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 「キレイだよ、サンジ」
 赤い顔をして俯き加減のコイビトの唇に口付ける。
 「けど、ちゃんと温まってから出て来いよ」
 冷えた肩をするりと手で撫でて告げる。
 ああ、昨夜、蕩けた意識で強請ってきたことを、思い出したか…?
 遠慮なく付けた痕が。温まり始めた肌に一層赤く咲き誇っていた。
 
 目許、赤いままに見あげてくるサンジの蒼を覗き込む。
 「ブランチ、もう届いたから」
 「―――――――ん、」
 濡れた金の髪を掻き上げてから言う。
 消え入りそうな声に、もう一度唇を啄ばむ。
 「指で辿ったらダメだぞ、オマエ」
 に、と笑ってからコイビトを放した。
 「――――え…?」
 
 また顔を赤く染めたサンジに笑いかける。
 「喰いたくなるからオレはもう行くぞ」
 ぷに、と火照った頬を突付いてから背を向ける。
 服は濡れない場所に置いておいた。
 できるだけ肌を隠しても、暑くはならないコーディネーションをしたはずだ。
 
 風呂場から出れば、エリィが両脚を揃えて見上げてきていた。
 「サンジがちゃんと暖まったか、確認しろ」
 Go,とバスルームを指差せば。
 僅かに憮然としていたエリィが、それでもゆっくりと水音のするほうに歩いていった。
 水が好きなのは、ヴァン・キャットばかりかと思っていたが―――まあ、チビはサンジが好きだしな。
 
 バスルームから、エリィ?とサンジが呼びかける声がしていた。
 みぁ、と甘ったれて答える声。
 オハヨウ、と歌うようにサンジが答えていた。
 口端に勝手に笑みが登る。
 チビ、残念だったな?折角起こしたのにナ。
 
 くくっとこみ上げる笑いを押し殺して。
 テラスに用意させておいたブランチを見る。プレートの上にはシルヴァのフードカヴァが乗せられたまま。
 一緒に届けさせた新聞を広げる。
 先に珈琲の1杯くらいは…許せよ、サンジ。
 
 新聞に目を通す。
 こればかりは止められない日課。
 トップページの記事を読み、広告欄に目を通し。
 開いた次のページ、そこには一面にPRが載っていた。
 デザインと、アーティストのグループ名。
 顔写真は出ない、“連中”の―――。
 
 気配を感じ、後ろに視線をやれば。
 淡いグレィの袖なしタートルニットに、黒い細いラインのローライズを穿いたサンジが居た。
 一緒に出しておいた裾の短い白いシャツは、ソファの上にでも置いてきたのか。
 濡れて水気を含んだ金髪から、ぽたりと雫が落ちていくのを目で捉える。
 
 とん、と背中から腕を回された。
 ふわりと抱きついてきた腕をとんとん、と叩く。
 「風邪引くぞ、その髪」
 「だってきもちいいよ、風」
 ぽたり、と半分閉じた新聞に雫が染み込んでいった。
 「せめてタオルを首に巻いて来い」
 笑って立ち上がる。
 「いーや」
 くくっと笑っているサンジの濡れた頭を引き寄せて口付ける。
 ふわ、とサンジがまた甘い気配を帯びていた。
 「まあ、風邪引いたらイジメテやろう」
 
 に、と笑って腕を放し。
 立ち上がって対面の椅子を引く。
 「Come, my dear」
 こちらへドウゾ。
 く、とわざと頤を引き上げ、“ナマイキ”な顔をしてみせてから。
 サンジがにこおと笑って椅子に座っていった。
 「いつのまに…?」
 椅子を押してやり、ついでに髪も後ろに撫で付けてやる。
 「起こす前に電話をして支度させておいた。シャワーに入っている間にセッティング」
 
 見上げてきたサンジの頬を撫でてから、シルヴァのプレートカヴァを外す。
 典型的なコンチネンタル・ブレクファースト。
 「アリステアは準備がいい、」
 “偽名”で呼び、にこ、と笑ったサンジに笑いかける。
 「おれのゾロはあまやかし。」
 さらりと言ったサンジに肩を竦めて、椅子に戻る。
 きゅ、と口端を吊り上げていた。
 「甘やかさせていただいておりますとも」
 に、と笑みを返す。
 「オマエが喜んでくれるのなら、な」
 
 「アリガト、うれしい」
 照れると口が達者になるということに気付いたのは、いつの頃だっただろう。
 ふんわりとした甘い笑顔を浮かべたサンジに紅茶を注ぐ。
 「しばらく、美味しいコーヒー飲めそうでよかったね」
 「どういうわけだか、不味いコーヒーもそれなりにクセになっちまってるんだな」
 目を合わせたサンジに苦笑しながら、美味いコーヒーの入ったカップを傾ける。
 「知ってる、」
 「美味いに越したことはないハズなのにな」
 くすくすと笑うサンジに肩を竦める。
 「コドモの頃に、ジャンクフードに憧れるのと近いのかもね」
 
 オーブン・トマトにグリルド・ベーコン。
 スクランブルエッグにトスド・サラダ。
 チーズのスライスに、数枚のトースト。
 オレンジジュースとハチミツの入ったヨーグルト。
 そんなものが並ぶ食卓。
 空は澄んだ青で、階下からは潮騒が響く。
 ドラマライクな“朝食の風景”に、妙にくすぐったくなる。
 
