マダムが約束の通りに、ドアから手を振って呼んでくれて。
「おれが行くね」
「よろしく、」
コールスローをつついてくれていたゾロに言ったら、この返事。
「ウン、転ばないからご心配なく」
「持てないようなら呼べ」
「へーいき、へいき」
笑って、テーブルから離れた。
足先にたまにあたる短い草がキモチイイ。
朝露はもう時間も時間だから乾いているみたいだったけど。
とはいえ。
信用されてないか?なんか視線、背中に感じるンだけど。
振り向けば、やっぱり、食事しながらこっちに向けられている視線とグラス越しにぶつかった。
「ダイジョウブだってば」
わらって。
ひら、と片手が振られた。
ドアを開けて入れば、マダムがウッドのトレイを二つ用意してくれているところで。
「どうもありがとう、」
声を掛けながらカウンターに戻れば。兄弟か親戚かと訊かれて。
「あー、兄です」
すい、と窓外を指差した。
「仲が良くていいねえ!!」
「喧嘩するには年が離れてますからね」
相手にされないんですよ、まったくね、とわらって。
ずっしりと重いトレイを受けとった。
「―――わ、これ」
乗せられた皿の数と量にちょと眉を引き上げれば。
「ニィチャン呼ぼうか?」
マダムがわらって。
「む、これはチャレンジだ」
片手ずつにどうにか持ち上げて。
「多分、ダイジョウブ、マダムじゃあまたあとで?」
ドアに行きかけたら、すい、と砂色が視界を過ぎって。あ、やば。グラス、頭に乗せたままだった。
ちょうど出ようとしていたところだったのか、腕章がいくつかついた腕が伸びてきて。あっさりドアを開けてくれた。
「ヘイ、無理すンなよ、」
声に、ぱ、と目線を上げれば。
満面の笑み、ってヤツが浮かんでて。
「どうもアリガトウ」
「どうイタシマシテ」
たすかりました、と笑みで返して。そのままドアを支えていてくれたから無事に店の外に出られた。
「あ、そうだ」
出てきた二人連れのユニフォームを着た人達に訊いた。
「はい、なんでしょ?」
ドアを開けてくれた雀斑で黒髪の方のヒトが、また。にか、って感じで言葉にしていた。
隣のもう一人のヒトは―――ん?なんで他所向くんだろうね。おれの立ってる方、眩しい…?
「今上を飛んでるの、あれはなんて言う機体ですか?」
ひょい、と見上げてみる。
さっきから気になっていたんだ、実は。
この人たちはユニフォームを着ているなら、どうせアーミーの関係者だろうし。
「ご存知ですか?」
「AH64D Apache Longbowだよ。あっちのニーサンも飛ぶのかい?」
すい、と。視線がゾロの方へ流れていた。
首を横に振った。
「イイエ、飛びたがっていたようですけど」
あぁ、多分。「兄」がパイロットだからおれも飛行機に興味があると思ったのかもな、このヒト。
「今からでも遅くないと言ってくれ。訓練はタイヘンだけど、たまにすっげえラックがあるってな」
「はい、どうもありがとう。ミスタ…?」
隣に立っていたヒトが、話の終わらない内にそのヒトの脇に肘に突きを入れていて、ちょっとわらった。
仲いいんだねえ。
ぐあ、とかなんとか。忙しそうだ。
「コイツの奥さん、すげえビジンの教官だったんだよ!!」
訴える口調に、思わず笑っちまった。
「へえ!」
「オレの教官を返せー」
笑いながら言葉にしていて。
「あ!オレが自慢しようと思ってたのに!!つうか返すかばァか」
「あぁ、じゃあそちらのアナタにも幸運が訪れますように」
ドウモアリガトウ、と2人に礼を言った。
「アリガトウ。よいヴァケィションを」
にか、って笑みと、振られた手に送られた。
初めて、「パイロット」って人種を間近で見た。
テーブル戻ってゾロに告げれば、笑いながら「オカエリ」と返された。
「アリステア?」
「ウン?」
はい、と山盛りのトレイをゾロの前に置いて。おれも座った。
「あのパイロット。おまえも飛ぶのか、って訊いてた」
「へぇ?」
すい、とパーキングを出て行きかけてるシェビイを振り返った。
「んん、なんかな?」
視線を戻して、穏やかに笑みを浮かべるゾロを見詰める。
「おまえと、眼差しがちょっと似てたかな…?」
「ふゥん?」
「あと、伝言を貰った」
「伝言?」
皿からポーションを分けてくれていた手は止まらずに、目線がまたおれに向けられた。
「そう、いまからでも飛びたければ遅くない、訓練はハードでもすげえラックが偶に起こる、って」
惚気られちゃったよ、と微笑んだ。
「“幸運”が惚気?」
