クルマはまた南へと下って行ってる、海はモチロン見えないけれどその傍を走る道。

しばらく前に寄ったレストエリアで、眼を覚ますようになんだろうけどカオを洗うように言われて少し抗議したけれど
あっさり却下された。
ああいうところの水、は。なんとなく抵抗あるじゃないか、別に潔癖症ってわけじゃぁないけれど。
それに、水でカオ濡らしたって―――
身体がまだどこか目覚めきる感じがしないのは、多分。まだ神経が引き摺っているんだろうから、仕方ないんじゃないかと思う。
灼ききれかけた名残、まだどこかあまいソレが残っていたって。

しばらく蛇口から流して、冷たい水で顔を濡らしても。
頤から水滴が落ちる、そのゆっくりとなっていくタイミングが妙に。
覚えがある気がして、寧ろ逆効果だと思う、――――その証拠に。
目線をあげた先の、鏡から見返してきてたジブンのカオは、ぜんぜん、ぼうっとしたままだった。
んん…、まだ眠そうにみえるか、おれ…?

『ぼーっとしてる、』
そう、鏡ごしにゾロに言った。
『キャップ脱いでいい?』
だって、ますますガキ臭いってば、―――ウン。

苦笑したゾロが、食べている間はな、と答えてくれたけれども。
何でそういう期間限定なのか、よくわからないけど。
脱いでいい、って言われたからアタマから引き下ろして。何度かアタマを振った。
手が横から伸びてきて、さらさらと手櫛で整えてくれたけど。
―――気持ちいい。
だから、そのまま素直にコトバにしたなら。
コラ、と苦笑された。
んんん、なんでだろうな。

遅めのランチをおれが食べている間は、予想通りゾロはコーヒーを飲んでいて。
オイシイか、と訊けば。訊くなヨ、みたいなカオを作って返されて。
『一口、それくれ?目が覚めるかも、おれ』
手を伸ばしたなら。
厚手の陶器のカップを差し出された。ごく自然に、ゾロの周囲を一瞬見渡した目線は冴えた色味を過ぎらせたけれど、
それがまるっきりウソのように消えて
すい、と。目線がほんの僅かの時間あわせられた。
カップに目線を落としながら呑んで。――――周り、特に注意を引くような人は、いなかった。

ただ、まあ。
レストエリアだから、他の店よりはいろんなニンゲンが居たことは確かかな。
ゾロの嫌う不特定多数、の中。
あぁ、と思い当たる。
『なぁなぁ?ホラ』
バックポケットから突っ込んでいたキャップを取り出して。
ずぼ、と。眼より深くまで被って見せた。
『誰か、わかんない?』
指で少しだけ眼の覗く隙間を作って訊いてみれば。
『解るぜ?』
と。ふわりと笑みが返されて。
おまえ以外にだよぅ、と抗議をしても。
My baby、と続けられたコトバに。
また、頬の辺りが少しだけ火照ったのがわかった。
多めのチップと代金がテーブルに残されて。立ち上がったゾロをイスに座ったままで見上げた。

『トワレ変えてみる、匂いでバレてるんだな』
ほら、行くぞ、と笑いを完全に抑えた声で言われて、言い返しても。
カオが赤くてオマケにぼけっとしてたんじゃ。
――――バレバレかー、参った。
そんなことを内心で思いながら、またクルマまで戻ったんだけど。
奇妙なことに、なんか。
背中、目線が追いかけてくる気がしたのは無視することにした。
まだ抜けてない、って……?
そんなに、眠そうなカオしてるかな、おれ。
ドライヴァじゃないからシンパイしてくれなくてもいいのにね、お世話様だ。

レストエリアを出る前に、ヴェンダからガムとミントを買ってみた。眠気対策。
どれが眠くならない?とキャッシャーのマダムに訊いたら、眠ってしまえばいいんです、と返されて。
ゾロの方をかるく指差してわらっていた。日に焼けて陽気そうな人だった。
これは、本気で眠そうなカオを晒してるに違いないんだな、おれ。

