フロントに花束を預け、明日ギフトが届くことを告げる。
大量の荷物をポータァが全部引き受けていき、手許には1輪のドーヴと鍵だけが残る。
携帯電話の方に花が活け終わったら連絡をいれるように手筈を整え、部屋に戻れば。
リカルドがなにやらワインボトルとゴブレットを持ったまま、ベッドルームの方へと消えていくところだった。
小休憩、というところか。
背中が日常を拒否していたから、敢えて声をかけずにいた。

ベッドルームへのドアは開けられたまま。
広い空間なだけに、キッチンで作業している音は多分、二人には届かないだろう。
ステレオやテレビは厳禁、と。まあ、いいけどな。
食材をポータァに運び入れさせてから、水差しに水を入れて淡い紫のようなピンクのようなドーヴを挿す。
トニックウォータを冷蔵庫に入れ、柑橘類を仕舞ってから、材料をテーブルの上に並べた。
手を洗ってから、調理器具の用意。
さて、なにから作ろうか。

今夜のメニュウは、アスパラの冷製スープ、トマトのニョッキ、グリーンサラダとスパイスチキン。デザートには、ライチのゼリー。
いまリカルドが出てきたというからには、多分静かに作れ、尚且つさっさと冷蔵庫に仕舞えるスープから始めるのがいいのだろう。
その後に、チキンにスパイスを仕込み。それからニョッキを練り。ライチのゼリーを作ってから、トマトソースを仕上げ、サラダを作る。
ワインでも飲みながらのんびりとやろう。

最初にグリーンアスパラを塩茹でにする。
飾り用に穂を残して、残りを細かく刻む。
タマネギを低温で色がつかない様にとろとろになるまでバターで炒め、とろみを出すための小麦粉をふるい入れ、さらに炒める。
その脇で湯を沸騰させておき、固形スープを溶かしておく。本来ならしないことだが…まあ仕方がない。
タマネギと小麦粉を炒めたところにアスパラの刻んだものを併せ。少しずつ、熱いスープを足していく。
全部入れたところでとろみが付くまで煮て。塩、胡椒で味を一旦調える。
オーソドックスな手回しの漉し機が完備されているのは、多分、ファッションのつもりなのだろう。
遠慮なく使わせてもらうが。

そうして細かくしたところで、今度は裏ごしをする。
中身をボゥルに入れ、氷水で冷やし。
温度が十分に下がったところで、生クリームと牛乳を加える。
味見をして、さらに塩胡椒で味を調える。
シャンクスが告げた通りのレシピで、出来上がり。
食べる前によそった器に、穂を浮かせれば、パーフェクト。
ボウルにラップをかけて、冷蔵庫に仕舞っておく。

次にチキンの下準備。
レッグの間接のところで2箇所に切り込みを入れ、骨に沿って切り込みを入れる。
パプリカ、カイエンヌペッパー、チリパウダ、塩、胡椒、ニンニクの擂りおろしを混ぜ合わせ、それを鶏肉にすり込んでおく。
それで下準備は終了、あとはオーブンで焼くだけだ。

ワインを開けて傾けながら、ジャガイモを茹でにかかる。
串を通してすんなりと通るぐらいで引き上げ、裏ごしをする。
そこへ、卵と強力粉、塩、ナツメグを加え、よく捏ねる。
大理石の調理台に強力粉をふり、捏ねたそれを棒状に伸ばし、3センチほどにナイフで切っていく。
切ったものを、掌でくるりと丸め、フォークで火が通りやすいように筋をつける。
粉をふったバットに、出来上がったものを入れ、冷蔵庫にラップして放り込んだ。
これでニョッキの出来上がり。
先にライチのゼリーを作ってから、ソースを作りにかかろうか。

ベッドルームからは相変わらず、静かになにか指示を出しているらしいリカルドの声と。次々と焚かれていくフラッシュの光り。
そんなものが漏れ出ていた。
楽しそうな空気だ。真剣ではあるけれども。

