フレンチ・ゴシック・リヴァイバル・スタイルで建てられた聖ジョン・バプティストは。
近年改装が終わったばかりだという、やたら“美しい”カテドラルだった。
いくつものステンドガラスや天井に設けられた小さな穴から陽光が入り込み。
いくつかのアーチからなる天井がはるか高い位置にあるせいなのだろう。
足元は暗くとも、全体的には明るい場所だった。
淡い緑の支柱や何箇所にも施された金が。白い壁が反射する光の中でより美しく見える。
壁に掲げられた絵や聖人像なども、みなれたおどろおどろしさはなく、明るい顔つきをしていた。
酷く大きな十字架に磔にされた件のオトコの顔つきが陰鬱なのは、まあ仕方が無いこととして。

白い大理石かなにかで出来ているキリスト像の前で跪いたサンジは、背中がまだどこかとんがっているのを認め、口端で笑う。
首を垂れた時に短いシャツが引き上げられ、背中が露出されるのは…これもまあ仕方が無い。
教会という場所は人を傅かせる意図を以って建てられているわけで。
跪いて首を垂れるのが礼であるならば、文句を言ったところで仕方が無いだろう。

捨て去った生業、両手を見るたびに血塗れている幻覚を見ていた頃は。
“神聖な場所”に足を踏み入れるのをためらったものだが。
実際に入ってみれば、美術館と大差ない。
近寄ってくるのが学芸員ではなく。
にこやかな面を貼り付けた中年の神父だというだけだ。

「おはようございます、観光でいらっしゃいましたか?」
柔和な声が静かに天井に向かって通り抜ける。
甘いマスクのアングロサンソン。
年齢は…40代半ばか50代間近というところか。
僅かにカールしたブルネットは僅かに長めで、それが酷く白いローブを上に着込んだ男にマッチしていた。
好意的に細められたアイスブルゥは穏やかで。
けれどどこか挑戦的でもある―――なにがそんなにこのオトコの興味を引いたかわからないが。

「キレイな教会ですからね。朝一に飛び込む先としては良いかと」
笑って答えれば、神父はふんわりと笑って返してきた。
「朝の澄んだ空気の中だと、格別に雰囲気があるでしょう、」
「真夜中に一人で居たい場所ではないな、」
「なぜ?」
驚いたような声の神父に笑う。
「寒いだろ、これだけバカデカい建築物だと」

ははは、と神父が陽気に笑った。
「確かに寒いですねえ、いくらサヴァナの気候が温暖とはいえ」
神父の肩越し、サンジが振り向いているのが見えた。
同じように、祈りを捧げにきていたような地元民らしい3人も。
けれどそれが神父の笑い声だと知り、また前に視線を戻していた。
サンジも、なんで振り向いたんだ!と言わんばかりの勢いでまた前を向いていた。

視線を神父に戻す。
「どうですか、一つ懺悔でも?観光の途中で寄っただけでは、寄り甲斐がないでしょう?暫く教会などには赴いていない方でも、
旅先の神父には相談事等もしやすいはずです。いかがです?」
にっこにっこと人懐こく、コンフェシオーネを示されてもなあ?

「罪と向かい合うならば、直接神と対峙した時にでもやらせてもらうさ」
「おおやま!それもすごい発言ですねえ?」
にこにこと笑う神父の目がきらりと光った。
「貴方の人生においては教会や私等、意味のないものなのでしょうか?」
神父の発言に、十字架に掛かった男を指さす。
「信仰をとやかく言う気はさらさらないが。敢えて言わせてもらうならば、彼の人の行ったことは私にとっては余計なことだ、」
「ほお?」
「各々の罪は各々が背負うべきだと考えている。勝手に請け負ってもらったら困る」

はっはっは、とまた神父が笑った。
「原罪もすべて、個人で背負うべきだと?」
「少なくともオレは。オレの罪を勝手に清算されたくはないですね」
正面を見遣れば、十字を切ってから立ち上がったらしいサンジが、最前列のベンチに座り、ステンドグラスを見上げていた。
神父を見遣れば、まだ小さく笑っていた。
「いいですねえ、そこまでいっそきっぱりと仰っていただけると」
「不遜だとか傲慢だとか、よく言われますね」
に、と笑いかけてやれば、神父がまた小さく笑っていた。

「アナタほどの若さでその境地に立つには、いったい何があったんでしょうねえ?」
「絶望して、救われた。それが教会ではなく個人であっただけのことです」
側に在った者を想う。
そして今、側に在ってくれている者を。

「神は在りますか?」
柔らかな声に、まだ静かに怒っているらしいサンジから目線を戻す。
「それは私のような立場の者が問うべき質問では?」
「もちろんです。ただ失礼でなければ聞かせてもらいたい。貴方のような方の中に、我々のような者が入り込む場所が
あるのかを」
「諦めずに叩き続ければ開く扉もあるでしょう。ただ私には神は必要ない。論じる以前のことだ」
そう返せば、神父はなるほど、と頷いていた。
「それでも神の家が貴方のような方に何かを差し上げられるのは喜ばしいことです」

神父が十字を切った。
低く笑う。
「不愉快ならば、立ち去るが?」
「いえいえいえ、どうぞごゆっくりお過ごしください。建築物としても観る価値はあるもの。建てられた心を慮っていただければ
尚嬉しいですねえ」
サンジがすたすたと真っ直ぐこちらに向かって歩いてきた。
座ったままのオレに立ったまま通路から話しかけてきていた神父に目礼し。
「アリステア、外にいるから」
酷く小さな声で言って、出ていっていた。
まだ怒っているらしく、棘が小さく出ていた。

神父がすう、と出て行くサンジの背中を見遣り。
にっこりと笑った。
「キレイな方ですねえ」
扉で一度振り向き、全体を静かに見詰めてから出て行ったサンジが遠くに行き過ぎる前に立ち上がる。
「誰かのために生きられるのは幸せだな、神父」
「アランです、ミスタ・アリステア」
「ファーザー・アラン、実りある人生を、」
目礼すれば、にっこりと微笑みが返ってきた。
「貴方にしてみれば神の加護などいらないのでしょうが…貴方にも同じ言葉を」

サングラスをかけて、一歩引いた神父の前を横切り、荘厳な聖堂を後にする。
神父が父と子と精霊の御名において、と呟くのを背中越しに聞きながら、木の扉を抜けた。
サンジが煙草を取り出しかけ、けれど灰皿が無いのに気付き、戻していた。
肩の辺りがまだぴりぴりと張っている。
空は青く、景色は美しいのにな。

ゆっくりと歩き出して、日差しの中に踏み出す。
自分には不釣合いなくらい、明るい世界に。




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