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 備え付けのドライヤーで、濡れた髪を乾かした。
 いつも使っているのとも、ホテルのアメニティとも違う、―――なんの香りだ?
 ひょい、と備え付けのシャンプーのボトルを見れば。――――わ、ガーデンフラワーズ?
 一応、このシャワールーム、男性用だと思うんだけどネ。イルカとハッピーになったあとは気分はフラワーチルドレンで
 いこうって?
 あーあ。
 ドライヤーの熱風に吹かれて苦笑した。まぁ、服着ちまえばそのうち消えるかな。
 
 40分のイルカ姫とのデートは、楽しかった。フレドのちょっかいは―――まぁ置いておこう。
 実害はなかったわけだし、あのヴァカと比べればお行儀は随分良かったし。
 「元気にしてるかぁー?」
 ちっさく呟いてから、ドライヤーを切った。
 最後に鏡でちらっと点検、ウン別にまぁ、「普通」だよな。
 
 「あ、どこで待ち合わせするか決めてなかった」
 ロッカールームから出て行きながら独り言。
 あぁ、でも。またプールサイドに戻れば、あの同じ位置にいてくれてるか。
 そのまままっすぐ、プールサイドに向かおうとして、思いついた。
 「あぁ、お土産な。」
 生のイワシの代わりに。
 イルカたちのプールには戻らずに、そのまま館内へ直行して。案内板でショップをみつけた。
 ハハ、ゼッタイあるはずだ。なにしろコドモは海洋動物が好きな生き物だから。
 
 ガラスで仕切られたショップはすぐにみつかったから、イチバン目立つところに山ほど積み上げられたヌイグルミの棚の前に
 行った。
 キラーホエール、シーライオン、ラッコ、あァフロリダだからマナティ、カメ、そして―――いたいた。
 イルカ。
 おれの探していた特大サイズは―――あぁ棚の天辺じゃないか。
 
 「ミス?」
 店員に呼びかけたら。
 まだ高校生のバイトみたいなオトコノコが、ぴょん、と隣のシェルフから飛び上がった。ガラスの置物の値札を付けてたみたい
 だけど、お仕事中。
 あぁ、まあ。別にキミでもいいけど?
 「ハイ、イラッシャイマセ!」
 ファーストフード・チェイン?妙に意気込んでフレンドリーな返事に思わず笑いが込み上げた。
 「あ、ゴメン。あの棚のイチバン上にいるイルカ、あれが欲しいんだけど、取ってもらえるかな?」
 天辺を指差せば。
 「あぁ、ハイ!」
 まっしろのステップをどこかから持って来て、すごい勢いで登っていた。
 
 「上から投げてくれても構わないけど?」
 「いえそんな!!」
 「梯子抑えてましょうか?」
 「トンでもない!!」
 ―――返事がなんで一々大声なんだろう??
 「落ちてきたり?」
 「まさか!!!」
 片腕に抱き枕くらいの大きさのイルカを抱えて降りてきたスタッフに礼を言った。
 「ドウモ、お手数おかけしました」
 「いえそんな!!!」
 受け取ってキャッシャーまで行った。―――うううん?後ろで敬礼でもされてそうだよ、あそこまで歯切れの良い返事だとさ?
 
 キャッシャーにいた、あのアルバイト・スタッフのハハオヤくらいの女の人がにっこりとしていた。
 「お行儀の良いスタッフですね」
 「ねえ、珍しい。あの子のあんな返事、初めて聞いたわ私も」
 笑みのまま、値札のバーコードを機械に読み取らせていた。
 「袋はどうします?」
 がさ、と巨大なビニールを広げてくれたけど。
 「あぁ、そのままで―――あ、」
 リボンを首に巻いてもらってもいいですか、とリクエストした。
 「ええ、色はピンク?ブルーもありますけど」
 「ミミィに恋したのでピンクでオネガイシマス」
 「もちろんですとも!」
 わらってリボンを3重くらい、イルカのヌイグルミにかけてくれた。
 「アリガトウ、」
 
 ヌイグルミを片腕に抱いてショップを出れば、なぜか中にいたヒトがお客さんも含めて「見送って」くれた。
 あー…たしかに。このイルカは持ち運びには巨大だよねえ。
 イルカたちのプールに歩いて戻る間も、通りすがりのおちびちゃんが「パパ…おっきいイルカたん!」と指差していて。
 ゆらゆら、と尾っぽを揺らしてあげたらなんだか大喜びしていた。
 はいはい、ハッピーな気分のお裾分け、キミはビジンさんになりそうだからね。
 
