エリィを抱えて、サンジを伴って外に出る。
コンシェルジェ・デスクに詰めていたセキュリティ・ガードも兼ねている男性にひらりと挨拶をした。そうすれば、
「ミスタ・ウェルキンス、お散歩ですか?」
と声を掛けられた。
「ああ、2時間はしないで戻るよ」
ネーム・タグを見て確認。
ミスタ・ディキンス。

「お気をつけて、」
「ありがとう、」
サンジにもにっこりと笑いかけているのがわかった。
ふわり、と隣を歩くサンジも笑みを浮かべていた。
ツイデにチビもみあ、と挨拶。

くくっと笑ってフロント・エントランスを出た。
帰る時はナンバーキィを押して戻るのを確認する。
「寒くないか?」
「平気、」
「マンハッタンに比べれば、過ごしやすいか、」
「熱いくらいかな、」
ぴったりとしたサマーニットを着込んだサンジは、確かに温かそうだ。
にこ、と笑ったサンジに笑いかける。
「まあ、首元と胸元はがっちり隠さないとダメだもんな」

まずはラファイエット・スクエアを目指す。
歩きながらサンジが袖を引き上げていた。
手首には、いつだか送ったブレスレットが揺れていた。
「ゾォロ…!」
赤くサンジが頬を染めていた。

笑って直ぐに見えてきたスクエアの緑を示す。
「いい町だな、さすがガーデン・シティと呼ばれるだけある」
緑の手入れされた芝の中央に、すい、と噴水が建っていた。
「マンハッタンと全然違う」
直ぐ側に建つのは、白いファサードのセント・ジョン・バプティスト大聖堂。
ライトアップされて、キレイに浮き上がっていた。
ゆっくりと角を曲がって、教会の正面を通る。
「空気からして、なんだか美味いな」

エリィは興味深そうに、通り過ぎていく景色を眺めているようだ。
くるくる、と僅かに喉が鳴っているのが伝わる。
「ん、部屋から見えてたね、ここ。明日も来よう」
すい、と笑みと一緒にサンジが見上げて来て、に、と笑みを返す。
「明日はエリィは留守番ナ」
く、と一瞬喉を鳴らす音が消えたのに笑った。
「鳩見て興奮したらタイヘン」
サンジもくくっと笑う。
「妙なハンティング能力に目覚められても困るしな」
すい、とチビの長い毛を撫でてやり、ゆっくりと前方を指し示す。
「元々、森に住んでる野生児なはずだからね」
サンジが目線で指先を追いかけていた。
「夜の墓場」
に、と笑いかける。
「エリィは結構すきそうだと思わないか?」

「ナイト・ウォーカーは誰だって好きだろ…?」
すい、と笑みを浮かべた恋人に苦笑する。
「“猫”は元気だと思うか?」
「んん、アレはシブトイからネ」
ふわんと微笑んだサンジの背中を手で撫で下ろす。
「エリィ見たらなんていうだろな、」
くくっと笑う。
サンジが目元を僅かに赤く染めていた。

「"オマエ…子供が産めたのか"ってあのバァカ平気で言いそう」
甘い声をなんとか立て直して言っているつもりのサンジの声にまた笑って、エリィの背中を撫でる。
「似たようなモンだよな、息子」
サンジが笑った声で返してくる。
「産んでマセン」
「産めてたら、オマエ今頃兄弟何匹だ?」
「ゾォロ…ッ」
エリィの背中をぽん、と撫でれば。ふに、と気の抜けた返答が猫から返ってきた。
サンジはまた頬を赤く染めていた。
「ま、いまが丁度いいか」
ゆっくりとゲートの閉まっているコロニアル・パーク・セメタリの前を通る。
サンジがゆっくりと煙草を引き出し。雑な動作で火を点けていた。
照れているらしいサンジにまたゆっくりと笑って。
石畳の歩道をゆっくりと歩く。

突き当たりにまた、緑が見えてきた。
オグレソープ・スクエア。
似たようなグリーナリと噴水のストラクチャ。
ゆっくりとサンジが、漸くといった具合で紫煙を細く唇から空に戻していた。
古い街並みは、確か1800年代後半のイメージのままキープされているはずだ。
あるいは“猫”ならこの雰囲気を懐かしめたか、と思い。
それからじっと自分を見詰めるようだった目を頭から追い出した。

サンジが煙草を吸い終わる頃には、もう一つのレイノルズ・スクエアを通り過ぎ。
随分と華やいだ雰囲気が、通り向こうから伝わってくるようになった。
サンジがすい、と見上げてきた。
「どうした?」
じいっと見詰めてくるブルゥ・アイズを見下ろす。
「いま、な…?」
柔らかなトーンの声に笑いかける。
「おまえの雰囲気が少し、変わった。わかった、」
ふんわりと微笑んだサンジの頬を撫でる。
「溶け込んでたのに、シフトしたね。あっちに、」
とサンジが通りの方を指差す。

「習性ってヤツだな、」
苦笑を返す。
「おまえさ?」
「ん?」
酷く柔らかい笑みを、サンジが浮かべていた。
「“猫”と気があっただろうね」
「アレと語り合う前に、トンズラこいたからな」
くくっと笑って闇にぼうと浮かぶ金色をすいと掻き上げる。
「もう一度会ってみたいとは思うが―――いまのままでいいのは知っているさ」
一瞬目を伏せたサンジの額にトンと口付ける。
周りの視界は一切向いていないのは確認済み。

ゆっくりとサンジの背中を押して、先を促す。
店から漏れ出した、ライブ・ジャズの音と歓声が聞こえてくる。
近くにバーでもあるらしい。
「弾きたい?」
訊いてきたサンジに笑いかける。
「いいや」
く、と見上げて来て微笑んだサンジに苦笑する。
「4日目だけど、ピアノ抜き」
「ピアノはなあ…趣味であり、生業でもあったが。絶対に必要なモノじゃないからな」
笑って手をひらりと揺らす。
「それに聴衆はオマエとエリィだけでいいさ」

「アリステア、じゃあ今度は」
すい、とサンジが首を傾けていた。
「ピアノのある部屋にしよ?」
「ゲストルームでピアノのある部屋で。猫も一緒となると厳しいぞ?」
笑ってストリートを渡る。
「ううううん、ああ、じゃあ」
古い建物の側を通って、見えてくるのはリヴァフロント・プラザ。
「ミュージックルームのあるホテル、どう?」

周り、ナイトライフを楽しんでいる人間が数人いる。
声の届く範囲を考慮し、声を落としてサンジに答える。
「Baby, what make you think I wanna sing love songs to someone else but you?」
オマエの以外を相手にラヴ・ソングを歌いたいだなんて思うわけがないだろう?




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