 いただきます、と言って。サンジがトマトにナイフを入れていた。
 「不思議とジャンクフードには惹かれなかったな」
 トーストにバターを塗りながら答える。
 「そうなんだ…?」
 「ハハが料理の上手い人だったからな」
 ぱく、とトマトを食べるサンジはなんだか可愛らしくて。
 乾き出した金色が風に僅かに揺れるのに目を細める。
 世界から乖離しているのに、酷く鮮明な絵。
 現実はかくも優しい一瞬を差し出してくる。
 
 「ふぅん?いいなぁー」
 にこ、と笑ったサンジに微笑む。
 「オマエはファーストフードに憧れたのか、」
 「ウン。家の食事って妙にね、いっつもいっつも手の込んだモノばっかりで」
 すい、と微笑が返される。
 塩味が一瞬で甘みに溶けるトーストを齧る。
 歯に当たる感触が軽く軋んで美味い。
 
 「だーべたーーい!!!って叫んだら、親のいない隙に、あのヒトが連れてってくれた。初デェト、」
 けら、とサンジが笑っていた。
 “あのヒト”―――オマエを愛していたよな。
 「やっぱりマクドナルドだったのか?」
 「ううん、それがね?」
 きら、とサンジの双眸が光を含んだ。
 ヘヴンリィ・ブルゥ。
 艶を帯びて潤んでいた眼差しを一瞬思い出し、笑みを深くした。
 
 「違ったのか?」
 「コドモに、アレだよ?バーガーキングのダブルワッパー、エクストラチーズ!頤が外れるんじゃないかと思ったネ」
 「ちなみに何歳の頃だ?」
 「おれがね、8歳くらいかな。あのヒトまだ学生だったし」
 ふんわりとにこやかに笑みを浮かべるサンジに微笑む。
 “あのヒト”は本当に。目の前の奇跡を愛していたんだろう。
 返せはしない、返す気もない。けれど―――償う術がないな。あのヒトだけには。
 
 「で、暗号だね。“ツブシテウラガエシテオタベ”」
 わかんなかったぁ、と笑うサンジに頷く。
 「絵としては、チビのコドモがでっかいものにチャレンジしているのはかわいいもんだろう、」
 イメージする、小さな天使が小さな手で分厚いハンバーガーを持って齧り付いているところを。
 あのヒトは、きっと蕩けるような笑顔を浮かべ、懸命にチャレンジする天使を見詰めていたのだろう。
 「もうね、マヨとケチャップで、どろどろ」
 「タオルペーパで拭いてくれたんだろ?」
 くくっと笑う。
 「そりゃあね?もう、」
 やさしい手付きまで思い浮かぶ。
 
 ナニィよりそういうのは上手だった、と。
 にっこりと微笑んだサンジに頷く。
 あのヒトは。本当にオマエを愛していたんだな。
 誰よりも優しく、包み込むように。
 
 「セカンド・デートはじゃあチャイニーズで食い放題か?」
 プレートを半ばまでクリアしながら、サンジに訊く。
 「ううん、ノース・ビーチのカフェでイタリアンソーダ飲み放題、のあとがそれ」
 「ハハ!辛いな、チビには」
 すい、と爪先で足を突っついてきたサンジに笑みを返す。
 「ふつうに、おいしいものを食べに行こう?っておれが言うまでやられた、それ」
 「オカゲでダイエットに走ることもなく、無事に育ちました、か?」
 目で笑ったサンジに軽口を返す。
 「だったらなおさら、あのヒトには感謝しないとな」
 オレンジジュースのグラスを軽く掲げる。
 「ステキなベイビィに育ててもらってよかったな」
 
 「ううううん?」
 サンジの目が笑っていた。
 「ファーストフードばっかり食ってると、太るからなァ」
 軽く片目を瞑って笑う。
 現代アメリカの病気、ファーストフードの食べすぎによる総体的な肥満。
 「ん、家庭料理ってのも。あのヒトとかそのカノジョのだったしね、さいしょに食べたの」
 「ふゥん?」
 笑って先を促す。
 「おかげで、いろいろエキゾティックなものでした」
 すい、とサンジが首を傾けていた。
 「エキゾティック?」
 意味を問う。
 プレートの上は空になって。敷いた真っ白いナフキンに落ちたクラムスを払う。
 「うん。エチオピアン、ターキッシュ、グリーク、イタリアン、チャイニーズ、ダッチ、フレンチ、ノルディック、いろいろ」
 「ああ、ナルホド」
 
 サンジもフルーツを食べ終わっていた。カットグレープフルーツとオレンジ。
 「でも、おまえのが一番美味しいよ」
 「じゃあなおさらハハに感謝だな」
 ごちそうさまでした、と言ったサンジに灰皿を差し出してやる。
 煙草とライターは横に先に出しておいたはずだ。
 サンジが目で感謝を述べてきた。
 「風向きは―――ダイジョウブだね、」
 目礼で返し、珈琲をポットから注ぐ。
 「今日はこの辺りで過ごすから、匂いがついても平気だよ、」
 煙草を取り出したサンジに肩をすくめる。
 
 「コレ、甘い匂いけっこうつくから」
 「潮の匂いも甘いからな、気にならないだろう」
 くくと笑う。
 「ビーチで…?」
 「泳ぐのは奨励できないけどな。散歩ならオオケイだろ?」
 火を点けながら見詰めてくるサンジに笑みを返す。
 「着く頃には、泳げるかな」
 「オレンジ・カウンティにか?」
 「ん、」
 ゆっくりと煙を吸い込みながらサンジが頷いた。
 「そうだな…まあ、キスマークは見えないところだけにしておいてやるよ」
 に、と笑いかける。
 「――――ゾ…!」
 かああ、とまた顔を赤らめたサンジの前髪を引く。
 「キレイなオマエを曝しちまうのは、もったいない気もするけどナ?」
 
 
 
 
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