「闇は優しい、」
愛しんででもいるような声に、眼差しをあわせた。
「オマエは何が撮りたいんだ、」
少し笑んでいるようにもみえる、沈みかける姿に問い掛けた。
「アンタを、シャンクス」
「オマエに恋してるかもしれないのに、」
す、と眉を引き上げてみせる。
「無駄と知りつつ、誘惑してみようか」
「疲れるだけだよ、」
「あぁ、もうー、少しはジョウダンに付き合えよ」
くくっと笑ったフォトグラファに返す。
笑い声、混じり。
「オレの恋人、アンタも知っているハズだ」
低く笑いながらリカルドが言う。
「世界の全て、とか言うなよ」
片手を僅かに上向かせる。
「そうだよ、」
僅かに焦がれた声。
永遠の片思い、近付いたと思えば遠ざかる影。
「伸ばした腕は…?」
問いを返す。
「届くよ。ただ全部は掴めない。だからこうして切り取っていく、いつか総てを手にいれるために、」
真珠と金、ボタン代わりの装飾をひとつ外す間に答えられた。
「ロマンティストだね、オマエはほんとうに」
「恋をしているからね」
くく、と低い笑い声。
「恋するバカは嫌いじゃないよ、むしろ好物」
する、と。
二つ目の金の粒が金糸でかがられたボタンホールを滑っていった。
レェスで邪魔されて、指先の感覚だけで外すうちに。
「馴れ合うのは好きじゃない、」
溜め息と一緒に齎される。
「真剣勝負なんだろ、」
それに、と付け足した。
「オマエは、おれのことが好きなんだから、多少手加減してもショウガナイだろ」
笑み、それを浮かべる。
「…オレを誘惑して、どうしたいんだアンタ、」
「レンズ越しにオマエを見たいだけ、」
からかう声に返す。
「アンタに落ちなくても、怒らないか?」
「そこまでコドモじゃない、でも」
すい、と一歩声に近付いた。
「撮り終わった後でも、サーヴィスのキスされたらむくれるぞ」
「オレ、アンタにサカラナイから」
「じゃあ、なに?」
素の表情を晒す。
「親愛のキス、でイイ?」
「心から、」
目を見つめた。
「オレ、多分。アンタを愛せるよ。大地を愛するように。空を愛するように」
柔らかな声が返される。
「それ、オマエの好きなものだね、」
甘くはならない声に、微笑みかけた。
「そうだよ、」
「地面とはキスできないね、」
「できるよ。ただお返しがいらないだけ、」
ふわ、と。一瞬ひどく幸せそうな表情を浮かべていた。
「オマエのキス、好きだよ。いままでのよりも、じゃあきっともっと好きになるな、」
なぁ、ちょっとだけでいいからこっち来い、と。強請った。
少し、立ち位置が近付いた。
「この位置から始めよう。最後に近付いたところで、オマエがおれに触れたくなったら終わり」
「了解」
「いままでも、オモシロカッタ」
オマエ、剥くの巧いね、と。
半ば本気で告げる。
「カメラマンだからね」
に、と笑い返され。
「じゃ、おれも。本気出してオマエのこと見せてもらう」
ぺろ、と。唇を濡らす。
「オレがアンタを撮ってるのに?」
「共鳴しなくてどこがオモシロイノダ!」
くく、と笑っているカメラマンにアントワン流の抗議。
「鳴らしてみろよ、おれ一流の楽器だっての」
ご存知?と問えば。
「ん、」
短い同意。
「イイ声だよね、」
そうリカァルドが笑った。
―――はァん??
「―――知ってンの…?」
「何夜一緒だったと思ってるんだ、」
「……まぁ、そりゃ―――」
だって、オマエぜったい寝てると思ってたし?
「3指に入るだろ、」
に、と笑み。
「んー…そういう意味じゃ解らないな、」
「―――ちぇー、」
「でも、さ」
イイ悪いがわかって解らないってのはどうなんだ、と文句を言いかけて、引っ込めた。
「―――なん…?」
「愛し合ってンだな、って解る声だった」
ああくそ。勝手に頬の辺りが熱いぞ。
なんだってンだ、くそ、これはおれ照れてンのか?!
