からかい混じりだったゾロの声を聞き流して、プールを結局1周はした、辛うじて?
また行きよりも遥かに多くなった遠慮がちな視線の中を通り抜けて、バーはまだオープンな時間だったけど今回は通過した。
アルコォルより、ディナーが先だろ、やっぱり。
部屋に戻ってからエリィをからかったり順番にバスに行ったりしていたら、すっかり時計は10時を回っていて、ルームサーヴィス
のメニューは「レイト・ディナー」向けになっていた。
午後10時から午前2時まで。2時を過ぎたら何になるのかな、ここのご自慢らしい「24時間サーヴィス」は。
「ゾーロー、」
「んー?」
リネンのシャツと柔らかめのボトムスに履き替えたら、裾のドローストリングスに向かってエリィが飛び込んできて
「――――った!」
ソファに脚を引き上げた。
「エリィ、NO」
痛いだろ、とお小言。金色目をでっかくしたって駄目だよ、コラおまえ。
「―――エリィ…?そのカオはおまえ―――」
まんまる目、耳は後ろに伏せ気味、ヒゲは前方って、うわおまえそれって―――
伏せて伸びてた身体が、ひゅうっと飛んできて―――
「わ!」
胸元に飛び込んできたエリィを持ってソファに半分引っくり返ってたら、視界の端に、すい、っとリヴィングを覗いたゾロが
映った。
「おれを攻撃するとわ!」
四十年はやいぞオマエ、と抱え込んで耳をヒト噛み。腕の中でエリィがゼッタイ膨らんだ。
何してるんだ?とゾロが表情で言ってきたけど。
「メニュヴ、わにあいい?」
メニュウ、何がいい?と、ぴんぴん動く耳を齧ったままで言った。
あ、ててててて、キックしたなエリィおまえ。
「任せる、」
でも、爪を引っ込めたままなのはいい子だね、オマエ。
「ヴー」
エリィが喉を鳴らすのと文句を混ぜ込んで言ってきて。
ソファの側までやってきたゾロが、首を捕まえておれの胸からエリィを引き上げていった。
だから、ソファに放り出してあったメニュウをもう一度取り上げてゾロを見上げた。
―――おや。
「ダディ」に怒られてるな、オマエ。
グリーンが、少し醒めた色を映しこんでエリィを見詰めていて。エリィは尻尾をはっさ、はっさ、って具合、少しナーヴァスに
揺らしていた。
反省シナサイ。
無言でプレッシャーがかけられてるんだな、きっと。
「な、」と。ほんとうに小さな、それこそこの世でこれ以上は哀れな声は出せないんじゃないか、って鳴き声がエリィから洩れた。
「躾が少し足りなかった、ゴメン。遊びと本気の区別つけさせないと、」
なぜかおれがエリィのフォロー。
躾はきちんとする、っておれ最初に約束したしね。
エリィがフロアに下ろされて、尻尾を引き摺るようなしょげ様でリヴィングの隅へ歩いて行っていた。
「この、ストリングスが気になったらしいんだ、」
すい、と片足をソファの上から引き上げた。
「―――で、ルームサーヴィス。何にしよっか。何か飲む?」
一通り揃ってるよ、と。名前を読み上げていった。
そうしたなら、ウォッカのところでサイン。
オーケイ、ウォッカなんだ、分かりました。―――でもおれにまで無言か?
「じゃ、おれはグラスワインでいいや」
すい、とメニュウを空中で揺らした。
「レイトナイトメニュウも読み上げようか?」
頷いてるぞ…?うううん―――声聞きたいところなんだけどなあ。
またメニュウを開けば、ソファが少し揺れて。隣に座ったゾロが覗き込んできた。
機嫌直せ…?って意味もこめてこめかみに軽く唇で触れた。
「なにかヒットあるか?」
柔らかな低い声に、身体を落ち着け直してグリーンを一瞬見詰める。
「クラブケーキ、これはきっと美味しいと思う。オニオングラタンスープは元々好きだし、シーフードサラダにはずれは少ないと
思う、あーとは、」
メニュウを読み上げながら感想を付けていけば、聞きながらゾロがゆっくりと笑みを過ぎらせていっていた。
「……ウォッカ頼むなら、イタリアハムの盛り合わせとか、オリーブもいいだろ?」
「けどなにかちゃんと食いたいな」
「ゾーロ、アリゲイタカントリーならでは、ってのもアルよ」
ローカル・スペシャリテ、とイタリックで書かれた下にあるエントリーを指差した。
「じゃあそれはマストだな」
「ワニ食べるの?」
オーケイ、とわらって。
「ああ。そんなに不味かった記憶もないしな」
「ふうん?でもおれはー。夜食の王道にしようかな」
「うん?」
「シーザーサラダと、ワインと、ピッツァ!プロシュートとルッコラの。ど?」
「わお、よく食うな、」
ナイトメニューの面白いところは、ホテルのいろんなダイニングのイイとこ取りが出来るトコ。かな。
「ナポリスタイル、クラストは極薄、て自慢してるよここのピッツァ」
くぅ、と笑ったゾロに笑みで告げて。
「トマトソースに生のルッコラとプロシュートが乗っかってるだけ、軽いよ」
「ふゥん?オレは分厚い方が好きだけどな、」
「シカゴスタイル?」
笑みを深めたゾロの唇の端にキスした。
「そう。パンのドゥ。手作り風なカンジのな」
「それも、こんど作ってやろうか?」
唇を啄ばまれて、笑みが零れていった。
「おまえが作ってるの見て、覚えたぞ?」
「じゃあヨロシク」
「はい、承りました」
に、と浮かんだ笑みを、キスで軽く奪って。
ディナーのオーダをしにデンワを取り上げた。
エリィには、ミルクでも頼んでやろうかな。まだあそこの隅で丸くなってる。
「じゃあゲイター以外に、スキャンピのフライもな」
「サラダは?」
「ビーンズのサラダ」
「スープは?コンソメか何かいる?」
「Non」
オペレータが出るのを待つ間に、注文を大体決めて。
また、これもキゲンの良さそうなデンワの向こうのスタッフだった。
「――――ええ、オネガイシマス、じゃ」
40分後に来るってさ、と告げて。ゾロの隣に戻ってから、報告した。
「美味いといいな、」
「コーヒーのポットと、デザートの盛り合わせ。サーヴィスだって」
肩をすい、と引寄せられて。見上げれば、ゾロがまた笑みを浮かべていて。
「大サーヴィスだね」
眉を引き上げながら言葉にすれば。
「だな、」
ゾロが小さく喉奥で笑っていた。
「ところで、相談なんだけどな?」
とんとん、とゾロの肩をノックした。
アイスクリームかチョコレートだったら、オマエに全部遣るよ、とか言ってたけど。
真剣に聞くとまたこっちのカオが赤くなりそうだったから聞き流せば。
「ん?」
グリーンがまっすぐに見詰めてきた。
「ディナーの後に、齧ってイイデスカ?」
エリィじゃないぞ、と付け足した。
「――――ゾロ…?」
「…いいよ、」
――――わ?あっさりオーケイが出た?
ふんわりとした笑顔を、思わずまじまじと見詰めたけど。
口許、勝手に笑みの形になっていってるのもわかった。
「齧るだけで満足するんだぞ?」
「やったぁ。イタダキマ…んん?」
にぃ、と浮かべられた少しばかり性質の悪い笑みに、すこし引っかかるけど。
「イイよ、」
かぷ、と唇にキスをした。
next
back
|