蒸した白身魚を食べながら、それでもエリィが上目遣いでたまに見上げてきた。
「うん、いるから。ゆっくり食べナ…?」
目の間を指先で少しだけ撫でて。
くるくる喉を鳴らしながらエリィはキレイに食べ終えていた。夕ゴハン。

「う、おも…、」
そのまま抱き上げて。
わざと耳元で言えば、に、とか。み、とか抗議してきた。
ひょい、と腹を上に横抱きにして。顔を覗き込んだ。金色と目があう。
「ゾロがあまやかしだからってな、またすぐにティビーが買ってもらえると思ったら大間違いなんだぞ、オマエ」
とん、とハナをあわせて。
くるくる、と喉を鳴らしながら目を半分閉じたエリィを抱き上げたまま、ソファに歩いていった。
ほんと、エリィに甘いよなァ。躾は厳しいけどね。

CNN?テレビニュースの音が聞こえてた。
波音をバックに、ワシントンのアップデート情報。妙に両方がソグワナイね。
ちらっと。
聞こえた単語に、オヤの知り合いの上院議員の名前が混ざってた。―――フゥン。
近寄らなくて、正解だったかな、やっぱり。

リラックスした風に、ソファに落ち着いてるゾロに向かって機嫌の直り始めたエリィを差しだして。
「引き取って、」
「Okay. Elei, come」
とん、と膝を一叩きすれば、すぐに。落下地点に向かって飛び降りてた。
長い尻尾がひらひらとして。
そして飛び降りた先に身体を長く伸ばして、おれがさっき言ったセリフの真偽を確かめるみたいにゾロのことを下からじい、と
見上げているのに笑いそうになった。

そんなエリイの目線を受け止めながら、長い毛皮を指で梳いて、喉の下を擽ってた。
なんだよ、と。柔らかい口調と、それと同じだけふわりとした笑みがエリィに合わされていて。
とても「良い景色」だから見詰めていたなら、上げられた翠が問い掛けてきた。
言葉にすれば、きっと。『オマエはどうするんだ、』が近いのかな。

「あのさ、」
ソファの前に立ったままで言ってみる。
「ん?」
「ルームサーヴィス頼むけど。おまえなにか欲しいものある?」
「Thanks, but no thanks」
「Are you sure?」
なにもいらない、ありがとう、と返されて。ほんとかー?とからかい混じりにコトバに乗せながらリヴィングの端にあるデンワを
取り上げたら、声が追いかけてきた。
「You know what I really want」
“欲しいものはヒトツ、だろ”
甘い言葉。

「んん?ティビーとか??」
受話器を取り上げて、振り向いた。
「オマエが遊ぶのか?」
軽くコトバに乗せながらゾロは膝に長く伸びていたエリィを抱き上げて、ハナ。かるく、あわせてた。
ルームサーヴィスの内線を押しながら、思っちまった。
――――やっぱり、アレは親子かも。

そして、その思いつきが妙に可笑しくて
デンワの相手が出たのと同じタイミングで笑い出しそうになった。
「―――あ、失礼、」
笑いを抑えて。
オーダーする。ヴァニラアイスクリームと。
チョコレイトソースがあるかどうか訊いたなら、どこか弾んだ声で「お持ちしますとも」と返された。
ビターとセミスウィート、そのどちらが良いかまで逆に訊かれて。
「あと15分ほどでお持ちします」と、やっぱりどこか弾んだ声で返してくるオペレータに礼を言って、受話器を置いた。

「―――ゾォロ…?」
「ん?」
ヴォリュームがまた知らない間に元に戻っていたニュース画面から見上げてくるグリーンアイズに向かって、ギモンをひとつ
投げてみる。
「ロングビーチの名物って、チョコレイトじゃないよね……?」
ブリュッセルじゃあるまいし。
「シーフードだろ?ハーシーズじゃないしな」
「んん、」
すごい、張り切ってたよ、と。ソファの隣に身体を落とした。

「頼んだんだ、ヴァニラアイスクリームとチョコレイトソース、あと。」
エリィにミルク、と。
見上げてきたまっくろのハナを指で突付いた。軽く。
「ああ、聴こえていた」
「耳もいいねェ?」
わらって。
身体を少しのばして部屋のライトを鈍く弾いたピアスに口付けた。



「耳が悪い音楽家といったらベートーヴェンしか思い浮かばないな、」
サンジの頬を指先で辿る。
本当は別の理由があるが、それはもういい。
くす、とサンジが嬉しそうに笑い。けれど口付けるのは止めておく。
わざわざ美味そうな顔にさせておくこともない。

エリィが、すと、とカーペットに降りていく。
「―――ん?」
ふわりと揺れる尾。
「キゲンは直ったみたいだな」
目で追いかけていくサンジに笑いかける。

「――――――――あ、」
チビがティビーの毛皮を咥えていた。
普段は甘ったれのクセに、妙に雄雄しい勇姿。
フロアには、藁屑の固められたものが、裸に剥かれて転がっていた。
「あれさ、」
すい、とそれを指差したサンジを見る。
「おまえへのアピール、ゼッタイ」
小さくにこ、と笑っていた。

「心配しなくても、買ってやるさ。いい子でいたからな」
苦笑する。
「あまやかし、」
とっとっと、とエリィが毛皮を咥えたまま戻ってきて。とすん、と膝に上がってきた。
艶のいい頭を撫でる。
「甘やかすさ。大事だからな」

くるくると喉が鳴る音が響いてくる。
ぽと、と前足の前に毛皮が落とされる。
―――なんだ?
にぁ、と。小さな声でエリィが鳴いていた。
「上手に剥けたな、オマエ」
耳の下を擽ってやる。
くるくるがゴロゴロに代わっていた。

くくっと笑っていたサンジが。
「Meow,」
と言っていた。
「Baby,」
サンジを見遣る。
「What will you bring me?」
オマエはオレになにを呉れるんだろうな?
に、と笑いかける。

サンジの目がきらりと煌いていた。
「You'll see,」
もうすぐにね?と返されて笑った。
I know what you always give me, darling.
オマエがオレに呉れるものは、解っているさ。
Endless love and pleasurable time.
終りのない愛情と、イイ時間と。

エリィが大きめの前足で器用に白い剥き毛皮をマッサージし始めた。
「膝の上でくちゅくちゅしてもミルクは出ねェぞ」
笑ってエリィの毛を撫でてやる。
くったりとサンジが寄りかかってきて、片手で髪を梳いてやる。
エリィが忙しなく前足を動かしていた。
爪が毛に引っかかるたびに、かり、と僅かな音がする。

とん、とサンジの髪に口付けてから、テレビ画面に目線を戻す。
CM。ニューアルバム発売の。
相変わらず顔写真などは一瞬も出ない、デザインと音だけのもの。
―――“連中”の。
発売日を確認。
買ってやらないとな?

じりり、とベルが鳴る音がして。エリィが喉を鳴らす音を一瞬止めていた。
「イカレガキ、」
サンジがそう言って画面を指差し、く、と見あげてくる。
それから、するんとソファから立ち上がっていた。
エリィの背中を撫でて落ち着かせてやりながら、サンジが行く先を見守る。
テレビから流れていた甘い歌声がフェードしていった。
―――ふン。幸せそうでなによりだ。




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