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 バカみたいだ、―――ちがうむしろ、みたいは余計でバカ、なんだ。
 そんなことはわかってる、だから余計にハラが立つじゃないか。
 祭壇の前で、覚えたとおりの所作で跪いた。
 この場所で願うことなんて何も無いけれど。ここまで歩いてきたのなら突っ立っているわけにもいかない。
 ただのコドモじみた癇癪だってことも、わかってるさ。
 
 ひやり、とした空気が動いて。石床の磨かれた光がずっと広がっていった。
 勝手に口が詩篇の何かを口ずさんでるけど、意識の半分以上は何に怒っているのかそもそももうはっきりしないイライラに
 もっていかれてた。
 何がハラが立つって――――
 突然、よく響く笑声が聞こえて。おれの先に祈りをささげていた人たちもビックリしたみたいだった。
 意識しないでも勝手に背後を振り向いて。
 一番後ろ、遠い席に。
 司祭らしいニンゲンが通路にいて。
 座ったままのゾロとなにか話でもしているようで、その笑い声は司祭からしていた。
 珍しい、ヒトがゾロに話しかけるのは。
 あぁ―――司祭だからかな。ゾロは、こういう中にいると酷く浮き立ってる、街路には溶け込むのに。
 離れているはずなのに、翠があう気がして向き直った。
 ローマンカソリックの教義でも話してればいいさ。シラナイ。
 そもそも、なんでこんなにイライラしてるかといえば―――
 
 ちらちらと光が揺らいで色を乗せていた。視界の先、床に高いドームから落ちてくる光がぜんぶ色を乗せていた。
 壁に映りこみ、反射して。
 教会の内部が酷く暗かったのは、光を活かすため、視覚で天の国をヒトに知らしめるため。神の国は光に溢れているのだ、
 だっけ?
 中世美術の教授のノートの切れ端。
 
 ノートルダムの、あのカテドラルの色味の方が好きだけど。
 この場所も、どこか軽やかに美しくはある、けど。
 だからといって、このイライラが収まるかといったらそれはまた別なんだ。
 ゾロがどうとか、からかわれたからなんだとか言うことじゃなくて。発端はそれだったかもしれないけど、多分違っても
 もうどうでもいいんだけど。
 ―――このコドモじみたイライラ、癇癪。これがタマラナイ。まるっきり、自分がガキだってことを突きつけられてるみたいで
 自分のことだけど腹が立つ。
 あぁー、くそ。収まらないじゃないか。
 Fワード、フランス語で言いたくなるぞ。イワナイケドサ。
 ドイツ語でもいいやとにかく。
 気分悪い、何にって……自分に。
 
 後ろから、届く「にこやかな」な雰囲気に思わず誰かに言いつけたくなる。
 あの男は大層意地が悪いんです、とでも。
 ちょっとだけ辛口の諧謔交じりのお遊びに、ハラを立てているのはこのバカなガキってことになるだけだ。
 ああああ、クソウ。
 堂々巡りで埒があかない。
 ゾロとあんなふうに「にこやか」に話せるってことはあの司祭だってどうせ同類だ。
 底意地の悪い同士、決まってるぞ。
 だからってなんでおれこんなにイライラしてるんだろう、ほんとうに、バカでハラが立つなぁ、我ながら。
 
 目を閉じて、5秒。―――――ムダ。目を開けた、穏やかに拡がる空間にいても自分のバカさ加減が際立つだけな気が
 してきた。
 立ち上がって、出口に向かって進んでいく。
 まだなにか低い声で話している司祭は。
 人好きのする整った、でも穏やかな顔立ちのヒトだった。目礼をして、ゾロには外にいる、とだけ伝えた。
 あぁ、声。
 まだぴりぴりしてる、しゃべらない方がいいなこンなんじゃ。
 
 聖堂を出る前に、扉から最後に振り向いた。
 天を突くように梁が重なっていく動きはとても優雅に、それでいてヒトの願いをそのまま表している。
 望んでいる高み、良き場所。
 それを、おれはいくらでも手に入れてるのに、なににハラを立ててるんだろう、―――まったく、ガキで呆れ果てるよ、自分でも。
 
 ため息、それから扉を抜け出た。
 サヴァナの観光の基点になってるのかもしれないこの場所に出てみれば。
 もう朝も適当な時間になってたのか、いろんなニンゲンが広場に思い思いに散っていて。
 観光客だとか、朝の散歩らしい地元の人たち、足早にあるいていくヒトは―――仕事に向かってるのかな。
 そういえば、今日は何曜日なんだろう。
 一瞬、このままホテルまで帰っちまおうかと思ったけど。
 おれは別に喧嘩売りたい訳じゃないからそれはサイアクの選択だ、あああもう。頭までとうとうバカになってきたかな、おれ。
 
 通りすがりの人たちが何人かにこにことして通り過ぎていったけど。―――― 一体何が面白いんだろう?
 ご老人の生態は謎だ。ここにいるのはただのバカ者だよ?
 陽射しが眩しいけど、サングラスを探すのも面倒。
 バックポケットだったかな、入れたの。
 
 手を突っ込んで、ライタとシガレットケースに指先があたった。
 ――――あ。
 気分変わるかも、と思って引き出したけど。
 この広場は―――ちらりと見回してみても、どうやら禁煙みたいだ、アシュトトレイらしきモノはナイ。
 ライタを手の中で何度か弾ませて。
 これをくれたヒトのことを一瞬思った。癖のある笑みと、いつもヒトをからかうようだった口調。
 ……こんなンだからガキだガキだって言われてたんだな、おれ。あーあーあ。
 快晴、遠くの広場の緑もここから見えそうだっていうのに。
 こんなにバカじゃどうしようもないや。
 
 どうしよう。
 ため息、また零れて。
 ライターをポケットに戻した。
 ホテルに戻ってる、って。言ったほうがいいかなぁ……?
 
 
 
 
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