幾つもの人通りのある気配と明るさのある方へ歩いていった。水際の通り、リヴァーロード、だっけ…?
ホテルから続いてた道は細かい通りと広場が幾つか連なるような
古い家並みにありがちな、夜になったらヒトの気配がとても少ない通りだったから
ひどく自然に、それこそ影のように生きているものの気配の密かな場所に存在を合わせていたゾロが、すい、と
明るさと光が近付くに連れて、ゆっくりと影からちゃんとした容をとって人影が現れるみたいに存在を戻していることに
気が付いて。
真夜中の歩行者、もし夜中に出くわしていたなら?
――――やっぱり、角を曲がったところで一目惚れしたんだろうね、おれ。
思いつきに笑い出したくなって。
それでも紛れも無い本音に近いから、笑えないや。

壁に埋められるように通りの名前を示していたプレートがちょうど光の加減で見えて、―――リヴァ・ストリート?
そのまま目線を上げてエリィを片腕に抱いているゾロにあわせた。
「ウィンドウ・ショッピング?」
もうストアは閉まっている時間で、開いているのはバーだとかレストランだね、きっと。
「ぶらぶら、」
そんな返事が笑いながら寄越されて。
ぱ、と
足元から明るくなる、通りをヒトツ隔てただけで。
それでも、落ち着いた色合いの街灯に照らされた通りはマンハッタンの賑わいとはやっぱり別物で。
水の気配もしてた、川辺なんだこの通り。

あぁ、あの大きな建物はじゃあ倉庫の跡かなにかかな、と見遣っていたら。
「Stay close,」
側にいろよ、とそうっと落とされた声に顔を向けたならふわりと笑みを浮かべたゾロがいた。
「―――ウン?でも、ダイジョウブなのに」
そうしたなら、デートだろ?と軽い口調で返されて。
「ぶらぶら、」
ゾロが先に言っていたのと同じコトバを口にした。

「ティーンエイジャより健全だな、」
「いまさらクラブでもないし」
に、と口許を引き上げていたゾロを見上げて、肩を竦める。
「あのさー?」
「ん?」
とくに目的があるわけでもなくて、夜の街中を歩き始めて。
やっぱりすれ違う人たちは、ツアリストと地元の人が半々くらいかな。
「B級ホラーって、おまえ観たことある?」
くるりくるりと周りをアタマを動かして眺めているエリィのアタマを軽く撫でて言えば。
「あー…“Mars Attacks”とか?」
ありゃC級か?と続けながらゾロがわらってた。

「あれってばコメディだよ」
おれもわらって。
「違う、ほら。B級ゴシックホラー、」
ひら、と人差し指で口許を指した。
牙の真似。
「……何本か観たな、そういや。オーストラリアの吸血鬼退治のハナシとか」
「ン、そういうヤツのお決まり。いかにも連中の溜まってそうな店のロケハンに良さそうだね」
あのあたりとか、と。
水際のもう使われていない倉庫だった建物を目で指して。
に、と。ゾロがまた唇を吊り上げて。

「んー、おまえ。かんぜんにエキストラ決まり」
グリーンアイズを見上げてわらった。
「エキストラ?何の役だ?」
「死なずに逃げ延びろなー」
答えをはぐらかしたら、エリィが長い尻尾を一度だけゆらん、と揺らした。
「ああ、なに、吸血鬼かオレ?」
くっ、と笑い出したゾロに。
「そう。エキストラなのに死なずに逃げられンの」

ああ、そういえば。
「アンティークショップありそうだね、この辺り」
笑みを乗せたままでグリーンアイズを見詰めたなら。
「こことかか?」
光を通りに落としていた一角をゾロが指して。
目をやれば、ライトアップされたショーウィンドウの灯かりらしかった。
「やっぱりおまえ、目良すぎ、」
くっく、と低く抑えた笑い声が返事で。
「"猫"の遠い子孫じゃないの、おまえってば」
トン、と肩を指先でノックしてから、目的の灯かりの方へ進んで。

「パセンテ―ジは低いと思うぞ、」
横に並ぶように立ったゾロの声がすぐに追いついた。
「どうだろう?」
ガラスに映った姿に答えて。
「んん、なんだかここはいまひとつ、」
これみよがしにキラキラしてるジュエリは面白くないなぁ。

「じゃあ次はあこそだな、」
すい、とまた別の。とても小さな看板を指してゾロが見下ろしてきて。その指の示す先だから、看板なんだとわかるくらいの小ささなのに。
「もしかしなくても、」
見上げた。
「店の名前読めてたり?」
「Crougers&Co.」
「――――うわ、」
わかってたけどさ、やっぱり―――これって特技だよなぁ。
暗くても見えるってことは―――……わ。思考が妙な風に繋がりかけた。

「ウィンドウのなかまではでも見えないだろ、」
に、とわらっていたゾロにそう言ってから、多分早足なんだろうけど。その灯かりの方へいった。
「ライティングの反射がキツいな。けど看板は街灯に照らされてるだろう?」
アタリマエな静かな口調が淡々と。ってことは、場合によっては見える、ってことなんだ?

「あのな?」
「んー?」
のんびりとしたトーン。
「探し物があるんだ、」
何、って決ってるわけじゃないけどね。
「へえ?」
ゆっくりと、近付いてくる姿を灯かりの落ちる下で待った。

「そう、何がいいかな」
いつも受け取ってばかりだから、実はおまえ用。
「何が?」
「うん、サンキュウ・ギフト」
すい、と。
目元を指差した、ゾロの。




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