テルフェア・ミュージアムは、中規模の美術館で。
収蔵品の質というよりは、建物との相乗効果でヒトが立ち寄る場所みたいだった。
この地域らしい、ローカルな遺物は面白いようだったけど。
それよりは、別館。オーエンズ・トーマス・ハウスに行ってみた。
19世紀初頭の屋敷をそのまま活かした作りは、様式も全部復元されてて室内が寧ろ美術品みたいだった。
隣を、歩くゾロは随分とゆったりとしたペースで進んでいて。
ロマンチストはやっぱり、ロマンティックな19世紀が好みに合うんだネ、と思って。少し笑った。
明るい陽射しがレエス越しに菱形の窓から差し込む寄木細工の施された回廊を歩きながら、ゾロを視線が邪魔にならないようにしながら見上げた。
回廊の所々に備え付けられてる古びたガラスのライトが灯っていたなら、きっともっと似合ってたかもしれないな、と。
陽射しに、少しだけ細められたグリーンアイズを見詰めて思った。
おれの視線にそれでも直ぐに気付いて、視線が投げられる。
そして僅かに口端を引き上げて、ちょっとした表情を作ってから復元されたインテリアに目線が戻されていっていた。
歩きながら、二つのことを思っていた。
順路を同じように進んでいく人たちや、通り過ぎていく人たちに紛れて。おれたちのモノじゃない視線が、ちらちら。蝶々じみて肩口あたりだとか彷徨っていたけど。
それはゾロがこの空間にすんなり馴染んでいたからじゃないかと思った。
動いて初めてそこにヒトがいたのか、って。
多分、目が勝手に動きを追ったんじゃないかな。
存在感は一度気付いてしまえば無視できないくらい大きいのに、ゾロはいくらでも空気に溶け入ることが出来る。
だけど、両方の美術館には。
好みに合いそうなヴィクトリアンペインティングは少なかった。
新古典派、とでもいったらいいのかな。ロマンティックな一派。
『Cafe Cloe』。ヴィアンの小説に縁があるのか無いのかは知らないけれど。
美術館でしばらく過ごしたあとに、その同じ通りにあったからそんな名前のカフェに寄った。
カフェに入ってからも、実際は。
サングラスはポケットに仕舞ったままだった。
ゾロは、といえば。
両方の美術館の中では外してて。いまは、ちゃんとかけていた。出口で、一歩踏み出す頃には目元は隠されていたけどね。
そして、デミタスカップがその目の前に。ダブルのエスプレッソが入って置かれてた。
おれは、単純に水分補給。
ガス入りのミネラルウオーターっていうツマラナイオーダー。
目線を遊ばせたなら、ゾロがテーブルトップにあった灰皿を押し遣ってくれて。目が、ドウゾ、とでも言う風にサングラス越しでも煌めいたんじゃないかと思う。
「イマはいい、」
テーブルにシガレットケースを置く、ライターと一緒に。そして灰皿と一緒に少し押し遣った。
軽く肩を竦めると、そのままカップを口許まで持っていっていた。
「ボストンに引っ越せば、」
思っていたことの一つ目。
「まるっきり、祖父の家はあんな感じ、オーエンズ・トーマス・ハウス、いまは空家だけどそこに住みたい?」
引越しは冗談だけど。
そんなにはっきりしすぎるアイデンティテイのある家なんて、住むはずナイよね。
「住み心地がよければ、どんなでも」
くくっと笑うゾロにむかって、首を僅かに傾けてみせた。
「管理人のおばーさんがいるだけ」
「オマエがいれば、どこでも」
サングラス越しの目線が、きっととても柔らかいのだろうと思った。
充分すぎるくらい伝わる。
「ほんとに引っ越す?」
ひら、と指先をサングラスの前で閃かせた。
「まぁたまた」
「引っ越すさ」
静かに笑みを浮かべたゾロが、またエスプレッソを一口含んでいた。
「祖父の家?」
笑えば。
一軒家は流石に無理があるけどな、と。
少しだけ軽い口調で。
迷惑はかけられないだろ、と続けていた。
「迷惑……?」
「防音のきっちりとした部屋じゃないとな、グランドは入れられないだろ」
「音楽室ってああいう家には付きものだけど、ボストンには住まないよね」
「ボストンは静か過ぎるかな」
くくっと。
喉で笑うみたいにゾロがして。
「じゃあさ、」
「ン?」
サングラスを下から覗き見た。
「おまえの趣味、きょうで何となくよおくわかったから」
残念ながら、光を反射してなぁんにも見え無いけどネ、いくら覗いたって。
くす、と。小さくゾロがわらってた。
「好きそうな絵も、わかったから。新しく買うより家から持ってくる。弁護士に連絡入れてもイイかな?」
19世紀の、新古典派の画家たち。ロセッティの絵とかきっと好きなんだろうと思うから。
少し考えていたゾロが、頷いて。
「数人の弁護士を間にいれるといい、」
そう言ってくれた。
「ウン、そのあたりはね。流石に実家に連絡入れるわけだからねぇ?」
口調を軽くしてみる。
「諦めてくれてるみたいだけど。シアワセなのはわかってくれているし」
「持ち出させるなら、手紙の一つでも書いてやるといい」
寂しがっているだろうよ、と。
ゾロが静かに笑みを浮かべて。
「どうだろう?」
首を傾けてみた。
「薄情なコドモ、ってスタンスのままでもいいかもしれないよ」
「愛情深いのにな、オマエ」
「ゾォロ、」
「オレの感傷か、」
小さく笑うゾロに。
「ううん、ありがとう。あのひとたちのことを気遣ってくれて、さ」
とても、キスしたくなったけど。
さら、と。手の甲を触れるだけでガマンした。
「オレはオマエの両親にも感謝しないとなァ」
ふわ、と。周りの空気さえ穏やかな色に染まるかと思う、そんな笑みが表情に乗せられて。
「あのひとたちはおまえにきっと感謝してるよ、」
微笑み返した。
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