Day Seven: Panama Beach City. Florida

「Hey, if you're still plannin' to date the dolphins, you'd better get up and get goin'」
波紋が広がるように、落とし込まれた音が意味を模っていった。
どこか歌うような節で、「まだイルカとデートしたいンなら、起きて仕度しろよ?」と。
深い眠りに、落ちる前に耳にしていた音とは温度も波長も違うそれ。
何時に眠ったのか、なんてわからないけれど。深いところから、意識がすうっと戻っていった、表層まで軽く。
泣いたことと、望んだように埋められ、熱に包まれて吐息をついたことを覚えている。
それほど重く感じられない瞼をゆっくりと開けた。
四肢は、軽い。

唇にキスが落とされて。
腕を肩に回した。
「―――はよぅ、」
あぁ、声。ちょっと掠れてる、かなぁ。
「Mornin'」
煌めくグリーンに微笑みかける。
「起きれたよ…?」
に、とゾロが笑みを浮かべて。
シャワー浴びて朝飯食え、と言葉に乗せていた。

「んん…今日って、デェト日和?」
ベッドルームを充たす眩しさに目を細めながらベッドから起き上がった。
「ああ。今日もいいデェト日和だ」
「My Princes Dolphiny」
イルカ姫、と笑ったなら。ベッドで喉を鳴らしながら顔を舐めていたエリィが、ぱ、っとカオを向けてきたのとゾロが吹き出したのが
同時だった。
2人して同じリアクションだね、それは。
小さくわらって、バスまで行った。

ホテル備え付けのローブを羽織ってリヴィングに戻れば、ダイニングにはもう朝食がセッティングされていて。
「ゾロ―?」
珈琲の半分飲まれたカップを前に、新聞からゾロが顔を上げていた。
「せっかくのオーシャンフロントなんだし。テラス行こう、テラス」
リヴィングから続くオープンスペースを指差した。
「時間がないぞ?」
「朝ごはん食べる間だけ、な?」
フルーツサラダの皿と紅茶のポットを持ち出した。
ゾロは…ブレックファストプレートとコーヒーを持って出てきて。
拡がる景色に思わず歓声を上げそうになった。ホワイトサンドのビーチが、ずっと続いていた。
流れてくる風が、波音を近くまで運んで。マンハッタンの空とは硬度が違っている青が広がっていた。

「ほらな?外の方がキモチイイ」
カップを口許に運んでいるゾロに言って。フルーツサラダを食べ終わった。
陽射しを直に浴びるとグリーンの色味がほんの少し透けて、その色調がとても好きだからだ、とは言わなかった。
ただ、笑みをヒトツ。

もういつでも出掛ける仕度は出来ているゾロを見遣って。ゴチソウサマでした、と告げてから立ち上がった。
「ゾロ…?」
柔らかい風味のリネンのシャツに、黒のレザーパンツ、おまけに緩く捲り上げた袖からはブラックフェイスの…ディアゴノだ、
時計は。でもさ、それだったら―――
「ん?」
見あげてきたグリーンに、笑みをヒトツ返す。
「オプション、オマエに付け足していい?」
さらり、と自分の首元を指先で辿った。
「似合うの、おれ思いついたから」
貸してあげよう、と笑った。
「オーライ、」

ふわ、と笑みがゾロの目元に浮かべられて。誘惑に勝てずにちょいちょい、と手招きした。
また少しだけ近づけられた顔を両手で挟み込んでから、トン、と唇にキスをして。
「5分で戻ってくる」
そう言い残してベッドルームに戻った。
リヴィングのソファからエリィがおれのあとを追いかけて走ってきて。
「ただ着替えるダケダヨ?」
走りながら足元で、みあみあと小声で何か言ってくるのに返した。

今日の予定は。
ガルフ・ワールド・マリンパークで半日以上過ごして、その後はこの海辺の町で過ごすことになる、から。スタイルは―――
「適度にカジュアル、でオーケイ」
あぁ、その前に。「着せ替えごっこ」のアイテムを出さないとな。
普段ならゼッタイ、オーケイが出ないのは明白すぎる代物、似合いそうなのにね、実に。
ブラックダイアがアクセントに嵌め込まれた、「ここの」得意なクロスモチーフの重たげなシルヴァのアクセサリー。
おれがするときは革紐だけど、いっそゾロにはチェインだろう。
に、と笑みが勝手に浮かんだ。
「とてもじゃないけど、堅気サンじゃないねえ」
あーあ、ウェルキンス助教授。
バカなオトウトを持つと、苦労なさいますね?

