美術館を二つ回ってさすがにちょっと疲れたから、軽い休憩を取るためにだけ立ち寄ったカフェだった割には居心地は
適当に良かった、のかもしれない。
よくワカラナイや、なんだか途中からゾロのことしか見てなかったし。
少し遠巻きに空きテーブルの散ったテラス席から、立ち上がった。
陽射しはまだ高くに残っていて、夏時間なんだな、とまた何度目かに実感した。
「どこに行くー?」
通りに戻ってから先を歩いていたゾロに話し掛ける。
「マーケットにでも足を伸ばすか?」
「―――マーケット?市場みたいなとこ?」
イメージするのは、マルシェだとかNYCのチャイナタウン。
「確かモールがあったはずだ」
イメージを塗り替えた。
すい、と。伸ばされた指先が街路脇の道路標識を指し示した。
――――ふぅん?
「サングラスはマスト……?」
ゾロの隣にたって、軽く見上げた。
モールまで、そんなに遠くはないみたいだった。標識の距離が正確なら。
「どちらでも。オレはオマエを隠しちまいたいが、出歩いているのにそんな無理を通すのもどうかと思うしな」
笑みと一緒に返される。
「んんんん?」
下から覗き見て、足を進めた。
「オマエの好きなように」
また、ふわりととても穏やかな笑みがゾロのミドリの中を通り抜けていって。
アタマ、くしゃりと掻き混ぜられた。
「じゃあ、しばらくしないでイイ?」
見上げて、微笑む。
うーん、想像だけなのが辛いなぁ、きっと。予想の通りに、サングラスの内側ではきっとミドリが優しいのだろうに。
「好きなように、マイ・ディア」
「アリガト、」
通り過ぎた名前をちらりとアタマに刻んだ。
オグレソープ・モール、ふうん?
「ゾロ、」
サングラスを見上げる。
「果たしてその目的は、」
多分?どころかおそらく?ペットストアだったりして。
「適当に見て回ろう」
緩めていた歩調を少しだけ促がされて。
「それって、」
また、少しだけサングラスに微笑みかけた。
「おまえさ?いま、」
僅かに首を傾けたゾロに向かって続けた。
角度で、眼差しがじいっとあわせられていることは判る、直にグリーンを見ることができなくても。
「ティビー買ってやろう、って思ったダロ」
軽い口調で混ぜっ返して。
「いい子にはご褒美がないとな?」
こんどは、ちゃんと笑い声も聞えた。
「あまやかし、アリステア、エリィにはちっとも意地悪じゃないんだね」
歌うような節に乗せて言って。
「おれってば悪い子だったことなんて無いのになあ」
に、と笑みを刻んでまたサングラスを見上げる。
「それはオレがオマエに意地悪しているってことか?仔猫チャン」
くく、っと。笑いながらそんなことをゾロが言って返してきた。
「ドウデショウ。嫌なことは忘れちゃったよ」
ひらひら、と手を軽く上向けて見せて。
そうしたなら。
なんだか口許にもっと笑みを乗せて、ゾロは。
「Am I not being sweet enough?(まだ優しくし足りてないか、オマエ?)」
「もっと欲張りになっていい、って言ってくれたの。おまえだったと思うんだけど」
くい、と。
サングラス越しに、全然見えない緑を思って覗き込んだ。
返事は。
「How may I love you more?(何をして欲しい?)」
「Darlin', buy me 10 Tybees!」
ティビー10匹買って!と。
わらった。
ぶ、と吹きだしたゾロが。
「オーライ、」
さら、と。髪を掌に滑らせていってくれて。
「んー、」
そのまま見上げた。
「やっぱり、ティビーより、手の方がいいかもな」
低く、柔らかに笑う声に目を細めた。
「Later, darling,」
また後でな、と。やんわりと言葉が返されて。
そして、モールが見えてき始めた。
思ったより大きめで、これならローカルのペットストアもありそうな規模。
「ワインとチョコレイトも買おうか」
機嫌の良さそうなゾロに言ってみる。
「チーズとハラペーニョにクラッカーのほうがどうちらかというと好みかな」
「わざと言ったんだもん」
「おや。こんなところにいじめっ子がいる。どうしてくれよう?」
はは、と。わらっていたら、ゾロも笑いながらそんなセリフで返してきて。
「んん?」
復讐されたらやだなあ、と。
笑みと一緒に言葉に乗せて。
モールのフロアマップをラックから取った。
穏やかな、抑えた笑い声を背中に聞いて。
勝手に口許が笑みの容になっていく。
「好きなとこをを適当に覗いていこう、」
すい、と背中を押されて、振り向いた。
「なぁ?アリステア?」
あ、駄目だ、カオわらっちまうかも。
「ん?」
「着せ替えごっこは、LAまで保留?」
「いい店があれば別にどこでも構わないぞ?」
笑いが残る声に、眉を少し引き上げて見せた。
「あ、いいんだ」
でもなあ、せっかくなのにオトナしめだとツマラナイし、と。付け足して。
