夜の砂浜というのは一種の引力があると思う。
黄金の月が僅かに照らす暗闇に境目は見えず。
遠くに浮かぶいくつかの船が通り過ぎるのだが、星と同じ小さな点としてしか認識できない。
あの闇に囲まれているのはどんな気分になるのだろうか。
ああ、けれど。
照らされたこちら側から見る闇とは違い、宇宙には数え切れない程の星が見えるものなのか。
地球の外から眺めた宇宙を、一度この目で見てみたいと思う。
子供じみた夢。
明日、総てが終わる覚悟があるというのにも関わらず、壮大な夢を見る。
酔っ払っているのかもしれない―――気を引き締めて辺りを、人の気配を求めて探る。
サンジは、片手には土産に貰ったヴーヴクリコのミニボトル、もう片方には脱いだ靴を持ってボトムスが濡れるのも構わず
ふらふらと波打ち際を歩いていた。
一応は歩けているが、ストローでシャンパンを飲みながらけらけらと笑う姿はどう見ても酔っ払いだ。
キレイな月夜にゴキゲンな年下の恋人。
フロリダのホワイトサンド・ビーチに足跡を残す。
3年前の自分には、そんなことが考えられただろうか。
馬鹿なことを、と笑っていたかもしれない。
現実ってヤツがどう転ぶかなんて、本当に、その時になってみなきゃ解らないものだ。
それでも未だ立場に変わりはなく……明日にはこの町を出て、次に移ろう。
少し体が鈍り始めてきたから、どこか静かな場所に潜んで、少し身体を鍛えないとな。
なにがどうなるか解らないが…最後まで諦める気はさらさらないのだから。
さあ、と打ち寄せてきた波に、サンジは膝下まで濡れていた。
「引き摺り込まれるなよ、」
「アリーステア?半濡れゲスト、ロビーとおしてくれるかなあ?」
聴いていたのか聴こえなかったのか、ふにゃあと笑ったサンジが言っていた。
ああ、ほら。引き摺られてンじゃねェよ。
サンジの腕を取って水際から少し砂の方に引き寄せた。
「オレがホテルのオーナだったら喜ばないな」
「んん?さみしくなった?」
「オマエがあっちにいっちまったら寂しくなるな、」
そぉ?と首を傾けた酔っ払いの頭をぐしゃぐしゃと掻き混ぜる。
「まあでも、ビーチサイドのエントランスの方へ回れば、足を洗う場所があるだろ。そこで砂落としてからフロントに回れば
いいだろう」
ふわ、と天使の笑顔を浮かべていた。
顔が赤いけどな。
「さらさらの砂できもちいい、あるかないの?」
ああ、と頷く。
「明日フロリダを出る予定だからな。生臭い荷物を増やしたくはない」
「うわあ?」
自分を指さして、サンジがけらけらと笑った。
「ひどいなあ、」
「ホテル戻ったらオマエ、そのまんま風呂行けよ?」
オマエ、そういや朝から生臭いな、と笑った。
さあぱ、とまた波打ち際にサンジが戻っていった。
水をばしゃばしゃと跳ねさせて歩いている。
「いいよ、はなれといてあげよう、さみしーけど」
「寂しいなら側にいればいいだろ?」
来い、と掌で招く。
「あ、」
足を不意に止め、じいい、と足元を見ていた。
ヒトデの骨を見つけたらしい。
「星がおちてる、」
「持って帰るか?」
笑ってサンジに近づいた。
す、とシャンパンのボトルを手の中に押し付けられた。
「のんでもいいよ、」
そのままさぷんと水の中に手を浸けていた。
「もういらないのか?」
手の中のボトルを揺らす。
「いる」
サンジはそのまま白い星型を引き上げ、自慢気に見上げてきてからにこお、と笑った。
「じゃあ飲まないでおくさ」
「ぞろ、トクベツサービス、」
「はン?」
ますます笑みが蕩けている。
周りに他人がいないのが救いだな。
「願い事、なにかしてみろ?」
ふにゃふにゃと笑っていた。
いい?いい?と煌くブルゥを見詰める。
「投げるのか、それ?」
「うん」
「じゃあ遠くへ投げろよ、」
こくりと頷いたサンジに笑ってゴーサインを出す。
ひゅ、と投げてられて。遠くの波間に飛んでいった。
「お、っと、」
僅かにサンジが身体をぐらつかせていた。
願い事は一つだけ。ま、努力しなけりゃ願うだけ無駄だけどな。
「ぞろ?」
「サンジ、ベイビィ。そろそろ水から上がれ」
冷えるだろうが、と言葉を続ける。
体勢を立て直して、サンジが波打ち際から見上げてきた。
「Come, hurry」
ほら、急げ、と両手を広げてみる。
ふわ、と微笑んだサンジが、とん、と飛び込んできた。
抱き停めて、湿った金に口付ける。
「イルカ王子にでもなるつもりか、オマエ?」
「ならないよ?おまえに振られそう、あいしてますって言っても、なあ?」
ふわんと見上げてきたサンジの頬に口付けを落とす。
「オマエ、猫チャンだもんな」
に、と笑って額にも口付けた。
「何回うまれかわっても、おまえをすきだと思うなぁ、」
くすくす笑っているサンジを軽く抱き上げ、白い砂浜を歩く。
「いい計画だ、」
びっくりした風に目を見開いたサンジが、けれどそのまま足をぷらぷらさせて悦んでいた。
さすが、酔っ払い。
「尻尾があったらおまえの顔撫でてる、」
くっと笑っていた。
「猫のクセに水が好きだよなあ、オマエは」
笑って頬にまた口付けた。
「けど濡れた尻尾はお断りだぞ」
きゅう、とサンジが一瞬抱きついてきた。
さくさくと砂が軋む音が足を伝わって響く。
大きなホテルのエントランスが見えてきた。
そのまま洗い場のある裏口を目指す。
「おりる、」
あるいてく、とにっこりと笑顔を浮かべていたサンジを下ろした。
「靴と瓶持っててやるよ、」
貸せ、と手を差し出す。
「のんでもいいよ?サービス」
ふわふわの笑顔に肩をすくめる。
「オマエ、実はまだ飲みたいんだろ、」
無人の淡いブルゥのライトに照らされていた洗い場に向かいかけていたサンジが振り向き、
「バー、のぞく?」
にこお、と笑っていた。
「オマエがあの作家と知り合いになりたいのならな。オレは少なくとも遠慮したいぞ?」
「やあ、オトウトさん?いいえ、飼い猫です、あははははは」
水を出して、つめたあ、とくっくと笑っていたサンジに近づき。
粗方砂を洗い終えたところを後ろから抱え込んだ。
「騒ぐなよ、ベイビィ」
片手に靴を持たせて、ひゃ?と驚いた声で言っていたサンジをそのまま抱き上げる。
「濡れた足じゃ入れないだろうが」
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