午後の日差しは煌いていて。芝の鮮やかな緑が、目に痛いくらいだった。
整備された噴水のあるフォーサイス公園は、マーケットとは泊まっている部屋を挟んで、街の丁度反対側に当たる場所にある。
モールでウィンドウ・ショッピングをした後に本屋に寄り。「本にまぁた負けた」と僅かにぷりぷりと怒っていたサンジにめげずに
薄いペーパバックを購入し。
それからトロリーバスに乗り、シティ・マーケットの方から真っ直ぐに公園前までやってきた。
20エーカーあるという公園は、ギャストン・アヴェニュとパーク・アヴェニュの間にあり。
広い芝の一面に、沢山のオークやシプラスの木がある。
その間を、街灯がたてられた白い舗装歩道があり。
それを辿っていくと、柵の中に公園の創立者のジョン・フォーサイスを称える茶色の像がある。
公園の中心となっているのは、ベンチの並んだ広い石の広場の側にある、巨大な白い噴水。
アザレアの葉がオークの間から垂れ下がっていて。それは観るだけでも圧巻だった。
モールを出る前に購入した水などが入った袋を手からぶら下げたまま、サンジが見上げて来。
「ベンチ座るの?」
ヘヴンリィ・ブルゥに鮮やかな緑を映しこみながら訊いて来た。
「折角公園にいるのにベンチはつまらないよな、」
公園の奥のほうへとサンジを誘う。
にこお、と嬉しそうに笑ったサンジを促し。子供向けの遊具が建てられた脇を通ってモニュメントの側まで戻る。
「日差しの中じゃ、いくらなんでもアツイよな?」
促して、巨大なオークの根元まで歩く。
芝の感触が、クツの上からでも気持ちがいい。
「んん?そー?せっかくじゃん」
そういいながら、サンジが靴を脱いでいた。
すたすたと歩くサンジは、裸足に当たる芝の感触が気持ちがイイらしく、随分とキゲンが良さそうだ。
「日焼け止め、いい加減、汗で流れてるだろ?」
笑ってサンジの髪を掻き混ぜる。
「平気だよ?汗かいてないし」
この時間帯、日差しはまだ随分と強くて。
「…少し焼いておくか?」
ふわんと笑ったサンジに訊く。
「グラサンで上無し?んんんん、でもおれ焼けないんだよナァ」
「赤くなるだけか?」
「そ、」
真剣に首を傾けた後に頷いていたサンジに、オークの下を指差す。
「じゃあ日焼けはやめておけ」
「でも微妙に色は付く、かな。どうしよっか」
ひょい、とまっさらな表情で見上げてきたサンジに笑いかける。
「陽が落ちる前に部屋に戻って、ローションでケアするのなら、焼くのもいいぞ?」
これから真夏がやってくる。
しかもウェスト・コーストに向かっていくのに、真っ白い肌じゃいくらなんでも辛いか?
にぃっと笑ったサンジに、片眉を引き上げる、サングラス越し。
「午前10時前の30分、午後4時以降の1時間って原則、すげぇ勢いで破りまくり?」
そう言って、サンジがけらけらと笑っていた。
「それって“シャンクス”の鉄則か?」
笑って芝の状態を見る。
「ほかに誰がおれを甘やかすのサ?」
ますます笑ったサンジに肩を竦めて笑いかける。
「この辺りなら寝転がっても平気そうだ」
「はは!気持ちよさそ」
「シートなしでも平気だよな?」
にこお、と笑ったサンジに訊く。
「問題なーし」
「いい返事だ」
とさんとサンジが荷物を緑の上に下ろしていた。
ティビーの詰まった紙袋が入った、本屋で貰った手提げをその横に下ろす。
ぐる、と周囲に視線を巡らせる。
800メートルほど離れたところに、カップルが一組。他は舗装道路の上を犬連れで歩いていく人間ばかりだ。
ジョギングするには、まだ日差しは強いしな。
視線をしたに下ろせば、サンジがさっさと緑に腰を下ろし。Tシャツを脱いで芝に広げてから、その上にうつ伏せ、バッグから
水を取り出していた。
ローライズのラインぎりぎりに見える赤い痕の名残。
「仰向けになる時は要注意だな」
肘を突いて半身を起こしているサンジの隣に腰を下ろす。
サンジがすい、と首を巡らせ。
「でも周りヒトいないし」
そう言って、にっこりと笑っていた。
「それもそうだ」
水の蓋を開けていたサンジが、ペットボトルから一口飲み。
「いる?」
揺らしながら訊いてきた。
「貰おうか」
引き受けて、一口分煽った。
染み渡る、温めの水にいかに水分を失っていたのかを自覚する。
「ん、じゃそれあげるよ」
「アリガトウ」
とん、と掌にサンジが頤を乗せて、落ち着いていた。
「オマエはもっと飲まないのか?」
「や、別にー?お礼は朗読でいいかなあ」
ちらりとブルゥが見あげてくる。
笑っている口許に肩を竦めてから、紙袋の中から薄いペーパバックを取り出した。
サリンジャの「ナイン・ストーリーズ」。
「朗読されたいか?コレ?」
ひら、とサンジの目の前に本を翳す。
「おまえの声が聞きたいだけ、」
すい、と微笑んだサンジに苦笑し、サングラスを外してシャツに引っ掛けてから芝の上に仰向けに寝転ぶ。
「アリーステア……?」
小さな柔らかい声で呼ばれ、エディターズ・ノートから目線を横にずらす。
「ん?」
「それって、Noって返事?」
視線が合わさって、小さく笑った。
「甘やかすって言ったもんな、」
笑って指を伸ばし。サンジの頬に指を滑らせる。
ふ、とヘヴンリィ・ブルゥが細められる。
「うん…?」
柔らかく甘い風情に小さく笑って、ページを捲った。
「久しぶりにサリンジャなんか選んじまった、」
「意外だな、って思ってた」
優しい眼差しに、また笑みを浮かべる。
「中学だぜ、これ読んだの、」
アンビリーバブルだ、と低く笑う。
「ホールデンなんて言ったせいかな、」
柔らかい声に、そうかもな、と頷く。
「アメリカン・クラシックス」
にこ、と笑ったサンジが、僅かに指先に触れてきた。
「じゃあやっぱり、”A Perfect Day for Bananafish”で決定か」
短編集に含まれている本の題名を読み上げる。
ホールデンときたら、シーモアとくるに決まっている。
“バナナフィッシュにうってつけの日”。
こんな天気の日に芝に寝転がって読む内容じゃあないけどな?
