波を切っていく音に混ざって、低い声が語り始めるのに意識をあわせる。
「親友と出会ったのは、ホーム・シティの裏路地でな。夏が終わりかけの、丁度今日みたいな天気の日だったよ」
ホーム・シティ。
なら、まだコドモの頃か。
「―――うん?」
促がす。
「一人で古い街並みの中を練って歩くのが好きなガキでな?うろうろ歩いていたら、ばったり出くわした」
「何歳?」
空はもうモーブの色を何層にも変えて乗せ始めて。
ゆっくりと、陽は沈み始めていて。ゾロは眼を西に投げたままに、「6歳くらいだったと思う、」と応えてくれた。
「最初はオンナノコだと思ったんだけどなァ、」
そう、小さく笑って。
「しかもチビかと思ってたら、あれでオトナだったんだ」
くっと笑う様子に、夕日を追っていた目線をゾロに戻した。
んん―――?
"チビ"?
それって―――
「親友って、オマエそれ―――」
「いろんな名前で呼ばれてるヤツでな。愛想のイイ犬だったよ」
くくく、と。抑えた笑い。
「ヒミツってそれ?」
笑みを刻んだままのゾロを見上げ。
「そう。こっそりと連れて帰ってな?部屋に隠してたんだ」
コドモ、6歳のゾロが。ちっさい犬を抱いて道を歩いている、なんて絵がすぐに浮かんだ。
「うん、それで…?」
「オレはマックスウェルと呼んだソイツは。多分ノラになったばかりでな。まだ毛並みもキレイで、人懐っこかった」
柔らかな表情で続けられた。懐かしそうに。
話してくれている。過去の断片を。
「あの犬種、確か…ジャックラッセル・テリアっていうのがいるだろ?」
うわ、おれ。イメージでそれを抱えてるチビ、っていうの作ってた。
「―――うん?」
「アレをもう少しでっかくして、毛を長くしたようなヤツだったんだ」
カワイイな、由緒正しい雑種、って感じがする。
そんなことを応えた。
「夏場にアレと一緒に布団に潜ってると、暑かったぞ?」
「あ、別のヒミツ。最初に一緒に眠った他人?」
機嫌の良さそうな笑みに、口調を軽くして返して。
「あー…親密度で言うなら、"ハジメテの同性のコイビト"か?」
「それはまさに、"ヒミツ"だねぇ」
ますます笑みが深くなる、ゾロの。
「―――昼をこっそりシャツの中に隠したりとかな、いろいろやったよ」
「どれくらいヒミツに飼ってたの、マックスウェル」
「3日。親父に匂いでバレた」
家族も絡んでくる話は、初めて聞くんだ、そういえば。
「うん?」
先を促がす。
「"ケモノ臭いぞ。何を拾った"ってなー……眼がマジでキリキリ冷えていやがった」
手摺に、預けられていた腕に。ほんの少し触れた。
言葉の代わり。
「両親とも、夜働いていることが多くてな。親父は昼にもいないことがあって。久しぶりに顔合わせた途端、ぎろり」
「んん、6歳のおまえとしては―――恐いね、それは」
「怒られるならまだ良かったんだけどな。静かに睨まれるだけっつーのは、ガキにはツライ」
「マックスウェルは、」
苦笑して。シャンプーしたり結構頑張ったんだけどなあ、とゾロが言葉にしていた。
続き、悲恋かな。
「すでに成犬だったから、引き取り手がなかなか見つからなくてな。けど、フレンドリィで懐っこい犬だったから、
どっかのじいさんが連れていった」
「まるっきり、サマーキャンプの出会いの別ヴァージョン」
「別れるときは、泣いたな。こっそりベッドで布団噛んでな」
ヒミツ、オシマイ、そう軽く結んでいた。
「泣いたんだ、」
ここがヒミツなんだね、おまえの。
悲しむ素振りさえ人に見せないところがコドモのころから同じなんだろう、とふいと思う。
「楽しいけど、ちょっぴり切ないね、そういうの」
「ああ」
もっとカンタンなヒミツで良かったんだよ?嬉しいけど、と付け足した。
「大好きだったからなあ…そりゃもう全身全霊で。そんな相手のこと、オマエに知っておいてもらいたいだろ?」
「だってさ?」
すい、とまた目線を夕日から、横顔に戻した。
「おれ、いまうっかり」
すい、と指差す、自分のことを。
グラス越しでもわかる。おれのダイスキなグリーンアイズが見詰めてきてることが。
「"マックス"て呼んでいいよ。って言いそう」
くぅ、と唇を吊り上げてみせた。
「どうする?」
おれのダイスキなひと。
「呼ばないさ。マクスウェルはマクスウェルだし。オマエはオマエだ、サンジ」
You're my darling lover、囁きに近い低い声が。
オマエがオレの"恋人"だろう?
そう、音を容にしていって。
海に、太陽が落っこちて行っていた。
音が聞こえそうだ、溶け始める。
「――――うん、」
おまえのこと、ほんとうに。
すきだよ、何より。誰より。
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