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 「サンジ、」
 立ちすくんだままの背中に声をかける。
 「Would you prefer to "walk alone"?」
 オマエは“独りで歩く”ことを選びたいか?
 
 僅かにぴり、と神経を苛立たせたサンジが、ゆっくりと振り向いて見上げてきた。
 微笑みかける。
 両手を軽く広げて、促す。
 じわ、と。
 ブルゥアイズが潤み、溢れそうなくらいに雫を溜め込んでいるのを見詰める。
 オレはオマエの愛情を疑ったことはないが、それとこれは別のハナシだしな。
 いつでもそのオプションは開けてある―――死んでからも側に在りたいと思う気持ちとは裏腹に。
 
 サンジが唇を僅かに引き結んでいた。
 その様子に。
 野良猫に言われた言葉を思い出す。
 “オマエは優しいけど、徹底的に厳しいね”。
 トン、と胸を人差し指で突かれたことを。
 その強さが、急にその場所に戻ってくる。
 “自分に一番厳しいのは、知ってるけどさ。オマエ容赦ないよホントに”。
 エゴを誤魔化さない姿勢、ひどい甘やかしのむっつりスケベなロマンチストのくせになぁ、と。
 苦笑気味の笑顔を思い出した―――酷く遠い昔のことのように思える。
 
 あの頃から本当は自分は、何一つ変わっていないのかもしれない。
 いつでも微笑んでいられるように、オマエを大事にしようと願ったのにな。ああ、ほら…喉辺りで息が詰まっていやがる。
 真っ直ぐに見詰めてきたブルゥが、きゅう、と眉根を寄せていた。
 答えがYesでもNoでも、オマエに対する愛情は変わらないのにな。
 
 「Baby?」
 オマエはどうしたいんだ?
 サンジが小さく首を横に振り。
 「――――ちが……、」
 声を揺らしていた。
 言葉の続き、閉じ込められた嗚咽と一緒に喉元に蟠っているのだろう。
 「Have I made you cry?」
 “オマエを泣かせちまったか?”
 サンジが俯き、どこか必死な面持ちで首を横に振っていた。
 「Have I hurt you?」
 “オマエを傷つけたか?”
 ささやき声で訊く。
 サンジがまた首を横に振り。
 手で、待って、と言葉を押しとめるようにしていた。
 
 一歩近づいて、側に立つ。
 爽やかな風に乗って、鳥の鳴き声が聴こえる。
 頭上を飛び交う、飛行機の排気音も。
 柔らかな蜂の羽音もゆっくりとブレンドされていて。
 相変わらずクリアな青空。鮮やかな緑が齎す爽やかさはそのままに。
 愛しい人が側に居ない時の味気なさを思い出す。
 
 サンジが言葉を途切れさせながら言葉を綴っていた。
 「さき―――いってて、い…から。も、すこし。マトモになっ―――ら、あとから。追いかけ…ら、場所、おしえ―――」
 「それはできない相談だな」
 笑って、俯いたサンジの金に隠された額を露にする。
 「オマエが側にいないなら、オレには意味がないからな。ましてやこんな場所でそんな賭けには出られない」
 「だ―――って、」
 「キライになったなら、キライになったといえばいい。それだけのことだぞ?」
 俯いたままのサンジに告げる。
 自分の声が酷く甘いのを耳が拾い上げる。
 
 サンジが、ばっと顔を上げた。その拍子に涙が一粒頬を転がり落ちる。
 白い手が、それを直ぐに擦っていき。
 「オマエが側に居たいか、居たくないか。オレはそんなに難しいことを訊いているか?」
 悲しそうに顔を歪ませたサンジの頬を指先で一瞬触れる。
 そのままサンジの頤に人差し指を当てた。
 サンジが嗚咽を飲み込み。ブルゥを揺らしながら、それでも言ってきた。
 「そんなこと言わせて、おまえに。自分がバカで、ハラが立つ、」
 酷く小さな声に、苦笑する。
 「けどだからって、オレを置き去りにしないでくれよな?」
 トンとサンジの胸の上を突付く。
 「オレの居場所はここだけだって言ってあるだろ?追い出さすなよ」
 
 「やだよ、」
 そう言って俯いていた。
 「思ったこともないよ、」
 「Baby、」
 俯いたサンジの頬を撫でる。
 掌から顔を逃がしたサンジに苦笑する。
 「オマエを愛してるよ、だから見上げてくれないか?」
 サンジがほぼ聞き取れない声で。
 「ごめん―――おれ、サイアク」
 そう言って更に俯いていた。
 「サンジ、目を見せてくれないか?」
 何事か、と遠巻きに見守っているような通りすがりの人間どもの視線はひとまず忘れることにした。
 「―――ダメ、」
 「強硬手段に出るぞ、」
 消え入りそうな声に言えば、サンジが首を横に振っていた。
 
 「オーライ、ベイビィ。目は瞑ってろ」
 そのままサンジの頤を引き上げさせ、唇にトンと口付ける。
 “強硬手段”。
 ハイハイ、固まっててくださっても結構。
 通りの人間に内心語りかけてから、サンジの身体を抱き上げた。
 見開かれたブルゥをそのまま、肩に押しつけ。
 「見せたくないなら隠してろよ、」
 
 そのままブロックを歩いて。
 ああ、丁度いい。昨日は閉じていた、コロニアル・パーク・セメタリィ。
 「オレが見れもしないものを他人に見せるのは癪だからな、」
 僅かにパニックしていそうなサンジの頭を抑えたまま、鉄のゲートを潜る。
 「死人どもになら、まだ我慢してやる」
 「――――ゾ、」
 
 ずかずかと歩いて、そのまま人気のないほうに進む。
 古い石造りの廟や十字が並ぶ中。
 レイアウトされた道を通って、人気の無い一角にサンジを下ろす。
 そのままくるりとサンジの向きを変えさせて。
 石のベンチに腰をかけてから、そのままサンジを背後から抱きしめた。
 「オレに見られたくないなら見ないでいる。それがオマエの願いなら適えるさ。けどオマエを置いて行っちまえると思ったら
 大間違いだ」
 まだどこか強張ったままの背中を抱きしめたまま、サンジの肩越しに墓地を見遣る。
 
 サンジの体が、腕の中で僅かに弛緩していた。
 詰めていた息が零れていくのを聞き取る。
 「不細工なカオしてるよ、いま」
 「オレの基準ではそんなオマエの顔は見たことがないな、」
 揺れる声にそのまま静かに返す。
 「ゾロ、腕放して、」
 さらに声が揺れているサンジに言葉を落とす。
 「オレから離れたいなら、まっすぐ振り返らないで行けよ」
 フラットになりそうな声をわざと和らげて告げる。
 「そうしたらオレもオマエを探さない、」
 ちゃんとオマエを行かせてやるさ。
 そのまま腕を放した。
 
 
 
 
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