あぁ、いかにも恋人の好きそうな場所だな、と。棚の間に背中の消えていくのを見て、思って。
随分と沢山並んだ画集の前でしばらく背表紙を眺めていった。

モノトーンの銅版画が得意だった、ムカシの画家。作品数がそれほど多くないルドンの画集は、目新しいモノを見かけることは
少ないけど。
―――淡い色合いで夢見るようだったオリジナルは、実家に置いてきちゃったし。……怒るかなあ、と。
プレゼントしてくれたヒトを一瞬思い浮かべる。今朝話したばかりだから、声のトーンまですぐに蘇って。
数冊並んだなかに、みたことのない背表紙。フランス語と、英語版。随分、古いね。
書架から抜き出して、先にゾロが指差してたテーブルに向かう。

からかって言ったけど。
書架の間を抜けていく後姿はとても「楽しそう」だから。
いつも、選ぶ間に邪魔したことは無い。
NYCのリゾーリ・ブックストアくらい大きいと、思わずケイタイ鳴らしたくなるけどね。
ここは、趣味の書斎みたいに丁度良い大きさで、居心地がいいかもしれない。
さっきから漂うコーヒーの香りも、充分美味しそうだし。
ルドンを8冊集めてるなんて、偉いよここのオーナ。

使い込まれた丸テーブルについて。
黒板に気がついた。
あぁ、セルフで奥までオーダ言いに行くのかな……?
ふ、と視線を上げて立ち上がろうとしたら、オーナらしいヒトが手で。
「いいから、」とでも言う風にジェスチェア。
――――いいの、かな?
近付いてくる姿に、挨拶した。
アリガトウ、と。

「いらっしゃい。―――あぁ、面白い物をお選びですな」
喉奥から少しくぐもったみたいな声で、それでもオーナがにこりと笑みを浮かべていた。
ゾロは―――気配が無いや。面白いものでもみつけたのかな。

随分古いですね、と返して、出版された年を見ようと重い表紙を開けたら。
さらりと、ヒトの書き文字があって。
『記念に、恋する人へ』とあって。下に、日付――――いまから、60年近く昔だった。
「へえ…、」
思わず、声にだしたら。
オーナがまた少しわらった。
「古書は、コレが嫌いだと言う方も多い」
「思い出の切れ端を貰うみたいで嬉しいですよ、」
こういう形で知らないところで残っていくものがあってもいいよな、と。これはコドモの頃に思ったこと。
幼馴染のだれかが、古いポストカード、それも。
恋人へ宛てたものばかりを集めていたことを思い出した。

それから、お勧めのデザートを訊いて。
しばらく考えていたオーナが、実は、とナイショごとを打ち明けるみたいに声を落とした。
「ペストリーは隣の店から卸してもらっているんだけどね、アイスクリームは自家製だよ」
まるっきり、コドモに言うみたいな口調に笑い出しそうになった。
「あぁ、じゃあそれを頼まないと!」
「メニュウには出していないけどね」
に、と笑みを交し合って。
オーナがそのまま奥へ居なくなって。
――――んん?
なんか、他のテーブルの人。
なんだか、……驚いてるんだ?人当たりのいいオーナだよね、たしかに。

首を傾けていたなら、書架の間から、すう、と。
静かな佇まいのまま、ゾロが重そうな本を3冊くらい片手に出てきて。
ぱ、と。目がすぐにその姿を拾う。
ウッドのフロアなのに、足音を全くさせないで戻ってくると。
テーブルのところにたって、一言。
「オススメ教えてもらったか?」
―――――――――知ってたの?

「ゾロ?なんで知ってるの、」
アタリマエのよう言ってきたから、驚いた。
返事は、オマエがウキウキしてるから、だって。
「それは、おまえが返ってきたからだろうに」
笑みが勝手に零れてく。だってさ、本当だよ。
さらり、とアタマを撫でてくる掌の柔らかなタッチと一緒になって、声が落ちてきた。
「じゃあ、そういうことにしておこうか」
「真実、変えようがないよ、そういうもこういうもナシ」

お勧めはね、自家製アイスクリームなんだ、と。教えてみた。
「ふぅん、」
あ、興味なし、って顔だ。
「興味ナイ?」
「パイとかタルトに乗ってるのは美味いと思うけどな」
「ふうん?じゃあ、ゾ―――」
あ、ごめん。
「あ、ごめん、アリステア。あのね?」
「んー?」
すい、と顔を少しだけ近づけた。
笑ってる、おれが言い直したから。喉奥で殺した笑い声、好きだけどさ。
「今日あたり、ルームサーヴィスでアイスクリームのオーダーしょ?美味しい食べ方伝授してあげるよ」
おもしろそうに見詰め返してくる眼差し、ここまで近付けばグラス越しでもみえる。
「オーケイ、ベイビイ」
す、とグラスが下ろされて。翠が直接見詰めてきた。
とくん、と。いつまでたっても慣れない心臓がまた跳ね上がった。

そして、トレイ片手にオーナが戻ってきて。
「アリステア」はなんとなくがっかりしたみたいなオーナに、穏やかに微笑みながら、ブルーマウンテンと。ピーカンパイを
オーダーして。
「あ、じゃあ美味しいアイスを乗せてあげよう」
おれが言えば。
オーナが、「サービスするよ」と。また微笑んでいなくなった。

「なぁ?いいひとだよね」
おれが言ったら。
ゾロは、なんだか笑いを噛み殺すみたいな顔をしてたけど。
そうだな、だって。
なんで、そんなに笑うかな?おまえさ、目がもう完全にわらってるよ?

たっぷり、アイスクリームが2スクープは乗ったパイは一口もらったけど美味しかった。
ん、隣のベーカリイもいい腕だネ。




next
back