さっさとミルクにありつきたさそうなエリィに、ウェイト、と指を1本出して。
くう、っと我慢をしているらしいチビに、オーケイを出してから、サンジに目線を戻した。ぴっちぴっちとよほど喉が渇いて
いたのか、ものすごい勢いで飲み始める音がする。
ヘヴンリィ・ブルゥに肩を竦める。
「こんなにいい猫はレアだと思うがな、」
に、と笑って"息子"を褒める。
エリィはミルクを飲みながら喉を鳴らすのに忙しそうだが。
「不思議なイキモノと思われてるのかも」
サンジの言葉に小さく笑う。
「さっきドリンクが出てくるのを待っている間に、バーメイドに訊かれた」
「うん?」
シングルモルト・ノッカンドーが入ったグラスを、球体の氷ごと揺らす。
「中型犬ってわけじゃないですよね、ってさ」
最も。最初に、ぬいぐるみじゃないですよね……?とそうっと訊かれたが。
それは黙っておこう。
「なかからも見えてるんだ?」
「最初にこっちに座った時、空のグラスを持って戻るところだっただろう?」
「あぁ、そっか、」
そう言って、サンジがにこお、と笑っていた。
背後が一瞬、ザワメキが引く。
「ああ。通りがかりのが、でけェ、とか言ってたけどな」
軽くサンジのミモザ色のグラスに、縁を合わせた。
にこお、とサンジがまた笑っていた。
「ヴァケイションに?」
「Yes, and for the first family trip too」
ふわふわに微笑むサンジに、口端を引き上げる。
"それと、ハジメテの家族旅行にもな"。
サンジが、もうミルクを飲み終えていたエリィの右手を取り上げ、オレに向かって僅かに動かし。
「Ta-ta,」
と言っていた。
"ありがとにゃ。"
ふわりと甘い声で言われて、苦笑した。
ああ、ほら。そんなサーヴィスするな―――と思っている間にも。
近い場所に居た、工事現場で働いていそうな若いオトコがぶふっと噴いていた。
その反対側では、慌てて鼻を押さえている同年代のオトコ。
ぎゃあぎゃあ、と。酒は飲んどけ、とか、上向け上、とか他の仲間二人が大騒ぎしているのまで聴こえる。
「"んー、賑やかでいいにゃ"?」
くっと甘い笑い声と共に、サンジがエリィの右手を動かしていた。
バーメイドが慌てて、クロスを持って件のテーブルに駆け寄っているのが見える。
が、と振り向いた若い鼻血男に、すい、と片眉を引き上げてみる。
慌ててこちらに背を向けるのに、口端を持ち上げる。
「せっかくマリーナ・ショウが歌ってるのにな」
くくっと笑って耳をトントンと叩いた。
店内のステレオからかかっているのは、"Feel like makin' love"。
サンジがすう、と扉の方へ僅かに顔を向けていた。
「目を閉じたほうが聴こえやすいぞ、」
小さなアドヴァイス。
内容は正しいが、オマエのキレイなヘヴンリィ・ブルゥを見せちまいたくないってのが本音だ。
ふぁん、と柔らかく微笑み。サンジがゆっくりと目を伏せていた。
ボッティチェッリが好みそうな"絵"だな。
あとは、ああ…なんだ?有名写真家、そうだなあ……マッキンリィとか、な。
「聴こえたか?」
そうっと目を伏せたまま頷き、笑みを口許に漂らせたサンジに。
ざわめきの向こうから聞こえる音に合わせて、そうっと歌を乗せる。
"And that's the time I feel like makin' love to you,
And that's the time boy, I feel like makin' dreams come true."
サンジがスローモーションのようにゆっくりと瞼を上げていき。
に、と笑ってグラスを傾けた。
背後でまたオトコが咳き込んでいたが、知るかよ。
愛情だけを映しこんだ目の色、酷くきれいなヘヴンリィ・ブルゥ。
エリィが、な、と鳴いていた。
手を伸ばし、鼻先を撫でてやる。
Of course, I feel like makin' love, as always, but I won't do it tonight, so don't worry, boy.
""いつでも抱きたい"のは本音だが、今夜はしないから安心してろ、チビ。"
ふわりとサンジが花が綻ぶように笑みを浮かべていた。
僅かに上気した頬。
ペルノをく、と一口飲んで。闇と光の絶妙なブレンドの光量に照らされた喉元を視界に納めた。
す、と目線が合わされ。柔らかな甘い声でサンジが、
「良い夜だね、」
と音に乗せていた。
「いつでも良い夜さ、」
に、と笑いかける。
「――――ん、それでも、さ……?」
ふわ、と蕩けるような声に、苦笑する。
おいおい、今すぐ帰らせたくなっちまうだろ、サンジ?
毛繕いを始めたエリィを見下ろし、頷く。
「そうだな、」
「うん、」
合わされたままのブルゥに、小さくまた笑いかける。
グラスを飲み干し、目線をちらほらと寄越していたバーメイドに向かってグラスを揺らした。
セカンド・グラスを慌てて中に居るバーテンダに告げに行くオンナから目線を戻せば。
サンジがゆっくりと紫煙を吸い込んでいた。
エリィがくるくると喉を鳴らす音が聴こえてくる。
ざわめき、まだ背後にありながら、少し遠のいた。
意識だけは向いているのが解るが、半分ほどは無視してくれることに決めたらしい。
カタン、と使われたライタがテーブルの上に乗せられた。
サンジのグラスのは、まだほとんど中身が残っている。
華奢でクラシックなシルヴァのライタにまた目線を戻す。
ずっとサンジが愛用しているもの。細かな傷がついているのが見える。
バーメイドがグラスを持ってきて、細かいコインで支払った。
釣りはとっとけ、とジェスチャ。
ふわ、とどこか緊張した面持ちで、オンナが笑った。
サンジもカノジョににこっと笑っていた。
「ね?猫でしょう?」
すい、とエリィの顔を上げさせていた。
バーメイドが目を真ん丸くする。
「大きなコですねえ!オトコノコ?もう5歳くらい?」
「まだ1歳にもなってない、なんて言っても信じてもらえそう?」
「えええ?こんな大きな猫ちゃんがですか?」
にこ、と笑ったサンジに、バーメイドがまた声を上ずらせていた。
視線をやらずとも、こちらに他の客の注意力が向いているのは解る。
「まぁだまだ成長中。な?オマエ」
とて、と額を柔らかく小突かれたエリィは、なぜか誇らしげに、くーるくーると喉を鳴らした。
「へえ!なんて猫ちゃんなんです?」
「ノルウェイジャン・フォレスト・キャット、」
「メインクーンの親戚みたいなものかしら?」
くいん、とバーメイドを見上げていたエリィに、オンナがまた小さく笑う。
「多分ね、アライグマとタヌキくらいには」
に、と笑ったサンジに、バーメイドがけらけらと笑い。
それから呼ばれて、ひらりと手を振って去っていった。
「カワイイね」
にこ、とサンジが笑った。
「Who is?」
ダレが?と訊く。
「Hey, come on、」
まーたまた、とサンジが軽くけらけらと笑って言った。
肩を竦め、グラスを傾ける。
「"WHO、ME??"」
"え、ボク?"とチビの右前足がまた上げられていた。
「Of course, you're wonderful as always, baby」
笑うように告げる、オマエはいつでもステキだよ、と。
ただし、この場合は。
エリィじゃなくて、サンジだけどな。
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