フロアマップのインデックスをゾロに見せた。
「なあ?ここの、GEORGEってペットストア。いこ?」
「オーライ」
「ティビー1ダース」
ふわ、と微笑んだゾロに言えば。
「増えてないか?」
もっと笑いながらそんなことを言っていて。何だか機嫌の良い助教授は、本人が嫌いな注目を集めているみたいだった。
「トウゼン、鼠だけにー」
馬鹿げた軽口。
「増えてくンだよ、アリステア」
「オマエが金貸しじゃなくてよかったよ」
「増えるのは鼠だけじゃないぞ?」
「へえ?」
くく、っと。聞えてくる低い笑いに、声が少しだけ甘くなるのが自分でもわかった。
「あ、しらなかった?」
だぁめだなあ、学者は。とわらって。
GEORGEのあるセカンドフロアへのエスカレーターに乗った。
「体重とか?」
「あ!このおれ捕まえてそういうこと言うか」
「そういえば最近…ってウソだよ」
笑いの混ざりこんだ口調が耳にキモチイイ。……って思ってたら、コレだ。
くしゃくしゃ、と髪を掻き混ぜられて。
また勝手に笑みが零れていった。
「フン、身に覚えがないからちっとも。平気ダヨ」
白地にブルーで店名が書かれたオーニングがどうやら目印らしいペットストアは、すぐにわかった。
「油断大敵、旅は人を解放的にさせるからな?」
「だいじょうぶ、精々増えるとしたら、」
に、っとわらったゾロの耳元、すこしだけ声を落として、ただのナイショ話じみて告げてみる。
「すこし足りないかと自覚してる“要素”だけだから、いいんじゃないかな別に」
する、と。ほんの一瞬だけ、ゾロの指先が頬を撫でていって。
鼓動が、勝手にひとつ聞えそうな笑みと一緒に。言葉。
「そう思ってるのはオマエだけかも知れないぞ?」
「“大人の落ち着き”?」
く、と笑みに乗せて。
目を細めた。
心臓が、ちょっと大変なことになってるし。
「オマエ、落ち着きなかったのか?」
んん、これは。きっとサングラスの向こうでグリーンをわざと大きくして言っるに違いない。
「ティビー2ダースじゃ足りないかもよ?」
「足らせろよ、」
「おまえからのキス千回」
これはほんとに囁きに混ぜて。
開けられたままのペットストアのドアを抜けた。
「一晩で?」
そう言っている声が追いついて。
振り向いて、片目を瞑ってみせた。返答は、YESだし、NOだよ?
ストアのなかで、店主らしいヒトに。
「ファーの鼠、ありますか?あるだけクダサイ」
そう言ったなら。
「黒とグレイと茶色と白とピンクがありますがね!」
店主もわらって。
一瞬遅れて入ってきたゾロも、盛大に吹き出してた。
「2匹ずつオールカラーで!」
笑いながら店主がオモチャの棚から鼠を取り出していっている間に。
「チビを鼠の干物造りの名人にするつもりか?」
笑いながらゾロが肩越しにそう言って。
「旅は開放的にさせるんだろ?」
ひら、と掌を上向けた。
「そのうち、干物のリサイクルを考えないとナ?」
「繋いで首輪にしようか、エリィの」
「悪趣味じゃないか、ソレ?」
「エリィ・ザ・バルバロイ(蛮族エリィ)」
「フォレスト・キャットの成れの果てとしては悪くないか」
「うううん、冗談でも反対してホシイ」
くくっと。ゾロがまたわらって。
バカな話に、キャッシャーの店員もくすくすわらっていた。
「フードは足りていたか?シャンプーはまだあっただろう?」
鼠のほかにも、ファーのボールと、一応カンフードを何種類か選んで。
「ん、ひとまずこれだけでオッケイ」
色とりどりのティビーと一緒に支払いを済ませた。
「他に欲しいものはないか?」
「“ないにゃん”」
はい、と袋を渡して。
また、ゾロが吹き出してた。
なんだか一気に和やかなムードになったペットストアを出て。
「ぐるっとまわって、下まで降りよう?」
「オーライ」
「そのあとは、」
「ン?」
「健全にー、ゆっくりしよう」
ぶ、と。
もう何度目かなあ、ゾロ。大笑いの欠片だね。
「たまには若者らしく?」
「んん?若さの特権おれ使ってなかったっけ?」
軽口。
「少なくともオレの前じゃ、年齢はあまり関係無いな」
夏の午後の会話としては。
微妙かなあ……?コレ。
そんなことを、上機嫌なゾロの笑い声に思って。
「映画観るのか?ビリヤード?公園でバスケ?まさかインラインスケートとか言うなよ?」
「惜しい!」
く、と笑みを刻む。
「……アイススケートリンクあったっけか?」
「公園で、だらだら。アイススケートはおれ、ロックフェラーセンターのほかはシナイの」
わらって。
残念でした、と告げる。
「オマエ、滑るの見てる?ホールデンの真似して」
おれ巧いよ、と付け足して。
エスカレータで降りていった。買い物は無事終了、だね。
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