『ケープメイ・フェリー』。
対岸までは17マイルだとか、ルウィ―ズの紹介、そんなことが書かれた小さなブックレットを渡された、乗車券と一緒に。
んん?フェリーでも「乗車券」でいいんだよな……?
あ、ちがうか。乗船券?

まばらなパーキングエリア、もう夕方だからかな。
航行中もクルマの中に残っていてもいいみたいだけど、せっかくいまから陽が沈むんだし。「海の真ん中で」みるために、
危ない、と首を後ろから抑えられるギリギリのスピードで、あの灯台の螺旋階段を走り下りたんだし。

ケープメイの灯台、あの天辺で。賭けにかったのはおれ。完璧に、218段あった。
窓から切り取られた高い景色をエリィはケージ越しに眺めているみたいだった。
覗いたなら、金色目の瞳孔が丸く開いていて、そうとう好奇心を刺激された風だったから少しわらった。
ゾロは、といえば。
『なんのヒミツ、』
『オレの"親友"のハナシ。けど時間ないから、フェリーの中でな?』
そう言って、に、と。口端を引き上げて、ケイタイを取り出していた。

聞こえてくる話し振り、これは―――ほんとに助教授みたいだな。
思いつきに、笑いを抑えた。
声と口調で、安心させているような。インテリジェンスの持ち合わせのある人間。
エリィ連れでもオーケイな今日の最終ポイントは、どこになるのかな。
遠くに、薄く青と銀を混ぜ込ませた夕暮れ前の空、海の上にひろがってるソレを眺めていた。
そんなことを思いながら。

だけど、というか、だから?
一番上から帰りは走り降りたんだけどネ?
フェリーも、乗船はラストの1台だったみたいだ。
「間に合ったね!」
クルマを降りて一言。
もう船は埠頭を離れ始めているみたいだった。
エンジン音と、波を渡る音が聞こえてくる。

「ああ、ラッキーだな」
「運は信じてる?」
笑い顔を見上げて訊いたなら、Yes、と一言。
「賭けには負けたけどね?」

中に残されたエリィのケージを外から一度覗いて。
ん、ダイジョウブみたいだね、暴れてないな?
「でかい勝負はいまのところ―――勝ちが多い」
笑み。
それを自然に上らせて、ゾロはそんなことを言っていた。
その裏側にあるたくさんの意味と、時間は。
漠然と感じ取りはするけれども、きっと知らされることは無いものの一つなんだろう。

やんわりと背中を押されて、パーキングからアッパーデッキに通じる階段を上る。
なぁ、ゾロ…?
勝手に、言葉が零れていった。
「ん?」
すい、と。グラス越しに柔らかな目線に見下ろされた。
「Can I be your lucky star?」
オマエの幸運のモト、なれてる?と。

「What makes you think you're not baby?」
"違うとでも思ってたのか?"
さら、と笑顔と一緒に返された言葉は、どこかからかうようなトーンも含ませていて。
「Just askin'」
キイタダケ、と。
なんだろう、いつも思う。
おまえに向けて、感情が全部流れてく。ほんの些細な言葉でも、眼差しでも。

アッパーデッキに上がれば。
他の乗船者は、ラウンジにでもいるのかあまり見かけなかった。
「まだ時間がありそうだな。カフェがあるけど何か飲もうか?」
確かに。17マイルっていうと、"17マイル・ドライブ"しか思い浮かばないんだけど。海沿いを走っていくホームタウンの
ドライヴウェイ、湾岸をうねって進む細い道を思い出した。対岸までは海だと1時間以上かかるんだ。

とん、と。
少し笑みを浮かべていたゾロの肩に指先でノック。
「ん?」
「ガソリンスタンドの不味さと飲み比べでも?」
に、と笑って。
軽い、短い笑い声と一緒に頷かれた。
「じゃ、いこ?」
おれの奢り、ヒミツ聞かせろよ、と笑った。

カフェは、なんだか―――大学のカフェみたいだった。
丸テーブルが幾つも並んで、オーダーを取るカウンターがあって。セルフサービス。
ただ、お客が―――ご老人が多いか?
妙に、にこにこされるなかカウンターまで行って、コーヒー中毒にコーヒー、自分用にはブラックティーをテイクアウトにした。
夕日は。窓越しよりは、デッキで見たいし。
ここに座ってたら、お菓子とか貰えちゃいそうだよ。あれは孫を見る目つきだ。

「お待たせ、」
すい、と。
カップを渡す。
「サンクス」
「…おまえも感じる?」
一応確認してみよう。
Come sunny、目線攻撃。
おいでおいでおいで、ってヤツ。

「あー…オレの親戚はいない筈なんだがな?オマエのはいるか?」
グラス越しの目がわらってる、これはどうせ。
「うわ、やっぱり?」
デッキ行きは確定だ。
「手を出したらチョコレート握らされそうじゃないか?」
「そろそろヤバイかもしれない、出よ?」
「オーライ。先にドウゾ」
開けてもらったドアを抜けた。

潮風が強すぎずに吹いてくる。
空は、色味を夕方のソレに変え始めていて。
ケープメイの灯台がもう随分と遠くに見えた。
「ああ、あそこ。もう星が見える」
空にある白い明かりを指す手の動きに沿って、見上げた。
ん、微妙にミエナイ。

ゾロの眼の良さは、もう筋金入りだ。プロだったわけだし―――。
だから、別に。おれが見えなくてもどうってことない、筈ダヨナ?
「おまえ眼、良すぎ」
わらった。
「ミエナイよ」
「んー…暗くなったら見えるようになるか」
カップを口許に運びながら一言。そして、案の定。
マズイ、だって。

「一々確認してるんだ」
笑って、おれも一口貰った。
――――うーわ、コレ。
相当、うううん……
「運転手連中にはいいかもな」
す、と。
手摺に向かって歩き始めながら言っていた。

海の真ん中。
正確には、湾の真ん中?
それでも。
海に陽は落ちていくのかな。

「ゾロ、」
「ん?」
追いついて、手摺。横に並んだ。
また、熱いだけが取り得の茶色いモノを飲んでいってる。
「紅茶にしとく?」
わらってカップを差し出す。
「いや、いい。この不味さも笑えるし」
「ふうん?じゃ。いよいよかな」
すい、と覗きみるようにする。グラス越しの目許を。
「ヒミツ。とっておきの、話せ?」
「オオケイ、」
笑みを浮かばせた口元に、やっぱりキスしたくなるけど。―――パブリックでそういうことをしてはイケナイ。




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