「なぁ?金髪でもおれ、ツーテイルだけは!しないぞ、ぜったいヤ。あ、ピギーテールだっけ?」
シビル、と。くすくすと笑って言ったサンジに、ツーテイルはできそうだけどな、と笑う。
「んんんー?」
ひょいと髪を片手で掴み、
「―――まじ、」
そう言って笑ったサンジの首を片手で引き寄せる。
トン、と唇にキスをして、手を緩める。
一瞬、驚いた風に見開かれていたブルゥ・アイズが、ふわりと蕩けていた。
目線を本に戻し、ページを広げる。
コホン、と“助教授”らしく咳払いをしてから、ゆっくりとセンタンスを読み上げる。
とんと芝に伸ばした腕の上に頤を乗せたサンジが。
「レポート提出せよ、とか言わないでなぁ?」
そう言って笑っていた。
「書きたいなら止めないぞ?」
「書く閑くれたら拗ねるかもよ」
甘い声のサンジに、くくっと笑って読み上げるのに戻る。
ライ麦畑のホールデンとは随分と変わった主人公の、衝動的な人生の物語に戻る。
すい、とサンジが目を伏せて聞いていた。
文字を音に変換しながら、頭の中で流れる映像を見詰める。
シーモアが抱え込んだ闇は、穏やかな日差しとは対照的な位置にある。
“妻”と“社会”に絶望する兵士は、戦場で何を失くしたんだろうな。
バナナフィッシュ、バナナ・フィーバー。
シビルと話したシーモアが。ホテルのベッドに眠る妻の横で7.65オートマティックをこめかみに当てるまでに。
若い男は、失くした何かを取り戻せたのだろうか?
「“――― and fired a bullet through his right temple."」
最後の一行まで読み上げて。
す、と目線を上げたサンジに低く告げる。
「“Uncle Wiggliy in Connecticut”までは読まないぞ、」
短く吐息を吐いたサンジに笑う。
「聞き入ったかも、迂闊」
苦笑をサンジが刻み。右のこめかみに柔らかな唇の感触。
銃口より、何倍も幸せになるソレ。
口端を引き上げ、金の髪を片手で掻き上げてやる。
とん、とサンジが仰向けになり、大きく息を吐いていた。
「ゾロ…?」
少し真剣味を帯びたサンジの声が続ける。
「きょうは、なににパーフェクトな日だと思う?」
口許がわずかに微笑んでいる。
「バナナフィッシュじゃないことは確かだな、天使」
本を閉じて、腹の上に乗せる。
「実情から言えば、日向ぼっこってとこか?」
くくっと笑って身体を起こす。
「うわ。日焼けって言ってほしー」
置いておいたペットボトルの口を開け、サンジに差し出す。
僅かに首振り。オーライ。蓋をまた閉めた。
「ドリョクしてるンだぞぉ、」
柔らかい口調でサンジが言い。
「だーれもいないってことはない?」
そう続けていた。
目線の先、まだ穏やかにピクニックをしているらしいカップルがいる。
「ちぇ、キスだめかー、」
にこりと笑いながら、身体を起こしかけたサンジの肩を押さえ込み。
グラスに背中を落とさせてから、ゆっくりと唇を啄ばんだ。
「ここまできて今更な提案だな、それ」
に、と口端を間近で引き上げてみせる。
甘い色味を帯びたヘヴンリィ・ブルゥと目線を絡ませたまま、またゆっくりと身体を落とす。
もういっかい?と言いかけていた甘い声を、途中で喰った。
“誰か”が見ている?クソくらえ。
暑さで頭がイカレテルとでも思っておけ。
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