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 オレを逃す、ねえ。
 シャワーを止め、シャンクスの濡れた肩口に口付けを落とし。ハンドタオルを取って、一度絞った髪に当てる。
 ぴくん、と僅かに跳ねていたシャンクスの身体が、すぐにリラックスしていく。
 髪から水気を拭い取る様にタオルごと軽く絞り、そのまま頭を包む。
 今度はバスタオルを出し、濡れた肌から水滴を吸い取っていく。
 「ステディな関係を築こうとは思っていなかったからな」
 きらっと光を含んだ翠がじぃっと見詰めてくるのに笑って返す。
 「逃され続けたというよりは、オプションになかったよ」
 誰かと共に、先を歩こうなどということは。
 
 すい、と首を少し傾けたシャンクスの身体を、バスタブから抱き上げ、フロアに下ろす。
 そのまましゃがんで、足の指先まで拭っていく。
 「恋愛ゲームに興味がない。それは今も同じかな」
 立ち上がりながら、シャンクスに笑いかける。
 壁に手を伸ばし、新しいタオルを取って腰に巻いてやる。
 「ふぅん、」
 「アレの基本は、追われ追いかけ、試し試され、だろう?」
 す、とシャンクスの腕が伸びてき、さらりと肩を撫でられた。
 「それのどちらにも興味がないからな、オレは」
 リカルドの恋愛不能も酷いが、オレも自分のことは言えない。
 
 「あンたを愛しているが、あンたと恋をしているとは思わない。酷いオトコだろう?」
 笑いかける。
 シャンクスが、にぃ、と笑った。
 そんなことは了承済みか?
 「少し待ってろ。ローブとスツールを持ってくる。そうしたら、髪を乾かしてやるから」
 見上げてくるコイビトの額に口付けを落として告げる。
 すい、とシャンクスが顔をずらし、喉元を齧ってきた。
 ふ、と笑いが零れる。
 
 オレはあンたを追いかけたり、あンたに試されたりはしない、が。これだけ、なにかとしてやりたくなるのは、あンたにだけだ。
 義務でもなんでもなく、ただしてやりたいからというだけで。
 そういう意味では、あンたに恋をしているのかもしれないな。定義が足りないのかもしれない。
 
 するりとシャンクスから離れ、ベッドルームに向かう。
 リカルドが既に整え終えたメインの舞台は無人で、クロゼットの中の棚から新しいバスローブを下ろした。
 それから、ダイニングにあった電話台のスツールを取り、バスルームへと戻る。
 窓の方を向いていたシャンクスの背中に、戻った、と声をかけ。スツールを置いてから、バスローブを広げた。
 「ほら、着ておけ」
 ふい、とシャンクスが笑いかけてき、さらりと腕を通した。
 湿っぽいバスタオルを腰から落とし、前を結わいてやる。
 
 「構いたがりではあるよな、」
 曇り止めが塗られたミラーに向かって腕を取って座らせ、それから鏡越しに柔らかな声で語りかけてきたシャンクスに口端を
 引き上げてみせた。
 「ここまで構ったことはないぞ」
 ああ、死んだ妹は別だが―――あれは愛情半分、義務半分。
 「そ?…ウレシイネ」
 鏡越しに翠が合わされ。にこお、と微笑まれた。
 露な耳朶に柔らかく口付けを落とし、それから髪からもタオルを落とした。
 「しまった。リカルドからクリップを貰い損ねた。水もついでに取ってこようか」
 一瞬目を伏せたシャンクスの濡れた髪にも口付ける。それから手櫛で、緩く根元を落ち着けさせる。
 「いらない、」
 甘い声。
 「アイスキューブ?」
 首を横に振ったコイビトの背中を撫でてから、クリップを取りに戻る。
 
 リヴィングでは、ソファに衣装を着る順番から置いていっているリカルドがいた。
 「リカルド、クリップを貸してくれ」
 「ああ、そこのボックスに放り込んである。カールブラシも買ってあるぞ。使うだろう?」
 「さすがの“趣味”だな」
 クリップを5つシャツの裾に留め、まだラッピングされたままのカールブラシを取った。
 「ドライヤーはここので十分だと思う」
 近寄ってきたリカルドに渡されたのは、ストレート用のヘアムース。
 「了解」
 受け取って、頷く。
 変なデザインは無用ってことだな。
 ごち、と腕を拳に押されて、送り出された。
 
 バスルームに戻り、ブラシとムースを洗面台に置いてから、ドライヤーを引き出しから取り出す。
 ああ、用は足りそうだ。
 「お待たせ」
 「んー、」
 すい、と鏡越しではなく、シャンクスの視線が合わされた。
 唇にプレスするだけの口付け。それを落としてからヘアムースを髪に馴染ませ、元から置いてあったブラシを取り上げた。
 吐息だけで笑ったシャンクスの顔を鏡に向きなおさせ、タオルドライした髪を梳く。
 それからクリップで、上のほうだけを留め上げ。ブラシを取り替え、ドライヤーを作動させた。
 
 「妙にプロっぽい、」
 軽くドライヤーを当ててから、ブラシを当ててブローしていく。
 「パーマとかはできんぞ」
 くくっとシャンクスが笑う。
 「ああ、でも。編み込みならできるが」
 鏡越し、一瞬だけ目線を合わせる。に、と口端を引き上げながら。
 にぃ、と笑みを返されながら齎された言葉、“絶対タノマナイ”。
 くくっと笑ってから、髪を乾かすのに専念した。
 インタビューで理容師と仲良くなったときに教わったことが、妙なところで役立つ。
 シャンクス以外を相手に、こんな手間のかかることをしたいとは思わないが。
 
 
 
 
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