髪を乾かしてもらっている間に、裸の背中を指先で擽っていてもゾロはちっともクスグッタクは無かったみたいだった。
すっかり髪も乾いて、また肩にすこし懐くようにしたなら。
「エリィより猫みたいだぞ、オマエ」
笑いながら、さらりと流れた髪にキスをくれた。
「オニーチャンだからね?」
ちゅ、と音を立てて肩に口付けて。
「へえ?」
笑いながらやんわり背中を押されるようにして。茶色のマーブルで覆われたパウダールームを出た。

「んー?知らなかった?おまえ」
同じように軽い口調で返して。
エリィの朝ゴハンの支度をした。
ミルクと、ドライフード。
水と、ドライフードはすこし多めに皿に出して。
そうしたなら、
「カミサマ、懺悔を阻む難関が目の前に立ちはだかっております、」
笑いながら十字をゾロが切っていて。
「なぁんでさー?」
ざらざら、とドライフードの箱を振りながら抗議した。わらって。

「教会に出向くまでの道に、誘惑が乱立しております、」
両手を組んで、ソラ、もとい天井をゾロはまた見上げて。
「ゾォロ、」
笑う。
「それってこういうの?」
Tシャツの襟元を、指先に引っ掛けてすこし引き降ろしながら薄くなっていた痕を陽に晒した。
「―――んん?ダメだったりして、」
すこしだけ、微笑んで。
「セクシーさの研究しなきゃなぁ」
首を傾けた。

サンジ、と。
ほんの微かに乾いた声で名を呼ばれて。ゆっくりと目線を合わせようとすれば。
「オマエはいまのままで充分だよ、」
笑い声交じりで告げられて。
晒した痕を、くう、っと吸い上げられた。
「――――――っ、」
ゆら、と。肩が揺らぎかけて。ゾロの掌が、薄い生地越しに腰のとこ撫で上げてきて。
息が零れ落ちる、喉から競りあがって。
「ぁ、」

膝で脚の間を割られて、すい、と。下肢を合わせてきても、おれの息が跳ね上がるだけで。
耳元。
聴こえた。
「喰っちまうぞコネコチャン、」
背骨から伝わってきそうな低い声で囁かれて。
「ア、っん」
耳朶を噛まれて、き、と強くピアスされて。
さあ、と。熱が耳元から拡がっていく。

指先を握りこみかけて、ゾロの背中で。
低い笑いが耳元をまた擽っていって。
ぞくり、と震える。
「オイタも程ほどにしとけ、」
声と一緒に身体が離れていって。
響く音にさえ、身体が反応しかける。
低められた声が少しだけ、わざと剣呑さを増した眼差しとシンクロしてる。

「――――――――そと、出られないよ」
「教会で落ち着くといい」
にぃ、と意地の悪い笑みを浮かべて言われても。
「――――ぃ――じわる、」
抗議する。
「煽ったのはどこの誰かな?」
「そんなことしてないよ、」
言い募っても。リヴィングの椅子にいつのまにかかけてあったシャツにする、とゾロは腕を通していて。
「そう言いきれるか?」
ますます笑みを含んだ様子でゾロはさっさと出かける準備をし始めて。
見上げてきたエリィを抱き上げて、テーブルに凭れ掛かった。
出しっぱなしだったサングラスだけは片手に持って。

「おまえの親は意地が悪いぞ」
エリィの額に額をあわせていたなら。
ゾロがおれの腕の中からエリィを抜き取ってフロアに下ろして。思わず見上げたならもうグラスをかけていたゾロの腕が
伸びてきて。
手にもっていたサングラス、それを掛けさせられた。
す、と。視界に薄い色がかかる。
「愛してるよべイビィ、」
とん、と唇に触れられて。
「―――ゾ、」
抱き上げられた。――――わ?

そのままドアまでまっすぐに進んでいって――――えええ?
「ゾ、ゾロ……??」
声がおれ、相当ひっくり返ってないか?
だけどさっさとゾロはエレベータまで進んでいって。降ろしてもらえるかと思ったのにやっぱりまだ腕の中で。
エレヴェータホール、昨日とは別の人だった、だけど目が見開かれてるところへ。
「良い一日を、」
さら、と。
アタリマエのようにあっさりと挨拶を口にしたゾロに一瞬遅れて同じように返してたけど。
――――えええ?
わ、だってなんでエントランス開けて――――わ??
いくら朝まだ早いからって――――ゾロ???

人通り、それはまだほんとうにすこしだけど。
「―――ゾ、ぉろ…?」
「ん?」
「なにしてンだ????」
「動けないんだろ?」
笑を含んだ声が返してきて、
「―――――バ…ッ」
真っ赤になったんだって、わかった、顔あっついよ…!

その間も、石畳の道をゾロはどんどん聖堂のほうへ進んでいって。わ、通行人が―――
半開きになっているその大きなドアを片手であっさりあけて中へと入っていって。
「ちょ…ゾ…!」
どうにか上げた抗議も、「しー、」っとコドモを宥めでもする口調に紛れて。
視界からグラスの色が消えて、一番後ろの席に座らされた。一緒に。
「――――ゾロ…っ?」
抑えた声、けど。
祭壇の側に、3人。
跪いて祈りを捧げている人たちがいた。

「いいコだから静かにな?」
翠が、まっすぐにあわせられて。
それがひどく優しい光を浮かべていたから。
トン、と。
緩く握った拳をゾロの肩口にあてた。
に、と。口端が吊り上げられて。その物騒な笑みを残したままゾロが見つめ返してきた。
「おまえ、ほんっと。やることが極端…」
声を落とした。
「どうしてくれるんだよ、いま」
飽きないだろう、と笑っていたゾロに続けた。
「対極を味わえ、」
そんなことを言って低く笑っていたけれど。
これだけは言わせてもらうからな。
「あそこで誓ってくるぞ、」
祭壇を目で指した。
なにを?と表情で聞かれても。
「ヒミツ、教えない」
いい、っとわざとハナに皺を寄せた。
「癪だから」

「立てたらな」
くっく、とますます喉で笑うゾロに。
「おまえってほんとに意地悪だ―――!!」
ぎゅう、と肩を掴んで。
一瞬だけ、唇に噛み付くみたいなキスをした。
「You know better than that,」
いまさらソレか?とか言ってたけど。
知るかよ。

「おれ、すっかり忘れてたけど、」
ステンドグラスからの光でほのかにあかるい中で煌くグリーンアイズを見ながら言葉にした。
「ン?」
「おまえってオトコはそういえば底意地が悪かった…!」
かた、とベンチシートから立ち上がろうとすれば。
「オトナなだけさ、」
さらっと笑みと一緒に返されて。
思い切りハナに皺を寄せて返してから通路へと出た。
ほらみろ、歩けるんだからな。

背中、まだ。くくっと喉奥で笑うゾロの声が届いて。
どうだ、と軽口の一つでも言うつもりで振り返れば、やわらかな目線とぶつかった。
――――う、だからそれ反則だ、って言ってるじゃないか。
「一生、教えてヤラナイ」
言い残して、祭壇の方へ進んでいった。
イッテラッシャイ、と。
声と、片手の一振り。
――――――優しい声だったけど。
とんでもなく。

うっかり忘れてた。
こういう底意地の悪いからかい方をすることもあるオトコだった、――――おれの愛してる相手は。
くっそう。




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