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 サンジを送り出してから、イルカのプールが見える観覧席に上っていった。
 ショーが行われないその場所からは、気侭に泳ぐ2頭のイルカが居て。見習いスタッフらしい女が、“挨拶”の練習をしていた。
 
 サンジは着替えているらしい、明るそうな懐っこいスタッフにきっとにこにこと説明でも受けているのだろう。
 悪いイメージはどこにもなかったから、心配はしていない。
 “サンジ”は、多分。
 “良い存在”であるだけに、それに焦がれる“悪いモノ”を引き寄せ易いのだと思う。
 ―――壁に凭れかかって見下ろせる位置、人からは見えづらい場所を選んだ。
 
 サンジが出てくるのに、随分と時間がかかっていた。
 ナンパでもされてンのかね?
 サンジはキレイな存在だ、月明かりに照らされた湧き水のように。
 最初出逢ったときからどこか透明な風情を湛え、人目を引いたものだけれど。
 ―――近頃ではもっと惹き付けるようになったと思う。
 贔屓目ではなく。
 
 自覚が薄いのは、“サンジ”だから、なのかねえ?
 いくらそのことを促しても、オレが愛した二人のサンジは“アリエナイヨ”と笑って済ませる程だ。
 いっそいい機会だ、自覚してくれればいい。
 いかに自分が魅力的な存在であるかということを。
 
 イルカたちの気に障らない程度にプールを見下ろしていれば、―――ああ、出てきた。ドライスーツに身を包んで。
 どこか楽しそうな、いや煩わしそうなのか?高揚と苦笑が入り混じった風情だ。
 ナチュラルカールのアッシュブロンドの、自分とサンジの丁度間くらいの年齢の調教師が、にこにこ、と案の定、ナンパして
 いやがる。
 期待を裏切らない展開でいて嬉しいよ―――どこか苦笑する自分を自覚する。
 押しが強そうだな、けれどまあサンジはそういう人間が嫌いじゃないらしい。
 あっけらかんと人懐っこい笑顔……ふぅん?
 ああ、アイツを思い出すな。
 最初にサンジに出逢った時、一緒にいたあのオトコ―――。
 
 すい、とサンジが見上げてき。にこお、と笑っていた。
 キラキラと水面よりも煌びやかに、サンジの金色が揺れている。
 ひらりと手を振って、挨拶代わり。
 粘着質で嫌なヤツだったら脅してやろうかと思うが、そういう人物ではないらしい。あの若い調教師は。
 サンジを楽しい気分にさせているんだったら、ナンパでもなんでもさせてやろう。
 サンジが誘いに乗るとは思わないしな。
 
 水に入って本格的に“レッスン”が始まったのを見て、視線を客席の方に戻す。
 ショーの時間ではないから、入ってくる人数はまばら、なのだが……どうにも視線を集めているらしい。
 しかも、サンジに見惚れるならともかく、オレかよ?
 この格好が派手だからだろうか。 “遊びなれております”風ないでだち。
 サングラス越しに片眉を引き上げれば、すい、と視線が反らされていく。
 腕を組んでいると威圧的に見える、だからわざとそのポスチャーを解かずにいる。
 まあ見るだけなら構わない。好きなだけどんな人間なんだか詮索してくれ。できれば思い切り勘違いをしてもらえると嬉しいな。
 例えば―――。
 
 ざぱっ、と水音がして。サンジが笑う声が聴こえた。
 サンジの頭上を、2頭のイルカが飛び越えていったらしい。
 調教師のサーヴィスか?よかったな、サンジ。
 すい、と視線を客席に戻せば。
 一瞬怯んだ女性がまた近寄ってきていた。生真面目そうな相手の男は置き去りか、オイ?
 
 アクアリウムに遊びに来るには不似合いなタンクトップ。
 溢れるようなバストは、まあ魅力的だけどな?
 白いラインが二つ入ったピンクのスウェットのパンツ、それに巻かれたサマーセータ。
 スニーカで来る辺りは、参考にしたのはヒップホップ系かね。
 甘いチェスナッツ・ブラウンの長い髪に差されたサングラスは、髪留めのかわりなんだろうな。
 ナチュラル・メイク風プラスゴールドのアクセサリ類。
 摘んで遊ぶにはイイタイプかもしれないけどな―――?
 
 「ハァイ、ハンサムさん。一人で待ちぼうけ食らってるの?」
 甘い微かにハスキーな声。
 く、と口端を引き上げてやる。“ビジン”だしな。
 「アナタみたいな人を待たせるなんて、やるわね」
 に、とグロスで濡れたような濃いピンクの唇が引きあがっていっていた。
 
 す、とカノジョが落とした視線にあわせてプールを覗き込む。
 サンジがイルカの1頭にキスをしていた―――イルカ姫、だな?
 「―――あらやだ。もしかしてあのコを待っているの?」
 濡れて重く煌くブロンドを指さしたオンナに肩を竦める。
 「意外とナチュラル系のコの方が好みってわけか。ざぁんねん、」
 くす、とオンナが笑っていた。
 「―――アンタ」
 「ミーナよ、ハンサムさん?」
 「連れのヤツがこっち睨んでるぜ?」
 く、と頤で示してやれば、ハ、とミーナが哂った。
 「ああ、なんで水族館でのデートなんてオーケィしたのかしら?退屈ったらないわ、」
 
