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 「約束、うん。そうだけどさ?なんだ…?その“にぃ”って」
 どこかからかうように、ゾロが浮かべた笑みの意味を訊いてみた。
 「さぁな?景気付け?」
 くく、と笑うゾロに、友だち同士で遊びに来ていたような女の子が確かに見惚れていたけど。
 「ふゥん?」
 まだこっちにロックされたままの目線に少し笑みで返した。
 そして、またゾロを見上げて。
 「ダイジョウブ、イルカ語でプロポーズされてもおれにはフィアンセがいますので、って断るからネ」
 おれのカワイイいるか姫からでも。と言い足してわらった。
 「それに夕食は鮑焼いて貰えないかもしれないし」
 
 あははははは、と。明るい笑い声もアクアリウムの高い天井に気持ちよく響いていって。
 それは純粋に人が惹き付けられる類のモノだから。女のコたちの向かい側にいたオトコノコも目線を投げてきていた。そりゃあ、見るか。ゾロは「とてもハンサムなオニーサン」だしな、こうして明るい笑顔を自然に浮かべていたりしたなら。
 「なら今夜はシーフードグリル再び、か?」
 「感情移入し過ぎなければね?」
 心臓を抑える振り。
 「ナンダヨ、今度は鮑にプロポーズか?」
 「“カワイそうなお魚チャン”」
 
 笑うゾロに軽口で返して、イルカたちのセクションに歩いていった。
 そして、セクションの入口にあったパンフレットを手に取ったら。
 へえ?ここの水族館は。規模が大きい割には―――
 「1セッション定員若干数?これって異例だねぇ…!」
 その下の注意書きも読んだら、まさかな…?
 「アリステア?」
 「ンー?」
 長閑な口調で。
 「おまえさ、1セッション貸切にしちまったりして…?」
 そういうオプションもある、と書いてあったから訊けば。
 「モチロン」
 「うわ、」
 返す言葉を捜していたなら
 「遠慮なくデートしてこい、」
 笑み、それが口許にしっかりと刻まれていた。
 「ええと、」
 グリーンを見上げるようにした。
 「なんだよ?一人でさびしいとか言うなよ?」
 「アリガトウ、でもますますそれだと寂しいから見えるとこにいてくれな?」
 
 はい、と。手首から時計を外してゾロに預けていたなら。
 「ハァイ、イルカと泳ぐ予約いれてる人?」
 すい、と影が形になって。陽射しがそのまま背中に乗っかっていそうな印象のトレーナ、まだ若いね?
 縺れるみたいにカールした潮風と陽射しに色が落ちたアッシュブロンドに、これまたサーファ連中にいそうな雀斑とスカイブルーの眼の印象が強い。
 ひらひら、と右手を揺らしていた。
 ほら、行ってこい、と背中をにこやかな声と一緒に掌で押されて。
 「そう、よろしく」
 いってきまーす、とゾロに手を振り返した。
 にこお、と。笑みで返される、これはトレーナから。
 「楽しんで来いよ」
 優しい声が追いかけてきて、振り向いた。
 「もちろん!」
 
 すいすい、と先を進んでいたトレーナがくるりと振り向いて、ドアを指差した。
 あぁ、ハイ。あの中で着替えるってわけだ。
 「まずは名前の確認からいいかな?」
 Tシャツと水着を持参してください、とあった注意書きを思い出した。持参しておりますとも。
 ってことは、ドライスーツかぁ、あれあんまり好きじゃないけどまあ仕方ない。
 「ええ、」
 偽名でさらっと答えておいた。偽名?本名?これはどういうべきなんだろう、ムカシの本名がいまじゃ偽名か?
 
 ウェットスーツをもう着込んでいるトレーナに答えれば。
 「ハァイ、サンジ?オレ、フレド。ここでイルカのトレーナになって3年目になります。今日は一日どうぞヨロシク」
 「こちらこそ、よろしくフレド」
 にこお、とまたスカイブルーが煌めいて。
 右手を差し出したなら。
 「うんうん。いい返事だよかった。ところでどこかで前に会ったことないかな?例えばコロラドとか?」
 ぎゅ、と握られた手が勢いよく上下されてた。
 ―――んん…?微妙に長くないか?
 
 人懐っこいんだな、この人は。と思っていたなら、ウン?
 「コロラド…?スキーには何度か」
 スキーに行くなら、大抵アスペンだったし。
 「ん?スキーだけ?おやま。大学時代でオレがすっごい好きだった子に似てるんだけど。―――ああ、じゃあ親戚かなにか
 かな?名前もおんなじだったし?」
 着替えるブースをすい、と指差しながら言っていたけど。
 首を傾けた。
 「珍しい名前だとは思うけど、親戚じゃないなぁ」
 中に入って答えた。
 
 「ふぅん?まあ、うん。どっちかっていうと君のほうがオトナっぽいかな?」
 スイムウェアに着替えて、面倒だからTシャツもアタマから被っていたなら、少し遠くから声が聞えてきた。
 「よくある顔だと思うよ」
 金髪にブルーアイズ、なんてそれこそさ?
 服を片手にまとめてブースから出て、指し示されたコインロッカーの中に放り込んでいたなら。
 「うーん、実はすっごいオレのタイプなんだけどね?つうわけでさ、今晩ヒマ?ヒマなら一緒にディナーか、ああドリンクなんか
 どう?オレ奢るよ?デートしない?」
 「―――ハイ?」
 思わず、きょと、と見上げちまった。にこにこにこにこ、笑みと一緒にキゲン良さそうにそう話し掛けられる。
 「ダメかな?オレとしてはウン、って言って欲しいんだけど」
 「なぜアナタとおれがデート?」
 「あれ?ダメ?なんで?オレのすっごい好みどんぴしゃなんだけど?」
 まるっきり悪びれない様子に会話が普通に成立してるのか、これ?
 
