告げたサンジが、車に戻り始める。

「ラゲッジからタオル出してやるから、ちゃんと拭けよ?」
僅かにカオを赤らめていたサンジの背中に、声をかける。
エリィのバスケットを揺らさないように砂の上を歩いて、ゆっくりと車へ向かう。
「うん!」
振り向かずに届いた声は大きくて。照れているのだと解る。
前方に人影が無くて幸いだな。
照れたサンジは酷くかわいいのだ。
人前に曝すなんて、以ての外だよナ?




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