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 日焼け止めクリームの効能が切れる前に、ビーチからは遠ざかった。
 時間としては1時間ほど。
 真夏ではないから日差しはさほどきつくはないが、それでも放置しておけばうっすらと赤みを帯びる程度はある。
 
 濡れたボトムスの裾が乾いた頃に、ロング・ビーチの街外れに出た。
 トラフィックはさほど多くはない。
 ただ行き交う車から何人もが視線を投げかけてくるのは気に入らない。
 隣で歩くコイビトは―――あらゆる意味で―――遠目にもキレイな存在ではあるけれど。
 ―――詮無いことだな、まったく。
 
 街外れ、2階建ての淡い茶色の、石造りの古い建物が見えた。
 教会の入口を思わす、先端の微妙に尖った半円形のガラスが大きく嵌っている―――アールデコ・スタイル、か?
 茶色の鉄枠にフレームされたガラスドア。両サイドには石の大きなプランタが置いてあり、柘植が蒼に向かって生えていた。
 ガラスにはクラシックなフォントでエンクレイヴされた文字―――LOST HORIZON Book Store Coffee House―――店名。
 ガラスに反射して中は見えないが。
 あの手の“趣味の本屋”は、一見の価値がある。
 
 すい、とサンジが見上げてきていた。
 目が、“行きたいんだろ”と言ってきて。
 「構わないか?」
 指を指して訊く。
 サンジの目が細められた。
 ふわりと笑みが湧き零れていた。
 「本とコーヒー。おれの2大ライヴァル、」
 「世界中の本とコーヒーが手許にあっても、金色の天使とどっちを選べと言われればオレはオマエを選ぶけどな」
 笑みを零し伝える。
 
 赤でもないのに車が停まった。ああ、見惚れて事故起こすなよ、と内心ドライヴァに声をかける。
 隣で僅かに頬を赤く染めたサンジが言ってきた。
 「光栄です、対決が一度で済むなら願ったり叶ったりだよ、」
 金色を掻き混ぜる。手の中に柔らかな感触。
 「オオケイ、じゃあ渡っちまおう」
 
 歩行者信号がグリーンに変わり。
 ゆっくりとジブラクロッシングを渡った。
 店の中、入る前からコーヒーのアロマに充たされてるのが解る。
 一歩入れば、天井まで届くウッドの本棚がいくつかと。
 平積みされた本が柱になっていた。
 適度に明るい店内。天井に近い方の大きなガラスを通して、光が満ち溢れていた。
 “書庫”らしい空間ではあるけれども。
 
 ラインアップ。
 美術書、専門書、図案、地図。
 新書、古書、アンティークがごちゃ混ぜに入り混じっていた、ジャンル別、作家ごとに。
 
 サンジが美術書の方を見詰めたので、店内に集中して意識を巡らせる。
 店主と学生らしい人物が3人。あとは老人が一人。
 ―――危険はない。
 「行ってくるか?」
 美術書が並んだ棚を指差す。
 「ん、」
 にこお、と見上げてきたサンジに頷く。
 
 丸テーブルと椅子が無造作に並んでいるフロア全体に目を遣り。
 一番全体を見舞わせる場所を指差す。
 「あの辺りで落ち合おう」
 オオケイ?と見下ろす。
 「狭いのに、ここ。後ろから見つけるよ」
 くすんと小さく笑ったサンジに微笑む。
 「あんまり本を選びすぎるんじゃないぞ」
 軽口を叩く。
 いっておいで、と。背中を軽く押して促してやる。
 壁の一面が空いており。黒板に崩し文字でメニュウが書いてあるのをちらりと見る。
 
 「Right, Brother」
 軽口で返し、に、と笑ったサンジの背中を見送ってから、オーダは腰を落ち着けてからでいいか、と決め込んだ。
 棚をざ、と見回す。
 物理、数学理論、歴史、科学技術、航空技術、宇宙開発、古典文学。
 古典言語、近代言語、宗教学、哲学、論理、詩、戯曲、考古学。
 医学書とコンピュータ関連の本がないのは、店主の好み、なんだろうな。
 棚に近づき、題名に目を通す。
 
 ああ、そういえば。
 “アリステア・ウェルキンス”元助教授は、考古学のセンセイだったんだっけな?
 ガンと考古学。
 昔ならインディ、いまならララか?
 コイビトを引き攣れて、“追っ手”から逃れてジャングルを駆け巡る考古学者―――連中は確かどっちも南米と中近東に
 興味があったんだよな?
 ふン、と。似ていそうで似ていない現状に笑う。
 オレはヴァケイション中だ、ざまあみやがれ。
 
 考古学の棚から移ろい、結局いつも惹かれる宇宙関連の棚を覗き込んだ。
 ブラックホール―――総てを飲み込む暗黒。
 それについての本を1冊と、混沌と増殖についての本を選んだ。
 フラクタル理論。
 画集のようになっていて、少し楽しそうだった。
 関連性は“膨張する世界”。
 
 金が動くのを意識が捕らえ、ちらりと視線を泳がしたならば。
 サンジが画集を2冊携え、テーブルに向かっていったところだった。
 そして店主がいそいそとオーダを取りに行く。
 それが滅多に起きないことなのだと、居合わせた学生どもの目線が告げてくる。
 ―――店主に少し夢でも遣るか?
 すばらしい空間を用意してくれた礼に。
 
 
 
 
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