すう、と影が落ちてきて、見上げて微笑んだ。
軽く触れられた唇がまだ熱を残しているかと思う、そんな距離で。グリーンが陽射しを背にしても深く澄んだ色のままで
柔らかに細められた。
驚いたままに跳ね上がった鼓動は、こんどは別の意味付けでもう戻っていこうとはしないみたいだった。
もう一度触れてほしい、と強請った語尾は消えていった。

肩に、直に触れる芝草の感触よりも。瞳を閉ざす直前に垣間見えた空の色を照らす光よりも。
齎されるものに意識が浮いていく、ふわりと。
深い口付けに鼓動は競りあがったままで。
さらりとした髪を滑らせていった指先の上がった体温まできっと伝わってる。
閉じてもなお明るいような視界も、なんだかもう覚束なくて。
どこかで、真昼間に外でするようなキスじゃないだろう、って理性の破片がどうにかサインを送ってきても。
軽い眩暈、指先が肩に触れて布地に縋る。
背中から、落ちそうで。だけど引き上げられている。
あまったれた吐息めいたモノ、零れて行く。

「―――っン…、」
息が継げずに、切れて。
少し開いた視界に、ひどく楽し気な気配に浸っているゾロが見えて。
触れ合わされたまま、薄く唇を浮かせようとすれば、浅く息を取り込もうとするのに何度も啄ばまれて、その度に吐息が
跳ね上がった。
些細な感覚のなにもかもに、身体が熱を上げて。
「ァ、ん、」
零れた声に、自分でもカオの赤くなったのがわかった、―――ぅあ、コレ。

耳が、低くゾロが喉奥で笑った音を掬い上げて。
とくん、と。
心臓がまたヒトツ、リズムを刻んだ。
「―――ぉ、ろ…、な…」
呼ぼう、とどうにか音に乗せたところで。
「っ、」
ぺろぉり、と。火照った唇を舐められて膝がぴく、と跳ねた、少しだけ。
身体の下、しっかりと抑えられてたからそんな動きまできっと伝わってる。
くす、と極僅かに零された密かな笑い声と同じくらいに落とされた囁きが。
「まだ足りないのか?」
グリーンを煌めかせて訊いてきて。
揺らぎかける視界、それでもゾロを見上げた。

「――――ひど…、」
甘ったれた声だって、溶けかけているのももう隠せやしないんだ、諦めた。
なんで?と。優しく、笑いを滲ませた声で訪ねられても。
「部屋、かえりたくなるよ」
背中に、腕を回させてもらった。いいや、誰も周りいないんだろ?わからないけど。
「そうしたくはないのか?」
ぎゅう、と。腕に力を込めた。
さらり、とした布地の感触が腕に気持ち良い。
「ここにも居たい、気持ち良い。おまえの腕とは違うけど」
「好きな方を選べよ」
耳元、声で擽られて。また、鼓動だけじゃなくて体温も上がっていくかと思う。
「ここで過ごすのは今日で最後だけどな?」
直に、響いてくるような声だ。
―――反則だらけだって言って、音を上げた方がいいのかもういっそ?
「くらべられない、」
アタマ、バカになりすぎた、おれ。
おまえの所為だぞ……?

「じゃあ決心つくまで、のんびりしてるか?」
「陽射しも浴びたい、おまえもほしい、腕は気持ち良い、芝草は気分いい、―――こまる、」
肩口に、声を埋める様にした。
「ひとまずオレは後回しにできるぞ?」
「逃げない…?」
額を押し当てるようにしながら少しは言い返す、つもりだけど。
「例えばどこへ?」
「本屋、おれがここで寝そべってる間に」
「本屋には負けないだろ。オマエを置いてどこへ行くって?」
くしゃ、と。手で髪を乱すように撫でられて。
息を深く吐いた。

「古書店が、サウス一美味いコーヒーサーブする、っていったら負けそう」
ひょい、と。
グリーンを見上げた。
んん、段々心臓も落ち着いてきた―――かなぁ。
「朝、オレオマエに何言ったっけな、セメタリで?」
笑みを見詰める、おれの何より好きなモノ。
「泣きすぎてよく覚えてないかも、もう一度言え……?」
「オマエがオレを置いていくことがあっても。オレはオマエを置いてはいかないって言ったろ?」
かぷ、って具合に。
ハナサキを齧られた、わらった、驚いて。
「ゾォロ、」
背中を拳でやんわりと叩いた、2度ばかり。

「おまえのほかに、おれって好きなもの無いのに」
おいていけないねえ、と。
わらって。
笑みが自然と引いていって、風がオークの枝を揺らしていく音が響いて。それから、
「オレは逃げないから、オレ以外のことを選べ」
「じゃあ、太陽」
ゾロの肩を少しだけ押し上げて。
芝草にまた寝転がったゾロを見下ろした。

「あのさあ?」
に、と。微笑みかける。
「背中のときはガマンするけどさ、」
「ん?」
「膝枕、ならぬ腹枕?エリィと取り合いしてンだから今日はおれの、」
専属、あー、専用?そんなことをわらって言って。
横にまた寝そべって、くくっと笑いながら髪を乱してくるゾロの手を感じながら、頭を預けた。
目を閉じて、また陽射しを身体に感じる。
―――気分イイ。
「あとで水も取ってクダサイ、」
目を閉じたままで言って。

アタマの上の方、頁が静かに捲くれていく音が届いてきたけれど。
その一瞬のほかは、ずっと。髪を梳いていてくれるつもりみたいで、ますます気分がイイ。
おれがエリィなら、完全に喉が鳴ってる、それも盛大に、
少し中身の減った水のボトルが少さな音をたてて、側に置かれたのもわかった。
「ゾロ……?」
眠いわけじゃないのに、眠り込みそうな声だね。
「んー?」
「んん、あのな?」
柔らかい声を受け止める。
「―――愛させてくれて、ほんと、ありがとう」




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