冷蔵庫からライチを箱で取り出し。皮を剥き、種を薄皮ごと外す。
洗っておいたミキサーに放り込んで、ハンドルをゆっくりと回し。
出来上がってきたものをゆっくりと濾す。
粉のゼラチンをぬるま湯でふやかしておき、ライチのジュースを琺瑯の鍋に入れて火にかけ、グラニュー糖を加える。
ふつ、と泡立ち始めた頃に火を止め、ゼラチンを加えよく溶かし込む。
そこへ炭酸水とライチのリキュールをいれ、氷水を張ったボールでとろりとしてくるまで鍋ごと中身を冷やし。
固まりきる前にシャンパングラスに流し込んで、バットに入れてから冷蔵庫にラップをして入れる。
グラニュー糖を水で溶かし、シロップを作り。その中にもリキュールを少したらしておいて、ミルクソーサに入れてラップをしておく。
こちらは常温で放置しておいても問題はない。
あとは食べる際にシロップをかけ。ブルーベリーとラズベリーを適当に散らしてからミントを乗せたら出来上がりだ。

最後に、トマトソース。
こちらは湯剥きをしてから種を取り。ザク切りにしておく。
次いでタマネギとニンジンをみじん切りにしておき、それをオリーブオイルで色づき始めるまで炒め。
その中に切ったトマトを放り込んで、よく炒める。
そこへ固形スープを溶かしたものと、白ワイン、月桂樹、オレガノを加えてよく煮込み。塩、胡椒で味を調えておく。
食べる際に、ニョッキを茹でている間に、生クリームを加えて再度味を調え。
茹で上がったニョッキに半分をかけ、よく絡めてから皿に盛り、残りのソースと刻んだバジルと、おろしたパルメザンチーズを
ふり掛ければ終了。

散らかしたキッチンを片づければ、夜も7時を過ぎていた。
連中はまだ出てくる気配がない。
グリーンサラダはいつでもできるからいいとして……携帯電話にコール。
ああ、花が出来上がったか。
随分と時間がかかったなと思えば、どうやらアレンジャーを呼び寄せていたらしい。
そんなことを電話で言ってくるのに礼を述べてから運び込ませた。

丈の低い、両脇に取っ手の付いたアラバスタの花器に、零れるように七分咲きの薔薇が活けられていた。
甘い白に映える、3種類の薔薇。
グリーンのアレカヤシや、イタリアンルスカス、ナルコランを下敷きにしてあり。
ヒトコトで告げるなら、ゴージャスにシック。
淡い色合いのジュリアやドゥ・ゴールを際立たせ、鮮やかなラブ・ポーションを目立ちすぎないように纏めていた。

リヴィングのサイドテーブル、置いてあったセーブルの磁器を退かさせ、そこに置いていた。
マホガニーに栄える鮮やかなフラワァディスプレイ。
「テキーラとかを混ぜていらっしゃらなかったのがよかったです」
とは、アレンジャーのコメント。
「部屋が落ち着いているからな、あまりに明るい鮮やかな華だと浮くだろう?」
笑ってチップを多めに弾む。
「ダブルエックスのように鮮やかなブルーも捨てがたいのですが、咲き終りがどうしても寂しくなりますからね」
「その薔薇は知らないな」
「ダッチローズなんですよ。新しい品種ですね。使うのが難しい華なんです」
「ああ、存在感が大きいんだな」
ベッドルームで被写体となっているコイビトを思う。
「腕を試されます。この度はありがとうございました」

にこ、と笑ってアレンジャーが帰って行った。
名刺が置いていかれないのは、さすがヴァーミリオンの最上階なだけある。
オトコが出て行き、花束に目を呉れてから。
資料を読みながら、軽くチーズとワインで腹を満たす。
いくらなんでも、撮影は零時までかからないだろう。
休息を取りながら、ラップトップをダイニングのテーブルに引き出し。仕事を片づけ始める。
再来週には一度、サモアに行く予定が入っている。
できるだけのことは、先に終わらせておきたかった。




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