ピアを散歩した。ピア、とは言ってもサンフランやロスのとは違って、観光地というよりは海の出っ張りにヴェンダが
ちらほら程度。
助教授曰く「生臭い」潮風がずっと吹いているような場所で、確かに見晴らしはサイコウだけど長居し過ぎると身体が
べたついてきそうな場所だった。
うーん…ムカシのビーチ育ちもいまじゃすっかりニューヨーカーって?
ゾロに、いまは夕方だけど何か飲みたいかと聞けば。
「せっかくだから、ブルーラグーンでも?」
そう笑っていたから。
「質問です、3択な?」
「オーケイ、」
指を三本そろえてサングラスの前に差し出した。
「1.あそこのビーチフロントのバーに入ってへべれけ。
2.おまえは先にあそこのバーに入って、おれはホテルまでクルマを一旦置きにいってかつ、トワレ付け直してから戻ってくる。
3.おれが先にあそこに行って、おまえがホテルにクルマ置いてから戻ってくる。
4.出来ればおれは3は嫌だな。」
はい、何にしますか、と訊いた。
「戻るなら一緒に行こう」
笑み。
「オマエを一人にするわけがないだろう?」
「うーん、でもさ?運転くらいまともに出来るけど?」
「狼さんはこの世にオレ一人じゃないらしいからな、」
「アリエナイ、」
に、とまた口端を引き上げるゾロに笑った。
「調教師パート3が湧いたらどうする」
「おれイワシ臭いし?」
けらけらわらって。
「じゃ、タクシーでここまでまた戻ってくる?」
そうと決れば1に出来るね、とゾロのグラスを見上げた。
「それなら二人で戻っても一緒だろ、」
じゃあ、ということで。ホテルまではおれが運転して、イルカ姫を席に置いたまま、ガレージに直ぐクルマを回してもらった。
「じゃあ、ホテルのバーで待っててくれればすぐ戻るけど」
そう、グランドフロアのエントランスで言えば。
「エリィの晩御飯支度しに戻るさ、」
「それ込みでおれしてくるよ?」
「いい。一緒に行った方が早いだろ?」
「うーん、実は、」
「はン?」
ちら、と見上げた。
「ちょい、耳貸せ?」
手招き。
ああーあ、また本音ばらさなくちゃいけないのかー。
すい、と身体を少しだけ低くしてきたゾロの耳元で声を落とした。
「キスしたくなるのをガマンしてる状況で、プライヴェートスペースに2人っきりってのは避けたいンだけど」
早口で一気にバラシテ。
鍵鍵、とついでにこれも早口。
く、っと。低い笑い声と一緒にカードキィが差し出されて。
間近、グラス越しでもグリーンがとても優しい眼差し、なんだけどこれはゼッタイ。
『ばぁか、』そんなニュアンスで柔らかく笑みで彩られてた。
「おまえになら、いくらでもバカになれるもん」
言い残して鍵を持ってエレヴェータホールまでまっしぐら、ってやつだ。
マネージャが、お急ぎですねとか後ろで柔らかく笑ってたけど、返事は手のヒト振り。ええ、おれはねなるべく早くこの場を
離れたいので。
ほぼ飛び込んだ部屋のドアをあければ、エントランスまでエリィが迎えに来てくれていた。
「ベイビィ、エリィ・ダーリン。ゴハンの時間だよ」
水と用意したフードをエリィが食べている間、目の間だとか背中だとか。くるくると機嫌良く喉を鳴らしながらゆっくりと咀嚼して
いくのを撫でてやる。
あともう少しで食べきる、というときに立ち上がって。
イワシ臭い?アシカ臭い?良くわからないけど。
もう一度、肘上まで熱い湯で手を洗いなおして、洗顔ももう一度。
そこまでするなら着替えてもいいけど、あー、面倒。これがイチバンカジュアルな線だし。
いいや。
トワレを付け直し、ゴハンを終えたエリィを抱き上げてもう一度額にキスを落とした。
「イルカ姫と、スキッパーと、ミミィからだよ。」
誰もフードじゃないからな、と言い残して。エリィを床に下ろした。
「いってくるね、いい子で待ってるンだよ?」
みあ、と。
エントランスで見送ってきたエリィに手を振ってから、ドアを閉めた。
ここまで所要時間は、ああ、15分。
これは、既に。あの助教授はバーで何人からドリンクをオファされてるだろうね?おれよりよっぽどジブンの方が「モテル」って
こと、なんで認めないかなあ?ゾロは。
おれが受けるのって、女の人とコドモと動物、それくらいじゃん、あああと。お年よりもか。
それともあの“に”って笑みは認めてるってことか?
人数、聞いたら教えてくれるかな。
エレヴェータホールで、偶々乗り合わせた他のゲストが。
ヒトのトワレの名前訊いてキタケド、これはアナタには合わないと思うけどなあ。まぁ、いいか。
別にどうでも。
答えれば、ちょうどグランドフロアにエレヴェータは着いて。
「じゃあ、ミスタ。良い夕べを」
言い残し。ロビーを横切って、バーを覗いてみた。
手前のカウンタ?――――あぁ、いたいた。
ありがとう、と教えてくれた昨日のスタッフに小声で言って。
すこし離れたこの位置から、見詰めてみた、さらっと。
あのカクテルグラスは―――あー、ギムレット辺りかな?
