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 「フレド、おれね」
 「うん?」
 にこお、とまた満面に浮かぶ笑みに目を合わせた。
 「火遊びもシマセン」
 「うーん……やっぱりステディいるのかぁ、」
 「おれとしてはどうしてそれが女のコと思われないのか、そこが不思議だよ」
 あちゃあ、と。呟いてでもいそうな顔に言った。
 「うーん…ゲイの勘、だったり?」
 「アテにならないんじゃ?おれずーっと女のコダイスキだったもん」
 「まあでも。一応当たって砕けないとね、なかなかこの時世でもパートナは見つからないし?」
 「自分はチャーミングだし、って?」
 強気の笑みに、少しだけ唇を吊り上げて見せた。
 「わお。そう言ってくれるのはすっげえ嬉しいなあ!」
 「一般論、おれの好みとは限らないので要注意」
 人好きのする笑みに答える。
 「うーわ、でもオレちょっと期待しちゃうヨ?マジでダメかな?」
 
 「あぁ、あのさ。アナタ、」
 「うん?なに?」
 「キスとディナーと軽いハグだけでさんざん振り回すことはおれもう卒業したので。」
 「うーわ……残念ッ!!それってどれくらい前のこと??」
 目元で笑みを作って、それに、と付け足した。
 「うん?まだあるんだ?」
 「あるよ、」
 「う、」
 すい、と指で自分の顔を指差した。
 「フレド、アナタは好みを変えた方がシアワセになるかもしれない、大きなお世話かもだけど」
 「うあ!…痛いこと言うねえ!!」
 にこ、と笑みで返した。
 「真実は往々にして苦いもの、だろ?」
 
 雀斑の散った顔が、言葉にするより雄弁に「ショック!」と言ってきていた。
 「オレ三連敗だよ、」
 「好みを変えれば連勝記録作れるンじゃ?」
 視界の隅に、静かに動くものがあって。見なくてもそれが誰かは直ぐにわかったけど。
 眼差しを投げた―――あぁ、あの隅のほうにいるんだ?
 「うーん、そこはまあ三つ子の魂というか、インプリンティングというか…初恋のヒトの面影をオレまだ追いかけてるんだよねえ、小学生の頃からの。ハハ、」
 「純情、ってポイントは高いんじゃないのかな」
 「んー…どうかなぁ、」
 どこかが痛むような表情で、何かを思い出しているような口調だった。
 
 プールサイドから、イルカが2頭並んで顔をだしてトレーナを呼んでいた。
 あぁ、言い過ぎたかなぁ…?でも断らないわけにいかないだろ。
 「時間?」
 笑みで返された。
 「はい、じゃあひとまず今は、バンドウイルカのミミィとトーニを紹介しましょう」
 「意外な名前だ、それ」
 わらった。
 「名づけたのはコドモタチの誰かだからねえ?」
 くすん、と小さく笑ってから、イルカたちを見遣っていた。
 「イルカたちとのデートが終わったら、最後通達をよろしく?」
 「セラピスト、抱えてることだしねアナタは」
 に、と。ミミィとトーニを見遣った。
 「オレとしては抱き締め返してくれる腕が欲しいところだったんだけどなあ…!」
 「素敵なマエビレを持ってるじゃないか、かわいこちゃんが」
 
 水際に一歩踏み出してそのまま同じ流れで両手を差し出し。
 「ご挨拶、」
 さぱり、と水から2頭がアタマだけだしてきて。
 「オレがずっと水中で生きていけるなら、それもチョイスだったかもな」
 そう、真っ直ぐな目線で言っていた「トレーナ」に2頭が流線型のカーブ、ノーズのところをすいすいと押し当てていた。
 「イチバンを同時に二つは持てないって名言がある」
 愛しそうにイルカ二頭を見遣っていたフレドに、ってわけではなくて。
 プールサイドから少し離れたコーナに立っている人を思って言葉にした。むしろ、勝手に言葉が先に出てきた。
 
 「では、静かに滑り込んでくださいね、飛び込まないで」
 「ハイ」
 ゆっくりと水の中へ降りて行く、足先から。
 する、と水と同化する。
 カチカチカチ、と水の中で2頭が音を発しているのが伝わってくる。
 うん、よろしくな―――?
 笑み、浮かんできて。
 この、平和な気分のお裾分け?プールサイドのゾロに向かって、手を振った。ハロウ、おれシアワセ。
 
 敏感なこのイキモノたちに目線を遣らないようにしていたらしいゾロが。
 今気付いた、そんなポーズで手を振り返して来た。
 「兄弟仲いいねえ、」
 笑うフレドに。
 「うん、2人っきりだから」
 そう答えた。
 
