| 
 
 
 
 重い、ダマスク織りのベッドカヴァが乱れた上に寝そべって葡萄に手を伸ばした。
 銀の皿に盛られたソレ。
 ボルドーの果汁が散る懸念はゼロ、果実は透明な翠をしている。
 脱ぎ散らかした衣装は、フロアや椅子にあった。ジャケットは椅子あたり、重たげなベストはフロアに落としてた。
 ベストを飾っていたジュエリーは面倒でベッドの上に取り落としていた、先に。
 腕を上向ければ、留まることを知らない袖がレェスの重み、馬鹿げた表現でもまさにそう、それの所為で肘近くまで滑り落ちてきた。
 薄皮が弾けて、甘味が広がる。
 
 「―――いるか……?」
 フィルムの巻き上がる音がしたから、リカルドに言った。
 僅かに、肩口から仰ぎ見るように。
 「イラナイ。ああ、でも。水は飲みに行きたいかな」
 「きゅーけー?」
 あっさりと返す声に少し笑う。
 「ん。フィルムももう少し持ってきておきたいし」
 半身を起こした。
 手招き。
 「リカァルド、」
 「ん?」
 「ブレイク?」
 す、と微笑みかける。
 「そう。ブレイク」
 
 軽い足取りで近寄る姿を見上げる。
 「我慢してたんだ、」
 ゆっくりと腕を伸ばしてみる。
 「我慢してたというより、フィルムが切れて気付いた」
 「そう?でもね、おれが我慢してたんだよ、」
 「シャンクスも欲しい、水?」
 すい、と肩を竦めるリカルドにまた目許でわらってみせる。
 「ハグ、あと、できればキス。―――くれ……?」
 水よりそっちがイイ、と答えた。
 「顔変わっちまいそうな気がする。どっちもまだ我慢してくれないかな、」
 「渇いたまま、か」
 首を傾ける。
 リカァルドと、ベンと、アントワン。
 この3人にだけ通用しない表情を付けてみても。
 やっぱりなァ。―――動じやしねェ。
 
 「喉を湿らすのはいいけど、まだ潤ってもらったら困る」
 「仰せのままに、一歩間違うと発情しててもオマエ別モノ撮るんだよナァ」
 にぃ、と。唇を引き伸ばした。
 「渇いているなら、渇いたままのアンタを愛するからね」
 苦笑気味の笑みを浮かべてみせても、カァワイイだけだよ、リカァルド。
 おれを潤すのはオマエのすることじゃない、とでも?
 
 「じゃあ、せめて」
 リカルドの左手、触れる、触れない、空気だけを介するギリギリの距離に、手を近づける。
 じ、と双眸が見下ろしてくるのを見つめた。
 「掌くらい、くれ…?」
 「―――ん、」
 目を細める。
 ひょい、と。手が差し出される、それを同じように軽く取って。
 一瞬だけ、頬で触れた。
 「―――アリガト、」
 する、と身体を離す。
 「ん、」
 
 そのまままたベッドに身体を落とした。
 「じゃあ行って来る、」
 声に、ひら、と手を振った。
 「待ってる、」
 唇に音を乗せる、小さく。
 「ん、」
 息をついて、瞳を閉じた。
 リカルドが、開けっ放しのドアを抜けて行く気配が伝わった。
 ―――一1人になる。
 
 葡萄を房から取り。指先に摘み。
 口に含む。
 距離は、近付き、また離れて。けれどすぐに間近に眼差しが感じられて、―――進展はとても静かだ。
 カラヴァッジオでも描いていそうなセッティング、赤の部屋に夕闇と惑わすニンゲン。乱れた絹。けれど、リカルドの眼は別のものを
 視ているんだろう、きっと。
 果汁に濡れた指先を舐めた。
 ―――甘い。
 
 渇きと餓え。慣れきったもの、内にあってアタリマエ過ぎるモノが。
 ゆっくりと表層に現れかけては、また宥められて沈み。いまは、手で触れられるところに在る。尖った牙を指先で撫でられるほどに。
 舌先でその冷たさを味わえるほどに。
 息を吐いた。
 窓からの風が部屋の空気を僅かに揺らして行き、耳が、勝手に。
 遠くで鍵の開かれる音を拾い上げた。
 ―――あぁ、戻ってきたんだ、アレが。
 
 渇きが、じわりとまた押し上げられる。
 ちろ、と。蛇の舌、それが這うのと同じように埋火めいた渇きが、また容を露にしていく。
 薄く笑う。
 あぁーあ、どうしようもねぇのな。
 暗い部屋の中で。恐怖と絶望だけを感じ続けるよりは、無理にでも自分のなかから引き出したモノ。嘔吐しようとするよりは、
 細く鼻にかかったような声を上げればいい、腿で腰を挟むようにすればハヤク終わり―――
 移ろいかける思考を切り離し閉ざしていた視界を取り戻せば、部屋は夕暮れにすっかり沈み込んでいた。
 「人肌恋しい、っての」
 蕩けるような快楽が。
 独り言。
 片肘をついて、葡萄を房から千切っていたなら、すい、と気配が戻ってきた。
 銀盤のうえに、粒を落とす。
 楕円の翠が幾粒か縁から落ちそうになるまで転がった。
 見遣れば、リカルドはまたカメラのセッティング中だった。
 
 「随分、暗くなってきたね」
 オカエリ、と声を掛ける。
 「ん。いい時間だね」
 「気が合う、おれもこれくらいからが好きだよ」
 一瞬、リカルドが顔を上げて目線をあわせ。笑みで返す。
 そして、またすう、と静かなソレは落とされてどうやら準備は整ったみたいだった。
 「リフレッシュ完了?」
 訊く。
 「ん、」
 「じゃあ、続きをしよう」
 あまい声が零れていった。
 おれにもっと、オマエをみせてくれよ……?
 
 
 
 
 next
 back
 
 
 |