アシカのショーは、盛大に水飛沫が跳ね飛ぶダイナミックなものだった。
ここにキラーウェールがいなくてラッキーだな、と思ったことは。隣で目を輝かせて見ていたサンジには言わずにおいた。
動物、特にマリンアニマルは好きらしい。
もしかしたら、動物園に連れて行けば同じように喜ぶかもしれないが。少なくともアクアリウムは“ダイスキ”の範疇に入るのだろう。
そもそもオレンジ・カウンティの育ちだと言っていたからには、小さい頃から常連、か?

シカゴにも水族館はあった。
シェッド・アクアリウム、世界で何番目かに古い水族館。
学校行事で何度か訪れ。その度にウツボとバトルになったっけな。
小さい頃は、けれど。そんなに酷くはなかったハズだ。
父と一緒に仕事をするようになってから、随分とグレードアップしたように思える。
“カチアットーレ”、狩る者。
それを連中は見抜くのか…それとも…?

サンジは数人のコドモタチと一緒に、中央ステージへと招かれていっていた。
手を上げた“オトナ”はサンジだけではなかったが、選ばれたのはサンジだけだった。
You are very attractive individual, my darling。
オマエはとても魅力的な存在なんだよ、と目線で見送りながら心の中で呟いた。

サンジは他に選ばれていた小さな女の子に話しかけていた。
“ママはどこでみているの?ああ、あそこ?”
そう言って“ママ”が居る方を見ていた。
面倒見のいいヤツだな、と何度目かにして思う。

ゴキゲンなおチビチャンと一緒に、上から被るようにスタッフから渡されていた、スタッフTシャツと同じデザインの色が
アクアマリンのモノを着込んでいた。
デザインセンスについては口を挟む必要はないだろう。
おおきいね、とオンナノコと笑いあいながら、中央ステージで一人ずつアシカの“スキッパー”と軽くハグ。
アシカもサンジを気に入ったのだろう、トンと鼻先で頬にキスをしていた。

サンジが大きく目を見開いていた。驚きの後の大きな笑顔。
何人かがそれをフィルムに収めている音が聴こえた。
タレこまれたらそれまでだな、と諦める。
個人用にキープしていてくれれば問題がないが、ネットにでも乗った日には手の打ちようがない。
“保護者”と“兄貴分”が勢いに乗ってケツを追っかけてくるかもな。
その時はその時に対処しよう。
明日中に移動すれば暫くは撒けるだろう、少なくとも。
サンジの両親がサンジの捜索願を出していないことだけは確かなのが救いといえば救いか?

サンジがふわりと笑って見上げて来て、軽く手を振り返した。
苦笑する。
そんなところでサーヴィスすんなよ、サンジ。

オンナノコと戻ってきたサンジが、隣に戻ってきた。
視線を集めていることは居心地が悪く…ないんだろうな。
言うだけ詮無いことだと割り切って、Tシャツを脱いだサンジを見下ろした。
「タダイマ。キスされたよ」
にこお、と笑顔。
「やっぱり生臭いな」
「ええええ」
に、と笑ってサンジのTシャツを受け取った。ビニールでも貰っていこう。売店ででも。

サンジは、くん、と腕を持ち上げて手首のところの匂いを嗅いでいた。
「んん?」
「臭わないとか言うなよ。鼻がバカになってるんだろ、オマエ」
笑って頭をくしゃくしゃに撫でてやる。
「ほんとうに?うわあ」
「車乗る前に顔洗えよ」
すい、と腕が差し出された。
「まじか?」
にっこりと笑って頷く。
「差し出してくださいませんともばっちり臭いますとも」
「うわあ!」
ま、それはオレが臭いにも気をつけているせいかもしれないけどな。

ショウが終り。
「フレドにもう一度シャワー借りてこようか」
そう笑ったサンジをトイレで顔を洗わせて。それから売店に行ってヴィニルを貰った。
やたらと元気な売店のアルバイトには、笑顔を一つ、代金代わりに支払った。
リボンの掛かっていたプリンセスを見て、妙に笑顔が全開だったからには、なにか感じるところでもあったんだろう。
あの年代のオンナノコは今も昔もナゾだ。解明しようとしてはいけない。

それから、ボタニカル・ガーデンを覗き。
イグアナやトカゲなどが揃った爬虫類館も覗いて。
閉館時間より1時間ほど前に、車に戻った。
サンジは爬虫類にはあまり興味が無かったらしい。
あっさりと通過していた。
「コモド・ドラゴンは昔欲しかった」
やっぱり哺乳類が好きなのかと思っていれば、そんな感想が来た。
「ジークフリード、って名前を付けたかったんだよ、」
にこと笑ったサンジに、車をパーキングから出しながら笑った。
「エンシェント・リヴィング・ドラゴンにドラゴン・スレィヤの名前か?」
「そう、チチオヤがもう少しでワシントン条約を無視しそうになってた」
「ふン。で、ヤメタのか」
車をピアに向かって走らせる。
「ハハがそんなものが来たら家出をする、っておれに真顔で言うし」
にこ、と笑っていたサンジに肩を竦めた。

「マイナ・オフェンスでもやらなくて正解だな。小さな綻びは敵にとっては大きな餌だ」
サンジの父親の職業を思い出す。政治家。
「ワッシントン・ライフ、Fワードだね」
ひらひら、と手を揺らしていたサンジに笑った。
車をピアの駐車場で停めた。

プリンセスは後部座席で留守番、蒸れたTシャツで車の中が生臭くならないといいがな。
ひょい、と見上げてきたサンジに、なんだ?と目線を落とす。
「オミヤゲはトランク行きにしよ」
「オーライ、先に下りて移動させてくれ」
「アイ・サー、」
「“アイ・サー”?」

笑っている間にも、サンジはひらりと下りて、バックドアを開けていた。
車を降りて、サンジがTシャツを移動させているのを見守り、ドアが閉められたのを確認してからロックをかけた。
「潮の匂いだね、」
フルリダの最北部に近い場所にあるビーチリゾート、パナマ・シティ・ビーチ。
それでも夕暮れは遅いのか、4時ではまだまだ沈む気配がなかった。
にこ、と笑っていたサンジの髪を撫でてやる。
「また生臭くなるな、」
に、と笑み。
「ブー」
コドモのように膨れたサンジに笑う。
「オマエだけじゃないだろうが、」




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