 近くまで戻れば、すぐにわかった。
 最初にフレドが出てきた辺り、プールへ続くちょっとした廊下めいた場所、そこに立っていて。
 おまけに、まだまだ遠巻きに子羊ちゃんを連れてるねぇ、あの怖い悪い狼は。
 いまさら、だけど。
 片腕を背中に回してイルカを少しでも隠した。
 
 「アリステア、」
 少し手前で小声。
 「ヘイ。楽しんだみたいだな?」
 に、と。グラスに隠されたグリーンも口許の笑みにあわせて煌めいているのがわかる。
 「お裾分け!」
 イルカを間に挟んで、ぎゅう、とゾロの胸元にそれを身体ごと押し当てた。
 ゾロの肩から膝辺りまであるイルカ。
 
 くう、と笑みがまた刻まれて。
 「オレにか?」
 低い、背骨に響く例の声で返礼。――――また反則技を出してきたな?
 「そう、ほかに誰が?」
 見上げた。
 「…エリィ?」
 「違うよ、オマエに!」
 にぃ、とわらってそのまま受け取っていた。
 「Thank you very much,」
 「Thank you for waiting」
 酷くあまい声が落とされた。
 子羊ちゃんがそわそわしてるし、あーあ。悪者め。
 どうもありがとう、ってほかに何か意味があったっけ?
 
 「名前は?」
 「ん?」
 「The New Member of our Family」
 我が家の新メンバ、そう小さく告げて、ヌイグルミをゆらゆらと空中で泳がせていた、少しだけ。
 「May I introduce you an honorable Princess Dolphiny?」
 イルカ姫を紹介して進ぜよう、と笑って。
 「プリンセスでいいんじゃないかな?」
 とん、と柔らかなノーズの丸みを掌で抑えた。
 「Then welcome to our side, my dear princess、」
 ようこそお姫様、我らの元へ。
 ナイトよりはデュークが、ドラマライクに「プリンセス」のノーズに口付けていた。まるっきり、中世ラブロマンスの世界だね、
 仕種だけみれば。
 
 静かに抑えたざわめき、それがさあああっと拡がっていた。―――うん、トウゼンかもな。ここにも確信犯がいる。
 「カントクー、シドウ相手間違えてらっしゃいますよー」
 わらって、歩き始めた。プリンセスはトウゼン、ゾロに渡したままで。物柔らかな風情と面白がってるような気配が、このお遊びに
 付き合ってくれることを示していたから。
 「悪い、プリンスはオマエだったな、」
 声と一緒に、柔らかく肩を捕まえられて、振り向けば。
 トン、とプリンセスのノーズが口許に当てられた。
 
 「姫!」
 ぎゅう、と首を軽く抱きしめてから、ゾロにプリンセスを返した。
 「あのさ、喉渇いた、カフェに行こう?」
 「アシカのショーは1本後のにするか、」
 に、と笑み。そしてイルカを片腕に抱きなおすと隣にすい、と影が落ちてきた。
 「あぁ、ハグかキスできるやつ?子供おしのけておれ手あげようかな。“はいはい!!”」
 わらいながら、案内板のルートにそってカフェへ向かった。
 「ああ、やってみろよ」
 「調教師受けはいいみたいだからさ、」
 
 そうしたなら、にこ、と笑みを乗せてからゾロがすいすい、とプリンセスを動かして。
 「“まぁ、もう浮気する気ね?”」
 低い、甘さを乗せた声で軽口。
 「お許しください、姫」
 ちゅ、とまたノーズにキスを落として、ゾロを見上げた。
 「イルカ姫からじゃなくて、保護者から誘われたよ、さっき」
 「ああ、フレドリック、」
 「う?」
 にぃい、と口許に性質の悪い笑みをゾロが浮かべていた。
 あぁ、リップリーディング?あの距離からなら問題なく読み取れるかも。
 「結構熱烈だったな、」
 「そう、フレドリック。なんだか特定のタイプにはちょっかい出されるみたいだね、おれ」
 
 「懐かしかったか?」
 くう、と。優しい笑みがゾロの表情を過ぎっていって。おれがフレドを「どのタイプ」の人間と重ねたのか、わかっているに
 違いない。
 「まぁね?」
 だからか、素直に頷いた。
 「あのバカとは付き合い長かったし」
 「また会いたいか?」
 「ううん、なんで?」
 すい、と笑みを浮かべる。
 「言ったろ?オマエだけでいいんだ、世界中でね」
 「チャンスがあるなら、と思ってな、」
 肩を軽く竦めて、穏やかに笑みを乗せたゾロをみて、もう何度目になるのかわからない思いが溢れた。
 ―――おまえはさ、ゾロ?ほんとうに、優しいんだって。
 
 
 
 
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