とても久しぶりに、砂利がタイヤに挽かれていく音を聴いたような気がした。
4WDで乗り付けるよりはそれこそ、100年前のクルマやいっそのこと馬車が似合いそうなクラシック。
ヨーロッパの「城」よりは白亜の所為かも知れないけど厳しさは無くて、女性的に優雅、それでいて重厚。南部の豪邸、
そう聞いて頭の中で抱くイメージそのまま。
大理石の柱の間から、ドアマンが2人笑みを浮かべているのが窓から見えた。
夕日に照らされて、石が赤に染まっていた。
クルマが近付いたなら、その横から白の制服を着たポーターが別にもう一組滑り出てきてた。
「到着?」
ゾロを振り向いた。
「そう」
すぐにドアが開けられて、
それはエリィがバスケットに入ったのと同じタイミングだった。
「ようこそ、」
ポーターの微かな南部のアクセントがますますこの建物に似合ってる気がして、少し笑みを浮かべて返した。
エリィの入ったバスケットを片手にクルマから降りて、エントランスの中へと促がされる間に。キィを預けていたゾロに、
もう一人のポーターが頷いて。
白の制服と背景の濃い緑と湿気のせいで、浮かんだイメージは別の植民地。コロニアル・スタイル、とは良くいったもんだなぁ、
と妙な感想がぽん、と浮かんだ。
エントランスから中へ一歩。
一瞬、光量が落とされたロビーは暗く見えるけれどすぐに目は慣れて。
感想。
うん、ここは好きだ。素直に。
コンシェルジェデスクのある方へと進んでいったゾロの背中を少し見送って。
「あちらでお待ちになっていてください、」
ポーターが、にっこり、として。マホガニーのラウンドテーブル、それが隠れそうなバラの活けられた側を示していた。
猫足、ふうん?ヴィクトリアン・スタイルだ。
ヴァ―ミリオン、ホテルの名前の通り、濃い朱のヴェルヴェット。
座って、ゾロを待つ間に他のゲストがちらほら見えるロビーをちらっと観察。
磨き込まれた鏡、重たげなシャンデリア、華奢なイスに大理石のテーブル。
バラアレルギィのヒトなら即刻引き返したくなるほどのアレンジメント多数。
「プルーストが好きそう、」
独り言。プラス第一印象。
だってさ?おれのハス向かいのおば様は。
ティーをお召し上がりです、マドレーヌと一緒に。
そんなイメージ。
だけど、このホテルの「育ちのよさ」は押しつけがましくないところ。これみよがしな華美は皆無で。重厚すぎるインテリアだけど、
ヒトを圧倒してこないのは、コーディネータの腕が相当なんだろう、と。
ハハオヤがこういったスタイルは嫌いだったから、祖父母の家以外は縁がなかったクラシック路線。実際なかにいれば、
嫌いじゃないなあ。
「気持ちの良いホテルですね、」
ソファの横で直立不動のポーターに言ったなら。
「ええ、」
また最大のにっこり、だった。
スタッフの感じもいいし。
そんなことを思っていたなら、コンシェルジェデスクから戻ってきたゾロが、行くぞ、と軽く声をかけてくれて。
「ウン」
バスケットを下げて立ち上がった。
ゾロの後を着いてロビーを横切って。
別のエレベータから荷物ごとさっきのもう一人のポータは部屋に向かっているのか見当たらなかった。
一緒にきてくれているのは、コンシェルジェの女の人で。
クラシックなエレヴェータ、アップボタンを押してから。
「ヴァ―ミリオンへようこそいらっしゃいました、お客様をお迎えできて光栄でございます」
低い、耳あたりの良い声だった。
そして、少しサウスらしい、どこか歌うようなゆったりとした口調で。「ヴァ―ミリオン」の由来だとか内装のことだとか、
幾つかポイントをインプットしてくれていた。ゲストがステイするのに楽しい程度のちょっとした知識。
トップフロア、5階に着いて。
飾りのついた黒の鉄柵が開いた。プレウォーのビルにあるような「リフト」の、優雅なヴァージョン。
がしゃん、って響いた音はさすがに鉄だったけど。
扉から出れば、なだらかなカーブの廊下が両翼に広がっていくフロアで。先を歩く彼女の背中がほんの少し緊張している
みたいだった。
あーあ?ふうん?そうかー、残念。「兄」の方が好みなんだ。
そして、重たげなドアの前、す、と振り向いて。
プレジデンシャル・スウィートです、と。キレイに笑みを乗せてくれた。
クラシックな、真鍮の鍵を差し込んでドアを開けてくれながら、中の説明もよろしければさせていただきますが、
いかがなさいましょう?と。もうヒトツの笑み。
ゾロは、といえば。すい、と肩を竦めるとグリーンをあわせてきた。――――おれが決めるの?
ううん。
エマージェンシーエグジットだとかは、これは流石にサインがあるから分かるし。
「けっこうです、もし訊きたくなればまた明日にでもお願いしに伺いますから」
にこ、って笑みで返した。
だってさ?ハヤク中みたいよ。
「それでは後ほど、支配人がご挨拶に伺います。ごゆっくりおくつろぎくださいませ」
完璧な笑顔で、ドアを閉じると彼女はいなくなって。
荷物はもうマスタールームに一通り入れられてるんだろう、エントランスには何もなかった。
あるのは、ここも。八重咲きのバラが零れそうなくらい盛られてる水盤の乗った、テーブル。
仄暗い明るさに調整されたライトと。
寄木細工のフロア。
「ゾロ?」
「んー?」
「探検、おれも付いてく…!」
だって、面白そうじゃないか。
もちろん、視点を変えればここは。盲点が多すぎるくらいの装飾過多、なんだろうけど。
ちょっとげんなりしたみたいに壁を少し見遣っていたゾロが、振り向いて。にこ、と笑みを浮かべていた。
「あと、」
「ん?」
とん、と近付いた。エリィをひとまずフロアに下ろしてから。
「エントランスから、好み」
首に腕を回して、少しだけ身体を預けた。
「うれしい、」
「そいつは全部見てから、もう一回評価しなおしな」
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