暫く忘れていたと思っていた映像が、脳裏を過ぎる。
赤に浸った家族写真。
割れた硝子、壊れた家具。
長閑な鳥の囀りと、冗談のように青かった空。
嗅ぎなれた錆び臭い濃い匂いと、いつまでも残る焼けたガンパウダーの―――。

目を閉じて、押し遣る。
舐めるように屋敷を覆った赤のイキモノ。
それを移しこんだような夕焼けを覆った黒い煙。
ちく、と。
勝手に胸の奥が痛くなる。

目を開ければ、サンジがじいっと見詰めてきていた。
ヘブンリィ・ブルゥ。
澄んだ蒼。
愛しているのだ、と。ただそれだけを思う。
僅かに腫れぼったい瞼、なぜオマエを泣かせることなどオレにできるのだろうな。
口端を引き上げる。
「オレがオマエの両親なら、呪うと思うぜ?」
オマエのように優しいコドモを、腕から奪い去った。
オレの天使、それでもオマエを望んだことは後悔していない。
サンジが僅かに首を傾け。金糸がさらさらと流れていた。

「なによりも愛するヒトを見つけられたんだ、これ以上の幸運がどこにあるって?」
ふわん、とサンジが微笑み。
「それでも、ご両親もオマエを愛していたには変わりないだろう?」
「呪う?マサカ」
優しい口調のサンジに首を傾げる。
「幸せなオマエと再会させてやるつもりもないオトコだぜ、オレは?呪うに値しないか?」
さらさらと首を振るサンジの髪が音を立てていた。
「“人攫い”なのにな、オレは」
「おれの大事なヒト、だよ」
くすっと笑ってデミタスの中の苦い液体を口に含む。
「ご両親にとってもか?」
「アタリマエ。ずっと、シアワセどころか生きていてくれさえすればラッキィって本気で思ってたくらいだよ、おれのこと。
むかしっから、そう」
ふわ、と微笑んだサンジに訊く。
「連絡、ちゃんとしたのかオマエ?」
直接じゃないけど、と。続けたサンジの髪を撫でる。
くう、と。目線が合わさり。
自分にサンジに言える言葉がないことを知る。
言葉はあっても、それを口に出す権利が無い。

「あのなぁ?」
「ん?」
にこお、と笑ったサンジの目を見詰める。
「おれ、面倒なコドモだったんだよ、なにかと。だから、本当に心からシアワセなんだ、ってコドモがもう一度言えるってこと
だけで、」
あのひとたちは悦んでる、と。微笑んだサンジの頬に指先を滑らせる。
「…オマエがそう言うなら、」
口端を引き上げる。
「うん。愛してるよ、」
最後に、オマエのことを知るのが弁護士からの連絡、もしくは新聞記事では。
きっとやるせないだろうな。
小さな声で囁いていたサンジを見詰めたまま思う。
“あの人”の分と一緒に、弁護士に宛てて手紙でもしたためておこうか。

「…サンジ、」
思い付き。オマエは笑うだろうか。
目が、なぁに?と優しく訊いてくるのに微笑みかける。
「どこかで旅の記念写真を撮っていこうか」
きょとんとしたサンジの顔が妙に幼くて。
笑いかけたならば、天使がとても綺麗に微笑んだから。
笑みを口端に残したまま、ヘブンリィ・ブルゥを見詰めたままでいた。
「楽しそうだね、」
柔らかい微笑みそのままの口調に小さく笑う。
「カメラを買っていくっていうのも手だけどな?」
「んん?おれ巧いよ、写真」
くくっとサンジが笑って。肩を竦めた。
「ディヴェロップしないでネガで残しておくという手もあるよな、」

「なんで?」
く、と見上げてきながら首を傾けたサンジに笑いかける。
「新しく引っ越すまで、荷物は最小限のほうがいいだろう?」
それに旅の途中ではあるわけで。
「よかったぁ、」
サンジの目が煌いていた。
「ン?」
「悪いオトナの返事だったらどうしようかと思ったヨ」
くすくすと笑うサンジの額を軽く指先で突く。
「どんな返事を期待してたんだよ、オマエ」
にぃっと。小悪魔のように笑ったサンジに苦笑する。
「ほら、怒らないから言ってみろ」
「人目に晒せない顔とか、」
ちらりと色っぽい表情を浮かべたサンジに苦笑する。
背後でウェイタが客の一人にぶつかっていたみたいだが、気付かなかったことにしよう。

「現像機も買って持ち込めば、その条件はクリアだな」
自分たちがいなくなった後に誰かがそれを見ると思うのは業腹だけどな。
「ゾォロ、」
ふわりと扇情的な笑みを浮かべたサンジににやりと笑いかける。
「チャレンジしたいのか、オマエ?」
「マサカ」
くっくと笑ったサンジに肩を竦める。
「またベツの機会に同じ質問をしてみようか、ベイビィ」
に、と笑ってデミタスの中の残りを煽った。
「そんな閑があるなら抱きしめて欲しい、」
伝票を目でチェックして。立ち上がる。
じぃい、と見詰めてくるブルゥに、行くぞ、と目線で促す。
「わからないぞ、オレの天使はチャレンジャーだからな」




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