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 「ご馳走サマ、」と。
 ヴェランダにセットされていたガーデンテーブルに幾つも並べられていた皿は大体が片付いていて。
 もう明日まで、この淡いヒスイ色をした陶器を店のニンゲンは取りに来ないみたいだった。
 
 エリィは、ジンジャーを包んでいた内側を避けて。自分用のディッシュに乗せてもらったエビのすり身を蒸し上げたボールが
 気に入ったみたいで。
 外側だけをキレイに齧っていっていた。
 ふぅん?
 ティビーを剥くだけの技術じゃなかったんだね、オマエ、それ。
 
 目線を、エリィから戻せば。
 「もういいのか、」とゾロが問い掛けてきて。
 充分、御馳走様でした、と返した。タイとヴェトナムとちょいど良い混ざり具合だった。
 
 少しだけ、湿り気のある風がたまに吹いて。
 開けっ放しの窓からは冷やされた空気が流れていたし。外にいて不快になるほどにはまだ初夏な所為もあるんだろうな、
 熱くなくて。
 少し離れて、ライトアップされた聖堂の尖塔が見えていた。
 
 ゾロは、ふわりと笑みを浮かべると料理をきれいに片付けていた。
 グラスに残っていた白をおれが飲み終わるまでの間に。
 「パパイヤのサラダ、美味しかったね」
 たる、としたなかに辛さの覗く、熱い国らしい味覚。
 「オレは結構、辛いスープが気に入った」
 「トムヤムクン…?初耳かもしれない、あのさ」
 目をあわせる。
 「ガッコウ行ってる時に、留学生から秘伝のレシピだっていって習ったよ?インドネシア絵画の父とかなんとか言われてる
 ヒトの子供から、直伝」
 こんど、じゃあつくってやろっか、とグリーンに微笑む。
 
 ふわり、と。また微笑みが浮かんでいってそれを見詰めていたならひどく幸福な気分になった。
 「楽しみにしている、」
 優しい声が聞こえてきて。
 「期待しといてナ?」
 声が弾んだ。
 く、と口端が引き上げられて。嬉しくなった。
 期待にはね、充分応えられると思うな。
 
 みあ、と。エリィがテーブルの下で鳴いて。
 足元から膝に上がってこようとしていた。
 食事が終わったのがわかったらしい。
 「エリィ、座るならイス。片付け終わってないから」
 軽くわらったゾロはもう立ち上がってガーデンテーブルから皿を重ねて持って行っていた、キッチンの方へ。
 「な?」
 と見上げてくる金色目に笑いかけてから、手伝いに行った。残りのテーブルウェアをまとめてから。
 
 「アリガトウ、」
 偉いね、と答えた。ゾロは、水で流しておいてあげるだけでもお客側としては大サーヴィスなのに、ディッシュウォッシャーに
 皿を入れている。
 「ゾォロ、」
 とん、と背中に額を預けた。
 「どうした?」
 「ピアニストがー、手酷使したらイケナインダゾ」
 笑っている声に同じトーンで返して。
 「直ぐ済むだろ、」
 軽く返されて、実際それから何分も経たないうちにディッシュウォッシャーが音を立て始めてた。
 
 多分、これは。
 汚れ物っていわれるモノが自分のテリトリイにあるのを嫌がってのことかもしれないけど。店側としては大感謝だよな、やっぱり。
 背中に額を預けっぱなしで、そんなことを考えていたなら。
 ベランダから、「みーあ、」と相当心細そうに鳴いてるエリィの声がして。部屋へ戻って来ようか残るか、アレは迷ってる声だ。
 
 「おまえのこと呼んでるよ?」
 くく、と笑えば。
 「散歩、行くか?」
 ふわりと笑みが浮かべられた気配が届いた。そして、チビも一緒に連れて行くか?と続けられてた。
 「置いていったらさ、」
 背中越しに腕を回した、軽く。
 優しく、掌が回した腕を撫でていって。ゆっくりと息を吐いた。
 「ティビーの代わりに剥くもの、もう無いしね」
 
 エリィ、と呼べば。
 みうにう、何か言いながら小走りに足元までやってくる―――猫じゃないよオマエそのリアクションは。
 「さすがにリーシュは持ってこないな、」
 ゾロもわらって。
 同じこと考えてたんだな、と思ってわらっちまう。
 
 「教えたらしそうでコワイね」
 ほら、エリィ。散歩に行くよ、と。抱き上げれば。
 「じゃあ今度教えてみよう、」
 そんなことを言ってゾロは、にぃと笑みを乗せてみせて。
 「フェリエリ・ファミリは躾が厳しいねェ…!」
 キィや何かをとりに行く背中に、笑って声をかけた。
 笑い声と一緒に、ハハが一番厳しかった、と返されて。
 マンハッタンの家に一枚だけある、古いレコードのジャケット写真を思い出した。ゾロと同じ目の色をした美しい女の人。
 
 「エリィ、」
 ひょい、と見上げてくるハナサキに軽くキスを落とす。
 「散歩はね、家ではしないんだ。これはトクベツ、わかる…?」
 くるくる、と喉を鳴らし始めたエリィの目の間にもキスを落として。そうっと抱きしめた。
 戻ってきたゾロから渡されたリーシュを、もうすっかり慣れたエリィに着けさせて。
 似合う、と褒めてからゾロの腕の中に戻した。
 「ハイ、」
 こちらも手慣れたもので。抱き上げると肩に両方の前足をかけさせるみたいに片腕で抱いていた。
 
 「んー?」
 二歩下がって上から下まで眺める。
 「じゃあ行くか?」そんなことを言って右手で促がしてくるゾロを。
 「ゾロ、アリステア、リトル・ステファノ?」
 すいすい、とその右手を掴まえて引けば。
 ぷ、と小さくゾロが吹き出していたけど、コトバをそのまま続けた。
 「おまえも、スパングル似合うね…!」
 わらって。
 部屋の外に出た。
 
 
 
 
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