サンジが息を一つ無理をして吸い込み。
それから切れ切れに、
「―――ゾ、ろ…?」
とどうにか声に出して、腕から抜け出ていった。
振り向かない背中が、僅かに震えているようで。
―――泣かせちまったか、と苦い思いがこみ上げる。

へたん、と。鮮やかなグリーンの芝の上にサンジが膝を着き。
そうっと振り向き、足元から見あげてくる。
膝の上、手が伸びてきて。けれど緊張しているそれが触れてくることはなかった。
「ごめ――――…、」
ヘブンリィ・ブルゥは曇って雨が降る。
閉じることを忘れた瞼から次々と、宝石よりもきれいな涙が。

「You are free to leave me at your will anytime, though I would never leave you under my wish」
オマエはいつでもオマエの意思でオレから離れていくことはできる、オレがオレの意思でオマエから離れていくことがなくても。
「…なさ、」と嗚咽交じりで続けたサンジの頬を伝うものを拭いながら、笑って告げた。
サンジは必死に首を小さく横に振っていた。
「オマエに感謝することはあっても、恨んだりはしないよ、」
両手で頬を包み込む。
火照って熱い存在。
オマエが在るから、まだオレはここに在るんだろうと、何十回目かにして思う。

サンジがどうにか涙を止めようとしているようだった。
けれど雫は絶えず、零れ落ち続けている。
「オレを置いていくことは、オマエの裏切りにはならない」
サンジが泣きながら、言葉を綴る。
「―――ゴメン、でも…」
「ん?」
「そんなこと言わないで欲しい、お願いだ、」
「もう二度と言わないが、いつでもオレがそう思っていることは覚えておいてくれ」
さらりとした髪を掻き上げて、額に口付ける。

「なんでそんなこと、できるわけが―――」
くう、と嗚咽を我慢しているのが解る。
ああ、オレは。オマエに酷いことをしているのか?
両腕が、ぎゅう、と腰の周りに回されて。
サンジの身体を膝の上に引き上げる。
軽い身体、細い腰。
壊れやすく柔らかで、傷つきやすい存在。
誰よりも、なによりも愛しい。だからこそ。

「ごめんなさい、だからそんなこともう言わないでくれ、お願いだから」
そう言ったサンジを見詰める。
「オマエを閉じ込めてしまうことは、本来ならあってはならないことだ。それはオレ自身がよくわかっている。そのことが
どんなにオマエのストレスに成り得るかということも」
必死で泣き濡れたブルゥが見詰めてくるのを見上げる。
「それでも。オレはオマエが側に在ることを望んだ。本来ならオマエの承諾があっても、オレはそうするべきではなかったのかも
しれない」
頬を伝う涙を親指で拭う。
きゅう、と悲しそうな表情を浮かべたサンジに笑いかける。
「オマエを連れて、今日ここにある自分を。後悔したことはない、やり直したいと思ったことはない。けれどな?その罪の重さを、
オレは忘れない」
ちょん、とサンジの鼻先に指先で触れる。
「でも、それでも…」
「ミカエル(神に似た者)でも。ラファエル(神の熱)でもなく。オマエという天使がオレの側に在ることを。感謝するからこそ、
そのことの重さを忘れることはできない」
くう、と嗚咽交じりのサンジの唇にも、そうっと触れる。
「ちが―――、」
「オマエを強く望むけれど。オマエを縛り付けることはできない、サンジ」
嗚咽で語尾を喉で潰したサンジに微笑んだまま囁く。

「ただの、バカなこども以下だ、おれ。なぁ、ゾロ……?」
ぽろ、と涙がまた零れていった。
「I want you to take my hand, take my whole life too」
手をずっと取っていてほしい、でもそれだけじゃなくて、おれの人生の全部も受け取って欲しい。
そう言ったサンジの目から、また沢山の雫が転がり落ちていく。
「I will, as long as you give them to me, baby」
オマエがオレに差し出してくれる限り、オレは受け止めるよ。
そう返せば。サンジがくうう、と抱きついてきた。

「―――優しくなくて、ゴメンな」
抱きしめ返しながら、耳元で囁く。
「おまえ以上に、優しい人間なんていない」
ぎゅう、と。強く抱きしめられる。
「オマエにイジワル言って泣かせているのにか?」
笑って金色の髪をそうっと撫でる。
「否定しないけど、」
声が僅かに揺れ、泣き笑いになったのを聞き取る。
「それでも、おまえはおれに一番やさしい」
「―――愛しているからな、どんなオマエも」
嗚咽を飲み込み、声を揺らしたサンジの耳元に口付けながら告げる。
「無理に背伸びなんぞしなくていい、ただオマエがオマエをそのままでオレにくれるのならば、それだけでいいんだ」
他に望むことなどない、と。鼻先で金色を掻き上げて告げる。

「もう、すこし―――」
く、とサンジが息を飲み込んだ。
「“もう少し”?」
「ここ、どうにかする、」
す、と僅かに身体を離したサンジが、泣き笑いでくしゃんと目を細め。ブルゥの下の目尻にトンと触れていた。
「壊れすぎ、」
小声が告げてくる。
微笑みかけてから、ぺろりと目尻を舌先で辿った。
「泣いていても構わない。オマエの涙は甘い」

サンジがまた首を横に振っていた。
同じように首を横に振って、目線を合わせたままでいる。
「悪いナミダ」
くすん、と泣き笑いのサンジの鼻先をぺろりと舐める。
「オレは悪いオトコだし」
にやり、と笑ってトンと口付ける。
「“オトナなだけ”、だろ…?」
笑ったサンジに肩を竦める。
「不遜なダケかもしれないぜ?」
「そんなの、知ってるさいしょから」
「実はタダの25の未熟者でもあるんだぜ?」
鼻先を軽く齧る。
くくっとサンジが笑っていた。

「No one is perfect」
「Far from it」
完璧なヒトなんていないダロ、と言ったサンジに、程遠いな、と返す。
「You're my main man, that's all」
おまえはおれのとっておき、それだけ。
そう更に返されて。
ふわりとサンジに笑みを返す。
「So will you give me a kiss, darling?」
だったらオレに、キスをくれないか、ダーリン?




next
back