「ううん、そのラックってね?“すげえビジンの教官”だったんだってさ」
面白そうに見詰めてくるグリーンを捉えて、言葉にした。
「恋人にでもしたのか?」
「退官させちゃったみたいな口ぶりだったよ」
「あー…じゃあ結婚退職したのかもな、その教官」
返せ、ってトモダチが泣いてた、とわらえば。そんな答えと、優しい笑みが返された。
「ん、」
ひょい、とグリーンを見上げた。すこしカオを近づけて。
「けどまあ、オレは間に合ってるしな?」
に、と口許には笑み。
「“ラック”?」
「Yes」
ずらしたグラス越し、甘い笑みが零れて。
「ラックよりはフォーチュンかな?」
そんなことを言われた。
「Alistair, my cherie amour, you're the only one my heart beats for」
ムカシの歌の混ぜっ返し。
グリーンを見つめながら、わらって告げた。
アリステア、愛しいきみ、ぼくの心はアナタにだけときめく、って。
する、と。手で頬を撫でていかれて、目を伏せた。
キスの代わりの優しい仕種を齎される。
眼差しを上げれば、まだ逸らされないグリーンが本当に綺麗に陽を取り込んでいた。
穏やかで、優しい。
目を細めて、笑みで返して。
「アリステア、これ。ランチいらないかもよ」
食べよう、と笑いながら言った。
風がオークの枝を揺らして、どこかで鳥まで囀っていて。
時折、「アパッチ」が空を過ぎっていた。何だか、絵に描いたより完璧なノンビリとした朝の風景だった。
「あれ、何て言う機種か知ってる?」
絶品のフライドズッキーニをつまみながら言った。
「さぁ?オマエは知ってるのか?」
「もちろん」
おまえにも知らないこと、あったんだ…?と。
タルタルソースに付けたフライを差し出した。
「あれはー、AH64D Apache Longbow」
「ふゥん?アパッチの新型か?」
すい、と引き受けて。トマトソースの類のかかったハラペーニョを代わりにくれた。
――――う?そこまでは訊いてなかった……!
「訓練機だってさ?」
多分ね?だってここは訓練基地だ、って隣の人が教えてくれたし。
ハラペーニョも美味しかった。
「教官の夫は教官になったのか?そういう雰囲気じゃなかったけどな、」
「前線だ、って笑ってた」
空を見上げる。
「ああ、それなら納得。隣のヤツは違うと思うが、黒髪の方は、勲章がいくつか胸に下がってたダロ」
「へ?そうなんだ?」
映画でしか知らない職業の人たちだ。チチオヤの知り合いの人たちは―――陸軍省?国防総省?どこだっけ。
そういえば、正装したときにたくさんキラキラがついてる、と子供ながら「家のお客さま」を見ていた記憶がある。
サニー、これをヒトツあげようか、と笑っていたヒトにチチオヤが方眉を引き上げて見せていたことを思い出した。
「まさかこの年になってリクルートされるとは思わなかった、」
くっく、と。聞えてきた低い笑い声に、意識が引き戻されて。
「あっちに連れて行かれそうでヤだね、口に出せない部隊とか」
オマエはさー?とセブンアップの炭酸を飲み込んだ。
くぅ、と笑みがゾロの口許に刻まれていって。
「でもダイジョウブ、そうしたらコネでぜったい!連れ戻すからな」
安心してリクルートされていいよ、と軽口で返した。
「今からトレーニングに狩り出されるのもなァ、」
笑いながら言うゾロに。
「自主的トレーニングマニアなくせに」
ひら、とフォークを振ってみせた。
そして、ベイクドトマトを少しもらって。
「人間関係に悩みそうだよ、トレーニングよりは」
そんなことを言いながらゾロはマダムがたっぷりサワークリームをかけてくれていたベイクドポテトを口許に運んでいた。
「アリステア、マイ・ディア、おれのこと置いて行くってことに関してはノープロブレム?」
あーあ、とテーブルに肘を付いた。すい、とグラスを頭から下ろして。
完全な冗談口調だけどね。
「まさか、」
首を傾ければ。にこ、と笑ったゾロがポテトを一口分フォークに掬って差し出してきた。
「オレが置いて行くとでも?」
ぱくん、と一口行く前に。
そんな言葉。
「―――だよなぁ?」
サングラスを押し上げてわらった。
「なにしろ、わかったことがひとつ、」
ふわ、と笑みを浮かべて珈琲を飲んでいるゾロに言ってみた。
「パイロット、って人種はなかなかいいね?」
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