チェックインの手続きをゾロが済ませている間に、すい、と人影が近付いたから顔を上げれば。
笑みと一緒に、『ウェルカムドリンクをいかがです?』と。側に立っていたのは制服姿のラウンジ係りの女のコだった。
クリスタルの背の低いグラスには赤の飲み物と、涼しい香りがした。
「アリガトウ」
「フロリダですから、お笑いになったら駄目ですよ?ブラッドオレンジです」
ぶ、と吹き出しかけて。
にっこり微笑んだ彼女からグラスをどうにか受け取った。
「あちらの方の分はどうします?」
「きっとすぐに部屋に行くと思うので、」
どうもありがとう、ともうヒトツのグラスは断った。
4口くらいで空になる丁度良いポーションだった。すっきりした甘さと微かな苦味がイイ具合に広がる。
グラスをシルヴァトレイに戻せば、彼女は『良いご滞在を、バーでのファーストドリンクはホテルからのサーヴィスです』
そうふんわり微笑んで、まっすぐに歩いて行っていた。
本当かな?
まだ側に立っていてくれたベルボーイを見上げれば、何度も何度も首を縦に振ってくれたから、冗談っていうわけではないらしい。
「ゲストの顔、全部覚えてるんですか?」
タイヘンだな、接客業は。
「あ、―――ハイ」
また、3回くらい頷く合間に教えてくれた。
ひょい、と見上げたまま笑みで返して、そのまま振り向いたならゾロが丁度手続きを終えたらしかった。
こっちに向かってやってくる。エリィのケージを持って立ち上がった。
「エリィ、部屋まで行くよ」
ケージのなかで、体重が移動していったのが伝わる。ン、これは起きたな?
わらって、ゾロが。
「What did you get for the drink?」
で、何飲ませてもらったんだ?って訊いてくるから。
「ブラッドオレンジ、あとは―――バーでワンドリンク、フリーだってさ?」
ひょい、とカオを見上げる様にして隣に立った。
「何時までオープンだって?」
「あ、聞いてなかった」
「午前1時です、」
ベルボーイが答えてくれた。
どうぞ、とエレベータホールでドアを開けてくれている間に。
ビーチリゾートらしい、高い天井と白が中心の華やかなインテリアの延長で、エレベータホールも白の大理石で靴がイイ音を
立てていた。
エレベータに乗り込んだなら、
「Wanna pop in later if you're up to it?」
後で気力が残ってりゃ覗くか?と。ゾロが軽い口調で言葉にしていた。
「んー?多分ね?」
ティン、と。静かにエレヴェータが14階で止まった。部屋、ここなんだ。
こちらです、と先導されて広い廊下を進んでいった。
エレヴェータが開いて直ぐのホールに、白のランが活けてあった。
テーマカラーは白とグリーン辺りか?だったら。
ゾロがカードキィで部屋を開けて、広いエントランスが目に入ってきた。
鮮やかな内装、落ち着いた色合いで見せるよりは陽射しが似合いそうなコロニアルスタイルだ。
ベルボーイが少し見遣ってきたから、目線で「なんですか?」と返せば。
「お荷物は、ベッドルームまでお運びしますか」
「あぁ、じゃあ。この黒はマスターベッドルームにオネガイシマス」
すい、と指差して、ゾロを少し見遣った。
「後のは全部セカンドの方で」
エリィのケージをぶら下げて、リビングの方へ行った。
窓が広い、暗くなった空が見えた。
もう、ベルボーイのことはゾロに任せよう。ここまでおれがスタッフに喋ってるのも珍しいから。
いつもは、任せっきり、っていうより。
何となくおれが喋らない方が好ましい、みたいな雰囲気でいられちゃうンだよなぁ。
小生意気なガキ、ってことにはならないと思うんだけどね。
テラスに通じている窓を開ければ、潮騒の音が部屋に流れ込んできた。
ダイニングのイスに座って、ヒトが動く気配を感じていた。
それから、行儀の良い口調でベルボーイがなにか告げてから部屋を出て行き。
エリィのケージを開けた。
「エリィ、探検の時間だよ。今度のも広いぞ」
いっておいで、とひょっこり覗いた金色の目に笑いかけた。
みぁ、とくぐもった返事。―――こぉら。
ティビー咥えたままでおまえ何を点検するんだよ?