ラゲッジから、黒のサンダルを引っ張り出して最後に履いて、完成。左手首に嵌めた、アンティークの華奢な時計を眺めた。
時刻は―――午前9時半。
うわあ、おれ。早起きしたンだねえ……。
すこし重たいチェインに通したクロスモチーフのアクセサリーを右手に隠して、テラスへ戻った。
「ほら、ゾロ。4分で戻った」
とん、と背中に身体をかるく預けて言った。
「オカエリ」
くく、と小さく笑う振動が身体を通して響いた。

「で、ほらほら」
「ん?」
ゾロの頭の上から、目の先に。たら、と右手を開いてチェインを垂らした。
「これ、リクエスト。どうせならここまでシマショウ?」
オーケイの出る前に。
それを首の後ろに回させて留め金を嵌めた。
「はい、出来上がり」
「うわ」
笑い声が大きくなった。
「おれのイメージはなんなんだ?」
「んんん?そうだなぁ、」
する、とテーブルの前に回った。
「とてもじゃないけど水族館に遊びに来なさそうなキョウダイ」

に、と微笑んでみたなら。
「例えば?」
そう問われた。
「そうだなぁ、」
まだ温かかった紅茶を一口飲んだ。
「LAあたりのエディターとかね、ショウビズ関係者?」
おまえ裏方しそうだもん、悪目立ちするのに。とわらってカップを飲み干した。
「アクターとマネージャ?」
笑って言うゾロに。
「アクター?だれが?」
「オマエ」
「はぁン?それに誰がマネージャなんてガラなんだ?」
わらった。
「オレ」
「わお、マサカ」
にぃい、と笑みを浮かべたゾロに向かって首を横に振った。
「ふぅん?」
「ウン、せめて―――エージェンシーのシャチョウだね」
人買いの親玉だ、オマエ。と指差して、に、と笑ってみた。

「オマエは?」
「その秘書?」
「あははははははは!」
「なんだよう」
笑い飛ばしてくるのに、おれも笑って。
「You don't look like you 'll be under anyone but me」
オレの下以外に就きそうには見えないぞ?と。キゲンの良い声が意味をダブらせて言ってきた。
――――う。
頬の辺りが熱くなった気がする、けどこれは陽射しの所為だな、うん、断固そうだ。

「Then, what’s the problem?」
じゃあ、何が問題ナノサ?
そうどうにか返してから。
「“シャチョウ、そろそろお時間です”」
澄まし声で言って、笑いそうになった。
[You're more radiant than what a secretary can be」
笑みと一緒に。秘書なんかよりオマエが輝いてるよ、と返されて。
――――あああ、なんだか。ますます陽射しがきつくなってきたぞ。
そんなに、そのジュエリが嫌だったのか、そうかわかった。じゃあもっとすげぇの付けてもらうぞ。
LAでリターンマッチだ。

「ゾロ、行こう?」
トン、と伸び上がって唇にキスした。
「エリィには挨拶は?」
僅かに浮かせた隙間から言葉。
「さっき、おれはもう済ませたよ?」
「オーケイ、」
ほんのすこし、下唇を軽く食んだ。
グリーンが細められて、指先で頬を撫でられて。昨夜の、切れ切れだった、抱き合ってからの記憶が少し戻ってきそうになった。
泣いて、先を強請った。解放されるだけじゃ、もう足りなくて―――
うわ……。
おれ、かなり際どいこと言ってなかったか―――?

優雅に立ち上がるゾロを視界の端に認めて。とっ散らかりかけた頭をスッキリさせようとしても、逆効果だった。
……フラッシュバック。
――――わ。
これは、先に部屋を出た方がイイ。
グラスを、すい、と何時の間にかゾロが掛けていて。
「ゾロ、おれ先に行ってるから!」
エントランスまで走っていった。




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