「―――気持ちいいもンよ」
ひどくやわらかい笑顔でシャッターを切っているリカルドに返せば。
「それとはトーンが違う、」
「解らないって言った癖に……!」
ひらひらと顔の前で手を振った。
「こんな顔は撮らなくてイイ!コンセプトが違うだろ!」
「合ってる。アンタを撮るって言ったろ?」
「頑固カメラマン、」
やさしい声に文句を言った。
「アンタを撮りたいから、」
ふんわりと微笑まれ、続くはずだった言葉を引きとめた。
―――わかってる、惚れてるヤツにはおれは弱いんだ。まるっきり。
「惚れた弱み、イイよ。許すって言ったし」
その代わりさ、と首を傾けた。
「ん?」
「たまぁにでいいから。どれくらい好きか途中で教えろ」
おれのことな?と笑みを浮かべた。
溶けそう、ってヤツ。
「ん。じゃあ一つ目」
「うん?」
さら、と肌の表面を流れる水みたいに、声が届く。
「甘くて美味いよ、アンタの声。オレには鳥の囀りに聴こえた」
「気に入った、」
目を閉じる。
指先で真珠の飾りボタンを外し、シャッターが同じタイミングで聞こえた。
「イイって意味、理解した?」
頷く。
「下手に褒められるよりイイ」
ふ、と息を吐く。
「ん、」
「オマエがほんとに好きだよ」
「ありがとう」
どんな顔を自分がしているか、はどうでもいい。
穏やかに嬉しそうなリカルドの声で十分だ。
ぱらぱら、と。宝石の飾りボタンが合わせを離れて行く。
「いまはどんな気分?」
「幸福、」
すい、と目を上げる。
「例えるなら?」
「ただの、エピキュリアンに戻ったみたいだね。シャンパンの泡」
とろり、と笑みを浮かべてみせる。
「何がアンタをワインに変えるの、」
「熱情、おれには無いから」
向けられる想い、それを喰うから、と。
歌うように告げながら長いジャケットの前を外し終える。
「オレじゃアンタを変えられないね」
アンタに向ける熱情はないから、と真摯な声が続ける。
「リカァルド、おれを通してでもシャシンにはそれを持っているだろ?……だからいいんだよ」
現代のヴァンパイアとしては。直接でも間接でもエサは獲らないとね、とわらった。
「直接は、あの頑丈なのからいまのとこ貰ってるから」
くく、と。喉を反らせて笑う。
「―――うん。いい顔」
「だから、オマエとはおれ。生涯初のプラトニックでもいい、」
「オレを愛してくれてありがとう」
柔らかな笑みに。
心臓が痛くなる。
「…ウン、」
微笑んで。返した。
「愛情ってどうやって図ってるか知ってる?」
首を傾けた。
「試さずに、ってこと」
「温度だよ」
「温度?」
言葉を繰り返した。シンプルな答えに。
「そう。親子でも、友達でも。もちろん、恋人でも」
ジャケットの襟元を寛げる。
僅かに引いて。
「手でも握る?」
「イラナイ」
即答だった。
「それなら隣に立つとか?」
温度の計りかたなら。あとは何があるかな……?
「心で計るんだよ、シャンクス」
柔らかに暖かい、そんな声が告げる言葉に。右手を心臓の上にあてがう。
「苦手分野、」
そう言って苦笑した。
「駆け引きナシで、ゲームじゃなくて。ソレは難しい」
「ん、眠らせてたもんな、」
優しい声だった。
ひどく。
そして、あぁこのオトコはそういえばコイビトの親友じゃないか、と。何度目かに思った。
似てる、やはりどこか根底が。
「でも、それは習得しない方がいいかもしれない」
片袖を抜く。そしてもう片方も引いて。
「結構痛いもんナ、」
また、ふわりと拡がる香りと同じくらい微かに、リカルドが笑みを過ぎらせていた。
「いや?やさしいおれなんて、気味悪ィ、」
口調を軽くする。
「おまけに、無駄な人死の元になりそうな気もする」
「さっき、アンタがオレを好きだって言った時。あったかかったよ、」
「―――それを伝えるのは、オマエらだけでいいよ」
微笑んだ。
「十分、」
「なんで解るか知ってる?」
「んん?」
目で、教えろ、と促がす。
「オレたちはね、アンタの殻を好きなわけじゃないから」
ふわ、と。
何かに満たされた。
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