取り上げる間もなく、とっとっと、と小走りでエリィは張り切ってリビングを抜けてエントランスホールまで一直線だ。尻尾まで
立ててる。
ゾロは―――
ルーティンをこなしていた。息をするのと同じくらい身体に馴染んだ慣例事項、なんだといつだか苦笑されたけど。
「ゾーロー、」
ダイニングスペースから「ハンター」を呼んでみた。
窓からさ、アレは。
多分、プールだと思うんだ、水色の明かりに照らされた帯。
見えた、さっき。
ヒトが、泳ぐっていうよりは流されて行く風に漂ってるのも見えたし、点だけどただの。
こんな高さからじゃね、おれはゾロじゃないから水着の色まではワカラナイ。
「Just a moment,(ちょい待ってな)」
返事、少しわらってるような。
「Can't wait any longer!(待ちきれない!)」
サブベッドルームまでいってスーツケースを引っ張り出した。
そのままそれを引き摺って、うん、ウィ―ルがツイテナイからね、これには。
マスターベッドルームまで持っていった。
ベルトの留め金を外して、ケースの金色をした留め金も外していく。
「ゾーロー!」
ここにはいないし。
大声、ってやつだ。この部屋は広い。
スィムウエア、あとはカンタンなプールサイドっぽい服だな。
手を突っ込んで引っ張り出した。
赤のリネンとナイロンのパーカと、膝下のハーフパンツと、Tシャツ。ああ、忘れたらアウトだ、スィムウエア。
シューズケース、布地のそれから革のビーチサンダルを取り出した。
好きな店から買ってきたときに、こればっかりは「実用的」でもあるゾロが。
なににするんだ?と苦笑してた件の代物。
まぁなあ。「普通」の靴、何足分かなこれ?―――ま、いいや。趣味なんだからショウガナイ。
あ、と思い出した。
ゴーグル、これもどこかに入れていたはずで。
探していたなら、バスルーム辺りからゾロが「こっちだ、」と返事をくれた。
声と同時に見つけた。
「上出来、」
独り言で、に、としてから。
スーツケースラックに乗せられた黒のケースを眺めた。
んー、アレを開ける前に、おれが着替えてた方が得策だ、きっと。
「もうゆっくりでいいよー?」
答えてから、戻ってきたエリィが開けたままだったスーツケースに飛び込んだけど。
「こら!」
声だけで、先に着替えた。
オーケイ、ってゾロの声を聞きながら。
「―――よし、と」
片手にゴーグルを引っ掛けて、エリィを退かそうとしたなら、金色目がでっかくなって。ぱ、とベッドルームのドアから走り出して
いった。
ディナータイム?
良いタイミング。ついでにゾロの「プール仕度」も出しておこう。
カーキのシャツと黒のハーフパンツと、あああーとあった、スィムウエァ。
フフン、あとはー
黒のサンダルを出して、ふ、と思いついた。
「着せ替えごっこの予行練習」
閉じたばかりのおれのケースを開けて。
ざら、っと幾つか適当に引っ張り出した。これをゾロがしたらきっとトンでもなく嫌味で、カッコイイと思うな、ウン。
ハンドクラフトの匂いの強い、ビーズのネックレス、長いのから短いのまで。シルヴァの粒も紛れ込んでるヤツ。
「出来上がり!」
カーキのシャツの上にさらっと投げて。荷物を片手に立ち上がった。
「ゾーロー、なあ、あのさあ?」
ベッドルームを抜け出て、リビングの方へ早足だった。
バーより、いいところへ行こう、な?
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