「そうだよ?」
答えてから、コイビトを見上げた。
「なにしろ、練習台だから」
笑みを乗せてみる。
「そうでなくても、あンたリカルドには素直だろう」
座っていたバスタブの縁から。
「で?着たままでイイ?」
ひら、と袖を通したままの腕をさせる。
「モチロン。バスの中に頭を突き出しておいてくれ」
「んー、脱いだ方がラクかな」
「どちらでも構わないよ」
陶器の、多分アンティークの花器を弄ったんじゃないかな?そんなものに入れられてるシャンプーだとかそういった諸々。
それを引き寄せながらベンが返してくる。
「メンドウだから中はいっておく」
「楽なように」
すい、と手を貸されて、わらった。
「うわ、」
機嫌いいねぇ?

「アリガトな」
頬へ、キスを一つ。
これは違反じゃないよな、フォトグラファ?
「どういたしまして」
「濡らしちゃって構わないから」
バスタブの中から話し掛ける。
「ん、」
片膝を立ててそこへ頤を預けた。
「よろしくー」
「ん」

適温に調整された湯が足元を流れてって。「かけるぞ、」と一言の後に髪を濡らされる。
薄いシルクはすぐに水分を含んで重くなっていった。
「手、きもちいぃ、」
「そうか」
すい、と目を閉じる。
適度な力の入れ具合で洗われていって。微かに香料の匂いが泡と拡がる。
「ねそう、」
優しい声に言った。
「揺れなけりゃ構わないぞ、」
からかい混じり。
ちいさく笑って。手を伸ばして休まずに動いている腕に触れる。
「モッタイナイ、」
キモチイイのにね。
「寝てる場合じゃないヨ」

「痒いところはございませんか、お客様?」
「ダイジョウブです、」
笑っている声に返す。
「流すぞ、」
声がして。
何をさせても器用なコイビトだと実感する。
手で、目許に水が流れてこないようにしてくれる辺り、――――あまやかされてンだな、これは。
遠慮なく甘え倒させてもらおう。
「すきだなぁ、オマエのこと」
トリートメントを手に取り出しているコイビトに話し掛ける。
「ウン、すきだよ?」
「それはなによりだ」
「もうちょっと喜べよー」
完全に、笑みが滲んでる声に返した。
「シチュエーション的にこれ以上喜んでもなあ」
さら、と髪を撫でられる。

くくっと。笑いを小さく零してからベンが手に取っていたトリートメントを伸ばしていってた。濡れた髪が引かれる感覚に、目を開ける。
「んー、これも上手い」
毎回実感してるね、おれも。
「ほら、流すぞ」
ぺとり、と濡れた手を腕にまた添わせた。
「ローブ、気持ち悪ィ、取って…?」
笑っている声にリクエストする。
「目、瞑ってろよ」
「なんで、」
銀灰を見上げたなら。
「目に入ることがあったら痛いだろう?」
前をさらりと解いて、身体を軽く浮かさせてから濡れた絹を抜き取っていった。
片腕に少し引っかかる。ワザと曲げていたから。

「こら、」
「一回くらい、キスいいんじゃん?」
笑い混じりの声に甘えてみる。
「充血させるな、というお達しが出ている」
とん、と。唇に押しあてるだけのキスが落ちてきた。
ちろ、と舌先で唇を辿った、コイビトの。
微かに、タバコの甘い香りが残るソレ。―――美味いし…?

笑みを模った唇がそれでも浮かせられて。
「―――ちぇ、」
小さく舌打ちをする真似。
「痕付けも禁止された」
「―――ハハ、ダメ押し?」
シャワーヘッドを取ったベンに笑いかける。
さ、とまた。
直にこんどは肌を湯が流れて行った。
さらさらと梳かれながら。

「先手を打たれた」
「いつもなら、肩とかにキスしてくれてンのにね?」
いまごろはさ、とわらう。
「いくらオレでもトリートメントだらけの肌は遠慮願うぞ」
「愛とはそれこれ別、ってな」
顔を洗いなさい、とやんわり促がされて軽口で返してから。
身体の表面をさらさらと滑る掌にひっそりと笑った。
「洗ってくれても、なんも無しなのに」
それでも、肌を伝わって体温と、あとは。
大事にされてる、ってことが伝わってくる。扱いが、丁寧なのはアタリマエだと思っていたけども。
些細なようでいて、乖離した違い。

「なにかを返して欲しいから、することじゃないだろう?」
酷くやわらかな声が告げてくる言葉。
「オマエを逃すなんて、馬鹿な連中は世の中にいるモンだね、」
く、と。
笑みを乗せて見上げた。
「まぁ、」
誰かのでも?問答無用で浚ってたけどさ、と。付け足して。




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