 そして、水の中での動きであるとか。2頭に触れないように、であるとか。
 鳴き声、もとい、話し声の聞き分け方だとか。
 スキンダイブよりはラクだけど苦しくなったらすぐに告げること、それにどこのポイントに掴まって最初は潜ればいいのか、とか。
 そういった「講習」を真面目に受けた。
 一度、水面から顔を上げたなら、人が誰もいなかったはずのプールサイドに遠巻きに観客がいて。どうみても、遠慮がちにゾロを囲んでる風だった。
 
 「フレド、」
 せんせーい、と呼んだ。
 「ん?なにサンジ?」
 トーニ、もう2頭の見分けは付いた、それに捕まっていたフレドに、すいすい、と指でプールサイドを示した。
 「アナタ並みのチャレンジ精神の持ち主はいないみたいだネ」
 すい、と横に1ストロークで泳いできたトレーナに言えば。
 くう、とフレドは笑みを浮かべて。
 「じゃあ後でオレがチャレンジしてもイイ?」
 「ウツボと一緒にシメられる覚悟?」
 「え?ナニソレ?」
 笑い顔。
 「さっき、チャレンジしてたよ、兄に」
 ウツボ、と笑った。
 「うーわ、そうなんだ?」
 
 「あー…すっごいキワドイね、それも」
 スカイブルゥが笑みに崩れて。
 トン、と肩口に軽いノック。ミミィ、がハナサキで触れてきていて。
 「わお、」
 遊んでくれるんだ?と、イルカ姫に話し掛けた。
 
 「姫、おれと泳いでくれます?」
 返答は。
 キキキキキ、だって。高いトーン。
 「光栄だなあ、」
 わらって。
 フレドに「負担をかけずに一緒に泳ぐ方法」を幾つか伝授されながら
 広いプールのなかを一緒に泳いで。潜った水中で、2頭が追いかっけっこをするみたいに泳いでいるのも見詰めていたなら、ミミィがすぐそばまで降りてきて、ひらひらと旋回していた。
 
 ずっと、水中で彼等の話す声が振動と音と両方で伝わって。
 とても、静かな幸福な気分を水中で味わった。
 ゆったりと充ちてくる感情は、そのままあそこの「ローンプレデター」に上げたいくらいだ。
 子羊に遠巻きにされてる、捕食者。
 
 つるつるとした弾力のあるミミィのアタマ、それに触れた。
 直ぐ側に顔を出してくれたから、触れてもイイ?とトレーナに訊いてから。
 40分は、直ぐで。
 「もちろん、」
 「ありがとう、」
 もう一度、さらり、と撫でた。
 
 「さっきの返事、聞きたい?あなたはまだ?」
 「んー…いいよ。知らないほうがいいことも世の中にはあるし」
 「おれは優しくないから。バラス」
 「ぎあ!!」
 に、と笑みを浮かべて。
 「18ヶ月前なら、フレド。完全にロスまで呼び出しくらってるよ」
 良かったね、そんなハメにならないでさ?と。
 笑って、ミミィとトーニにも「なあ?」と笑いかけてから。
 プールの壁面に取り付けられてる梯子に手を掛けた。
 
 「サンジ」
 「ん?」
 「オレの名前、フレドリック・ミリガンっていう。まだどっかでアクアリウム覗くことがあったら、オレのこと、探してみてな?移動してっかもしんないから」
 にひゃ、と。
 犬の子みたいな笑顔を残された。
 そしてヒトの返事を聞く前にミミィとトーニのアテンドに水面を泳いでいって。
 確信犯だな?あれは。
 
 苦笑して、プールサイドから顔を出したなら
 「オツカレサマー!!」
 わ。
 やたらと笑顔が全開の、女のコが目の前にいた。
 水色のスタッフTシャツが似合ってるけど。
 「楽しい時間だった、ありがと」
 「こちらこそ、どうもありがとうございました」
 弾むような足取りの子が言ってきて。
 「ミス?」
 「タニアですっ、なんでしょうか?」
 わらって質問した。
 「タニア、おれ。イルカに似てる?」
 「いーえちぃっとも!」
 「ふぅん、」
 元気な返事がぽん!と返された。
 イルカに似てる、ってわけでも無いんだ、じゃあ。
 初恋のヒトも含めて?
 ふぅん。
 おれに似てて、年上で―――?一瞬でイメージに浮かんだとても懐かしい、優しい笑み。……まさかね。
 
 シャワールームまで着いてきてくれたタニアにお礼を言った。そうしたなら。
 「どちらかというと猫さんですネ。激プリチ―の」
 満開笑顔と、宣言付きでタニアはまたプールの方へと戻っていっていた。
 ううううう?
 
 
 
 
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