マティーニが好きだったのは、『シビル』のハハオヤだっけ。公園で聞いたサリンジャの短編の一節を思い出しかければ、
ゾロの肩の向こうに、人がいるのが見えた。
ハハ、さっそく?
肩のあたりが、うんざりしてる、ってことは―――ビンゴ。
本好きの割には、作家に冷たいのはナンデだろうね?どうみても、文筆業ないしは劇作家、整った顔立ちだから脚本家って
線は薄いだろうなぁ、そんなヒトだった。
ここからだとよくみえないけど、ウン。『モノを考えるビジン』、これは保護者からの受け売りだけど、そんなタイプだった。
ゾロと多分年は一緒くらい、なんだろう。
―――ん?"ビジン”は変か…?使い分けは基準をそういえば訊いてなかった。
だから、まあこれで良し、として。
あまり待たせるのも悪いし、むしろ余計な心配をさせる可能性の方が高そうだから。
例えばまたおれがエリィに襲われてるとか、イワシ臭いから?
頭の中で茶化してから、ゾロと、その隣のどうみても男のヒトの方へ何歩か歩いていった。
「ごめん、アリステア。オマタセシマシタ」
「よぅ、」
あ、やっぱりギムレットだな、そんなことを思っていたら。
伸びてきた手に目をあげれば、に、と刻まれた笑みにぶつかって。そのまま頭を何度か掌が滑っていった。
「生臭くないぞ」
「あのねェ、アタリマエだと思うよそれは」
失礼だなー、と。そんなことを言えば。
「やぁ、オトウトさん?」
低すぎない声が届いてきた。目線を上げれば笑みが戻されて。
「答えなきゃいけない義務でも?」
おれが口を開くより前に、笑いながらゾロが言葉にしていたけれど。―――わ、温度低いって。
う。はい、余計なことは言いません。
笑みを返してから、ゾロに眼を戻して、『いこう?』と言葉には乗せずに語りかけた。
「まだ滞在を?」
柔らかな声だった。それがまた届いて。
「気が向けば?」
友好的な、でもそれ以上でもそれ以下でも無い笑み。あまりおれが見かけないタイプのソレがゾロの表情に乗せられていた。
だけど―――素っ気無いのに、見惚れかけるってのは性質が悪いと思う。
まぁ、おれが口を開くべき状況じゃないのはバカじゃないからわかるので黙ってるけど。
せいぜい、すい、と目礼、くらいが不躾にならない程度だし。
先にバーを抜けて行こうとしたなら、ちょうど立ち上がったゾロがカウンタに代金を置いているところだった。
用心深い、というよりは習性?不特定多数の人間の居る場所で、部屋番号は晒さないこと。
これはおれも何となく、身に染みて理解できる。居場所もね。
ゾロは―――プラス、隙もない。
緊張と弛緩のバランスがいつだって絶妙なんだと半ば感嘆する。
これは、真似デキマセン。
おまけに、その緊張は人に伝染することは無いときているんだから。
そんなことを考えながら。ホテルのエントランスでゾロを待っていた。
「お待たせ」
エントランスのフロントドアを出てきたゾロが言って。
「や?おれの方こそ」
ベルボーイが手を上げて、すぐに横付けされていたキャブがやって来ていた。
「魅力的でいることは偶に不快?」
すい、ともういつもの表情なゾロに話し掛けた。
「遊び相手が必要ないからな、」
「ナルホド」
に、と。「悪いオトナの笑み」ってヤツを浮かべたゾロにそのまま目線をあわせていた。
「あまりにアタリマエの理論ダロ、」
「そうだね、遊ぶ余裕あるならこっちにまわして欲しいし」
ウン、と頷けば。
また、「ばぁか」って眼だ。された。
「遊ぶ余裕がないって証明したばっかりだろうが」
こつん、と。頭に軽く、緩く握られた拳があたった。
「んー?」
海をすぐ隣に見ながらまっすぐな道が続いていて。まだ陽は落ちてきてはいなかった。
キャブに乗り込む。
「そうだね、一緒に戻ってきて正解だったかもしれない」
すい、と目線をグラス越しのグリーンにあわせた。
「ビーチフロントのバーのさ?」
「んー?」
「お客さん全員から、『やぁ、オトウトさん?』って言われたらちょっと鬱陶しいよネ」
くくっとわらって。
また少し窓を開けて海を眺めた。
「恋人です、ってカムアウトして欲しいとか?」
落とされた囁きに。
わ、心臓止まるかと思った、いま。
ゾロの笑顔はほんとうに、偶に心臓を直撃してくる。
首を横に振った。
秘密がいいよ、と。もっと声を落として返事をしたけれども。
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