 「いまからでも遅くはない、ビーチへどうぞ」
 「ねえ、あのコ、まだ暫くあそこでイルカとデートでしょ?その間だけでもいいわ、私とデートしない?」
 にこ、と誘い笑顔で見詰められ。くう、と口端を引き上げた。
 「ご免被るね」
 「あら、ツレナイ。即答?そんなにあの金髪のコが大事?」
 あっきれた、とでも言いたそうな口調に肩を竦める。
 「―――いい声すら、出し惜しみ?妬けるわね、」
 ミーナがくくっと笑った。
 
 「…訊くが、アンタ、なんであのオトコとデートしてるんだ?」
 「ミーナよ、ハンサムさん」
 「ミス・ミーナ、」
 「アハハハ!ミスなんて付けられたのは久しぶりだわ!!」
 ひらりとオンナが唇と同じ色に彩られた指先をひらりと動かしていた。
 「さあ?ワケなんてないわ…気の迷い、かしらね?」
 
 オンナがちらりと視線を連れの男に投げていた。
 淡いブルゥのシャツにライトブラウンのスラックス、革の靴。―――確かに気の迷い、なのかもな。センスが全然噛みあって
 いない。
 中途半端に伸びた髪もな…アレがデザインだとしたら、そうとう“凡庸”を理解しているヤツだぜ。
 くう、とそれでも威嚇するように睨み付けてきたオトコに、にやりと笑いかけてやり。
 く、く、と指先で呼びつける。
 「え?なに?パットを呼ぶの?信じられない、」
 「ミス・ミーナ。楽しい時間を過ごしたいなら、相手を大切にするといい、」
 訝しげにそれでも寄って来た男に“友好的”に笑いかける。
 ―――そこで赤い顔をされても、困るんだがな。
 
 「ヘイ、遊びに付き合う気あるか、オマエ?」
 「パトリックです、ミスタ」
 「パトリック、」
 「ちょ、なによパット、邪魔しないでよ」
 壁から背中を浮かせ。男の伸びたダークブラウンの髪を掻き上げる。
 びく、とパトリックが僅かに肩を跳ねさせていた。
 オイオイ、噛み付きゃしねぇよ。
 
 「これから毎日30分ランニング。腕立てと腹筋背筋200回ずつこなせ。髪は定期的に切って、服を揃えろ」
 「ハ?」
 「え、なぁに、ファッション・アドバイザかなにか?」
 「マジメに楽しみたいのなら、ミーナ。オマエが揃えてやれ、センスは悪くない。場所と時を選ぶことをもう少し考慮できりゃな」
 「オレは」
 「赤の他人の言うことだ、実行しようとしまいと勝手にしろ。タダな、パトリック。オレみたいなのに好きなオンナの視線を持って
 いかれンのを我慢するような男じゃ、こういうタイプはゼッタイ靡かないぜ?」
 
 言い切ってから、す、と水音に視線を落とせば。イルカたちがまた鮮やかに水中から飛び出していた。
 調教師とそれを眺めたサンジが、またクリアなブルゥから頭を出して、ゴキゲンで笑っていた。
 楽しんでいるようでなによりだな。
 
 隣で、ミーナとパトリックが何かを言い合っていた。
 「ミーナ、オレ、頑張るよ」
 「ちょ、ええ?マジなの、パット?」
 「だって!オレは本当にキミのことが好きなんだ!!」
 「うーわ、マジ?ちょっとパット、こんなところでヤメテよ」
 「オンナノコは水族館みたいなところが好きだと思ったからデート、ここにしようって言ったけど。興味がないのなら、
 他のところに行こう!」
 「え?別にキライじゃないけど、」
 「本当にミーナのことが好きなんだ。だから、もっとキミのことを知るチャンスをオレにください。どんなタイプが好きなのか、とか。
 どうやったらオレがキミにとって一番になれるのか!」
 
 困ったような顔でミーナがオレを見上げてきた。
 「一先ずパトリックに敬意を表して、機会をやれよ。アンタだって遊んでばかりじゃどっかで何かが足りないんだろう?」
 ミーナが、くしゃ、と笑っていた。
 「…やーね、もぅ……あーあ、」
 長い髪を掻き上げて、オンナが笑って。男に、いいわよ、と言っていた。
 最初に聞いた声より、はるかに優しいトーン。
 「ワタシの好みは厳しいわよ?せめてこのハンサムくらいにはなってみせてよね」
 「ミーナ、それじゃ…!」
 「機会はあげるわ、パット。ひとまず…本当に。その髪型からどうにかしに行きましょうか?それからデートの仕切り直しね」
 「できれば、パトリックとフルで呼んでもらえると嬉しい、」
 「…積極的ね?いいわよ、パトリック」
 ふふ、と笑って、オンナが男の肘に腕を差し込んでいた。いい兆候だ。
 
 「ありがとう、ミスタ。邪魔しちゃってゴメンナサイね?」
 ミーナが笑って、バイバイ、と手を振っていた。
 黙って手を上げてやる。
 パトリックも、ぺこ、と頭を下げていっていた。
 がんばれよ、と心の中でエール。上手くいくといいな?
 
 下のプールでは、サンジがとうとう調教師を断ることに成功していたらしい。
 明らかに気落ちした調教師が、どぽん、と一度水に浸かっていた。
 イルカが甲高く笑い、調教師がサンジに何かを言っていた。
 フルネーム?へえ、頑張るな、“フレドリック・ミリガン”?
 苦笑して視線を上げれば、……随分と人数が増えたな。
 表情を引き締め、これ以上人が寄ってこないように軽く威嚇しておく。
 オレがそう優しい男だと、思うなよ?
 
 
 
 
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