高い天井から、鯨のモデルが吊り下げられた下を通った。
少し前を歩いていた女の子が、真上を見上げて小さく口を開いているのが妙に印象に残った。
「大きいよね、」そう通り過ぎざま声を掛けたなら。
真上を見ていた茶色の目だけがくりっとおれにあわせられて、ものすごく自慢そうに、ウン!と力んできたのがまた可笑しくて。
「Have a nice Fish Day」
良いお魚の日をネ、と手を振れば。
「オニーサンもね!」と、にか、と微笑まれた。

グラスをかけたまま、ゆっくりとした歩調で隣を歩いていたゾロも、くす、と小さく笑いを漏らしていた。
高い陽射しが、明るさと水底の蒼を映す壁面にそって落ちていっている。人がたくさんいるのに、音が吸い込まれて行く気が
する、水族館っていうのは確かに奇妙な場所かも知れない。こんなにも、陽射しは明るいのにね。

蒼の反射が揺れる、水槽に張り付いている子供のアタマの上をエイが泳いでいった。
「紅海でダイビングしたことは?」
ゾロを見上げた。
「オールドワールドの方に飛んだことはないよ、」
「潜るとね?連中が5匹くらい寄ってきて。ステルスに爆撃されてるみたいな気分になる」
「へえ、」
「頭上を、それこそ優雅に編隊を組んでね、ミモノ」
くくっと笑う声が耳に気持ち良い。
「あれ?来たのはマンタだったかな?ムカシのことだからわからないや」
グラスを見上げて微笑んで。
別の水槽の前に進んだ。

思いつくままに、泳ぐ魚を眺めながらちょっとした話をして、また別の水槽の前に。
円形の巨大水槽がケルプや色々な海藻と一緒に魚を入れている、このエリアではイチバンのアトラクションらしいスペース、
「アンダーウォーター・ビューイング」とプレートがあった。
まばらに、透明な円柱に添って何組か他の入館者がいて。静かに、邪魔にならない程度に波音を混ぜ込んだ環境オンガクの
お手本みたいなものが流れていた。
照明も少し落とされて。蒼の波が光に添ってゆらゆらと拡がって行っていた。
指先でゾロを招いてから、円柱に近付いた。

「好物」
岩場にいたデカイ、クラブ。足が長いなぁ、これ。指差した。
「中華風にアレンジ?」
に、っと口端を引き上げるゾロに、まあね?と笑って答える。
薄蒼の光だから、多分。ちょっと顔の赤くなったのは多分ばれて――――
あぁ、駄目だ。
ゾロめ、笑ってるし。

「でも、これは。海にいるカニだぞ」
話、誤魔化そうとしているのもばればれなんだろうなあ、どうせ。
「沢蟹はチマチマしてて食いづらい」
話に付き合ってくれてありがとう、けどな?くっく笑って言われたって―――
岩場がイキナリ「伸びて」。
「―――わ?」
が、と音が聞こえそうなスピードで茶色の塊が水槽の壁にぶつかってきた。
思わず、10インチ近く身体を後ろに引きかけた。
長い魚、牙付き。これって、

すい、と背中に掌が添えられるのを感じて。
「びっくりしたなぁ…!」
小声で訴えた。
これって、ウツボだよな…?このちっさい目といい、生え揃った牙といい―――
「ゾ…、」
振り向きかけたら。わ?ゾロ?
「ん?」
のんびりとした口調なんだけど、おおおーい?その眼、恐いぞおまえ?
なに魚とにらみ合いして―――

「わ、」
また、ウツボが水槽の壁ぎりぎりに飛びついてきた。
「ウツボはフライが一番か?」
反対側から円柱を覗いていた親子連れが、ぽかん、としてこっちを見てきてるのが泳ぐ魚越しに見えた。
声が妙に楽しそうだ、ゾロは。
指先を少しだけ閃かせてるし。
そんなことしたらまた飛び掛って―――ほら。

少し離れて立っていた親子連れ、父親の方が半歩飛び上がって兄弟がそれを見て笑ってた。
「ローストにしても美味しそう」
小声で返す。
ぼそ、っとゾロは。
「シメるぞてめェ、」
水槽のウチと外で威嚇の仕合だ?
あああ、これは。ゼッタイ、グラスの内側では眼が細められてる。

「ウツボ対ゾロ?―――アリステア、次行こう」
ほらほら、と促がせば。
「次会ったら食うぞてめェ」
少し笑った声でそんなことを言っていて。
「チャイナタウンにいけば陸に上がって売ってるかもね?」
ジャン・リンにどう料理すればイチバン美味しいか今度聞いておくよ、と。
チャイナタウンの魚屋、女主人の名前を出せば。
「カリフォルニアまで行けば連中いるか?」
笑いながら、捕まえてやろうか、とか言ってたけど。―――ゾロ、それは冗談になりそうで微妙になっていないってば。

「せっかくのビーチならもっと楽しいことしよう?」
ひらひら、と。サングラスの前で指を閃かせた。
「焼くのは勘弁だぞ?」
笑いを少し納めた口調が聞えて。
「教えは守ります」
ふざけた声で返した。
くしゃりと髪を掻き混ぜられて、わらった。

「ペンギン・アイランドとかいうところに行く時間、まだありそうかな?」
イルカ姫とのデートの前に、と言えば。
「あるだろ、」
ほら、行こうぜ、と。右手が軽く振られて。
「ん、」
うっすらと仄かな蒼の部屋から出て行った。




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