「まぶしい、」
ロビー、ビーチサイドからそのまま繋がっているサイドから屋内に入れば、目がちかちかした。
「サングラスかけろ、」
笑い声混じり?
「なくしたー、かも」
ないもん、と言って。
手をひらひらさせたつもりが、砂まみれのサンダルが、視界をふらふらした。
「―――あれ?」
おれ、裸足なままだっけ。

「ポケットにちゃんとボタンダウンでささってるだろ、」
声がつるりと入り込んできたけど。
「なにが?」
まぶしい、と目を半分閉じながらゾロを見上げた。
複雑なラインを口許が作ってる。
「もなりざ?」
すい、と唇を辿ってみた、ジブンの。
「ナントカ夫人じゃねェよ、」
おやすみなさい、と。低い声が聞えた。
声の方へ首を捻ろうとしたけど。
ゾロがひらりと手を振って、まっすぐエレヴェータホールまで歩いていて。

「あ、」
「なんだよ、」
「いまのカップル、びしょぬれだけど歩いてたのに」
これじゃあおれ酔っ払いみたいじゃないかあ、と笑った。
――――あれ?おれ酔ってるんだっけ。
「ふゥん?」
「酔っ払いはきらい?」
ティン、と。エレヴェータの扉が開いた、空の。
「絡んでこなけりゃ、別に構わない」
「ふうん?」
ぎゅう、と。首に両腕を回した。

「あ、しまった」
すぐに腕を解いた。
「はン?」
「ぼーはんカメラ、あった」
いけませんね、じしゅくします、と。ゾロを見上げてまたわらった。
「平気だろ。酔っ払いのしていることだし」
「よってないもん」
けどまあ自粛はお願いしたいな、と。ゾロの声が続けていたけど。
それに被せるように言って。
「一人でバスにもいけるよ、さっき行けっていわれたのもおぼえてる」
ほらな?とまたゾロを見上げたなら。
エレヴェータのドアが開いて、部屋のあるフロアだった。
「ここで降ろしてくれても、部屋までもどれるし」

なにを言ってもあっさり流されて、部屋のドアの前でカードを通していた。かちり、とロックの外れる音が妙に耳にくっきり聞えた。
しずかなんだな、ここさっきより。
「そこまでいうのなら一人でバスをどうぞ」
「うん、よきにはからう」
あれ。計らえ、だっけ。
「ばァか、」
優しいトーンの声が聞えた。
リヴィングのソファの前で、とん、と下ろされた。
エリィは、ああれ?
もう寝ちゃったのかな?
―――……う?

「ひゃあ、」
足下の感触にふざけた声が出た。もこもこのファーが濡れてるし?
これ、ティビーの生皮だあ。
「皮踏んだぁ」
すぐに片足を上げれば、ピンクがくたくたに濡れて転がってて。
「うううう」
きもちがわるい、と訴えても。
「気をつけろよ、」
ゾロが笑いながらこっちを見てきていた。

「うー、バス行く」
「バスの支度はできるのか?」
「んん、」
背中にゾロの声を聞きながらバスまで行って。
デニムを脱いだらマーブルの床に砂の零れる音がした。
入り込んでるねえ。
シャツのボタンは、ああああめんどうだな。
途中までひっかけて、先にバスタブにお湯を溜めた。縁に座って、指先になんだか滑るボタンを外していった。
「―――めんどう」
サングラスが出てきて、フェイスボウルの横、タオルが積んであるところめがけて軽くトスして、
「落ちてるし」
かつ、と。フレームがイシにあたる音がしたけど割れた音じゃなかったから由。

バスタブに半分滑り込んで、シャツの残りを腕から抜いて床に落とした。
立とうとしたら、すこし視界が回った気がしたから。フックから外してシャワーヘッドごと引寄せて、ぬるま湯を頭から
被っていたら。
半開きにしていたドアが開いた、のかな?
「エリィー?」
「"みゃあう"」
「わお、おまえ。セクシーな声になったねえ…!」
バスタブから、"エリィ"を見上げた。
くくっと笑ったゾロが、氷水の入ったグラスを置いて、おれが脱ぎ散らかした服とサングラス、それを引き上げていってくれた。
「ありがと」
ぶく、っと。頤までぬるま湯に潜りなおす前に言った。
聞えたかな?

鏡に、手をひらっと振ったリフレクションが見えた。聞えてるか、よかった。
目を閉じた。
ふわふわする、血の流れが感じ取れそうなくらいだ。
眠い、ような。でも意識のどこかはだんだん醒めていってるのもわかる。
「みず、」
といったつもりが。音にしてみれば、ぶく、だった。口許近くまで潜ってたこと、忘れてた。

腕を伸ばして、ギリギリの位置にグラスが置かれていて、それを指先でどうにか捕まえた。
引き寄せて、一口。
すう、と喉を滑り落ちていく冷気が意識をまた1レベル引き戻していった。
「酔っ払い?おれ?でも、」
醒めるのもはやいぞー、と。今度はキチンと音になっていた。
氷を齧って。
またお湯に潜った。
ゾロは、なにしてるんだろう?パッキング?

ぱしゃ、と。広いバスタブの中で足先を揺らした。
そして、事実にひとつ気付いた。
一緒に夜のビーチを散歩なんて、初めてじゃないか?もしかしたら。波打ち際、真夜中。NYCだと、歩くよりはクルマから
眺めてたし。
「うわあ」
だったらもう少し、醒めとくんだった、もったいないなぁ。
「あ、でも」
ざば、と。潜っていたバスタブから顔を出した。
「まだチャンスは沢山あるんだよな」
ヴァケイションだし?

「ぞーろー?」
ドア、開かれた方へ向かって呼んでみた。
そうしたなら、ちょうど。ドアベルが鳴った。んんん?
「ちょと待ってろ」
ハイ。
耳を澄ませてみる。話声、あぁ。ランドリーサーヴィスだ。
おれの着てた服。仕上がりは明日の朝、マストですか。夜間労働、ごめんね?

ドアの閉じられた音。そして、じいっと見ていたドアから、すい、と。静かに姿が覗いた。
「ハロウ」
ぱしゃぱしゃ、と手を振った。濡れてるから水か垂れる。
ふわ、と。笑みが返されて無性に幸福な気分になった。
「いま、半分地上に戻りかけてる」
どこか落ち着いたような笑顔に話し掛ける。
「Good on your behalf, darling」
そりゃ良かった、と返されて。
「酔っ払いは、お嫌いですか?」
すい、と首を傾けた。
絡まないけどね、おれは。

「そうでもない、」
軽く眼を細めて、ゾロが笑って。
「そう、安心した」
ふにゃけた笑い顔にきっとなったけど。
またバスタブに半分潜る前に、「ちゃんと温まれよ」声と一緒に唇が額にプレスされて。
「はぁい、」
リヴィングに戻っていく背中に返事をした。
でも、これ以上長居したら、逆効果だ、逆上せる。




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