 「質問、フレド」
 人差し指と中指を揃えて立ち上げた。
 「んー?あ、ちょっと待ってねその前に。スーツ着るのタイヘンだから手伝ってあげるね。はい、脚入れて」
 「あ、ウン」
 すい、と身体を低くして。ドライスーツの足のところを広げてくれてるのはいいんだけど。あそこにあるのは着替えるのに
 世にも便利なベンチってモノじゃないのかな。
 けど、まあ。ここで躊躇するのも変か?
 片足をひとまず差し入れた。
 「アリガトウ、」
 「はいもう片方もね」
 「ん、でもあとはもうダイジョウ―――」
 わ…?
 バランス崩れ――――っここ足滑るじゃ、
 「はい、引き上げるからね」
 ぐいぐい引き上げられて、すい、とウェストラインまであっさりドライスーツを半分着てた。
 
 「ドウモアリガトウ」
 「はい両手通してね。逆脱皮みたいだけど頑張って」
 「だから、できるって―――」
 あっさり無視だ。
 「うん。でも一人だとタイヘンだからね」
 この、にこにこしてるけど妙に押しが強いのは―――あぁ、ヤツに似てるのか?
 こういうにこにこ笑顔で言われると、無碍に断れないのはナンデだろうなぁ、もう。
 片腕ずつ通して、また少し背中側を引き上げられたけど確かに一人で着るよりは早い、のは認める。
 
 「質問どうぞー?」
 「あぁ、さっきの?ウン、一人じゃないの知っててそういうこと言ってるんだ?アナタ」
 「オニーサンと一緒でしょ?かっこいいねえあのヒトも」
 背中側、これは若干の手助けが―――って全部ジッパをもう引き上げてるし。さすがの手際なのは分かるけどさ?
 にか、とまた笑み付きでトレーナがおれの前に立っていた。
 「今頃ナンパの嵐じゃないのかなぁ?もてそうだし、カレ」
 全開の笑顔が、にやり、と変わったはずなんだけどどうみてもアリスの笑い猫にしか見えないな。
 「お蔭様で」
 不肖のオトウトとは違うみたいだね、とチェシャ猫みたいな笑みに返した。
 
 「ええ?そんなことないでショ。寧ろオレは君が好みなんだけど?だから、どう?一緒に遊ばない?」
 おにーさんと一緒じゃなくても平気でショ?そう、にこりとまた人懐っこい笑顔、ってヤツをくっつけてた。
 「アソビマセン、知らない人についてもいきません」
 笑みを乗せてみる。
 Thankyou,but no thank you、ってヤツだけど。
 
 「うん?オレちぃっとも怪しくないよ?ここの従業員だしさ、」
 「連続殺人鬼は定職を持っているものです」
 はいこっちねー、と明るい笑みでプールまで先を行ってくれるみたいだけど。
 「あははは!そんなに思いつめるほどの何かは無いって!イルカセラピーで毎日精神は安定してるよ?じゃないと彼らに
 嫌われちゃうし」
 眼差し、うううん、どこかでゼッタイ見たことがあるぞこれ。「バカ」の顔を半分思い出しかけていたからかな、声が少し笑っち
 まった。
 ふわ、と零れた笑みに返した。
 
 「遠慮しときます」
 それに、と付け足した。
 「オープンに訊かれたからそのまま返すけど、」
 「うん?もしかしてバッドニュース?」
 どきどき、と擬音でもつけそうな勢いで心臓の上に片手を置いてこっちを見てきているスカイブルーを見遣った。
 「なんで何の疑いもなく誘ってきてるのか云々はひとまずおいておくとしても。フレド?アナタは―――」
 おれの好みじゃナイデス、と笑みで答えた。
 よろよろ、と揺らいだトレーナの姿を見つけたのか、水際でイルカがジャンプを見せてくれた。
 はは、元気がいいねぇ。
 
 「うーわぁ……こりゃまたストレートに…」
 「パーソナリティは悪くないけど、知り合いに似てるし」
 人としては嫌いじゃない部類だとは思うからひとまず笑顔。
 「う?そりゃあまたアンラッキーだなあ……なになに、その知り合いも君にデート申し込んでたの?」
 すこしばかり、ヘコンダ顔されてもね?だからどうなるわけでもないし。
 「うん?まぁ。呼び出してたし」
 「あ!それって!」
 「ハイ?」
 弾けてく笑顔に首を傾けた。なんだ?
 「もしかしたらオレも呼び出されるチャンスがあるってこと??」
 スカイブルーが、プールなみに光弾いてるね。
 「気侭な旅行者だよ?おれ。何を言っているんですか、お生憎様」
 
 「しばらくこっち滞在するってことないの?」
 「兄がナンパされて本気になったなら残るかもだけど?」
 にこにこにこ、と。甘えた子犬みたいな表情に冗談で答えた。
 「うーわ…それってどれくらいの確率なんだろ?遊んでる風にも、すっごい硬いようにも見えたけど、」
 「兄は、壮絶なマザコンなんだよ、で。おれはハハオヤ似だ、ってよく言われる」
 「ふぅん?じゃあおにーさんはおかーさんにあげよう!だからオレとデートしよ?な?」
 
 
 
 
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