クルマに先に乗っていたゾロの側の窓を軽く叩いて。
下ろされたウィンドウ越しに、ガムをぽとん、とゾロの膝に落とすようにした。
『オミヤゲ、』
それからナヴィシートに戻れば。
『お礼、』
ちゅ、と。唇にキスがヒトツ降りてきた。シートヴェルトを締める前に。

『ミントもあげようか?』
勝手に笑みが零れてった。
『No thanks、sweet enough already』
かしゃかしゃと手の中で小さなケースを振りながら言えば、それが返事で。
十分に甘いからいらない、だって。
あと、何時間のドライブか、またハイウェイのレーンに乗ってから訊けは。
それほど長くはない時間が返された。
それなら、起きていられそうだけど。おれ、眠りっぱなしだったしね、ここまで。

『ゾロ、』
ステアリングを握ったままでも、意識がおれに向けられてるのがわかってそのまま言葉を続けた。
『寝そうになったら、ビックリさせてナ。』
『寝てろよ、』
そう小さく、マダムと同じことを言われた。
『勿体ナイです』
ああ、でも。
声――――耳に聞えただけでも、完全に眠そうかもしれない。

ゾロの眉が少しだけ引き上げられていくのを見詰めていたなら。
『寝てるオマエもかわいいのにな、』
そう、機嫌の良さそうな声で告げられて、オマケに低く笑いを押し殺していた。
『よけいガキ臭い、って言われてたからいまのは褒めコトバと取りかねます』
なるべくコトバの端を伸ばしてみても、どこか。
眠気が忍び込んでくる、だから語尾が全然怪しい、文法ごと。

『あと何時間、』
――――んん…?おなじこと、おれ訊いてる……?
2時間チョイ、だから寝てろよ、と。
低い声がわざと、節を歌うようにあまく溶けさせて言ってくる。――――寝かしつける気だ、これ。
『ゾォロ、反則わざ―――』
『なんならララバイでも歌おうか?』
――――誘惑だ。

あ、でも。
Summer Timeとか聴きたいかもなァ、サウスに近付いていってるんだし……
駄目だ、あれは完全に子守唄じゃにないか、却下だきゃっ……
だけど。
おれの恋人は底なしに優しいけど確信犯でもあって。
歌詞の出だし、まさに。思い描いた通りのものが、空気をゆっくりと充たしていって。

落ちかかっている陽射しの色をウィンドウ越しに見ていたはずなのに。
すう、と色味が淡く薄くなっていって。
音だけが聴こえて来て。
やさしいまっくらななか。
夢と現実の境がとても曖昧になって。
すとん、と落ちた。



ゆら、と優しく揺すられて。
「Baby, the ride is over for today」
今日の乗り物は終わりだよ、そう柔らかな声が意識の上を滑っていった。
眼をあけるまえに、声に向かって腕を伸ばした。

腕に抱き上げられる。ふわりと身体が浮いた、ソファから―――
――――……え?
眼を開けて。
ふわりと笑みを浮かべるゾロの後ろに見慣れない―――
ソファじゃない、座席だったし。
ドアの閉じられて、ロックされる音と―――広い扉を開けて―――
え?ここ…
もう着いてるんだ?

ソラも、周りもとっくに日没後の色で。
サヴァナ、初めて来た南の古い街。それが落ち着いた色にライトアップされているのが一瞬見えた。
「――――ここ…?」
抱き上げられたままで見上げる。
「空いてるというから、二日借りてみた」
広い玄関の中、通り抜けて。
リヴィングが広がっていた。

「レジデンスみたいだね、」
ホテルのスウィート、っていうよりは。
「コンドミニアムだからな」
「あ…」
ぱ、とゾロをまた見上げる。
「コテージ、のリクエストきいてくれたんだ」
くくっとわらって。首に両腕を回した。
「“アリステア”?」




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