仕事の途中でゴハンを食べたくなり。支度しておいたチキンを焼いて、サラダと一緒に腹に収めた。
気分転換にシャワーを浴び、外に出しておいたシャツに着替え。
締め切りの近い仕事を、結局なんだかんだやりながら、2本ばかり片づけた。
ワインのボトルが1本空き。クリスタルガラスの灰皿に、煙草が1パック分、灰になっていた。

人の気配に気付いたのは、ラップトップのモニタの中で時計表示が10:23を示した時で、振り向けばリカルドが静かに見詰めて
きていた。
「休憩か?」
「いや―――終わった」
「そうか」
立ち上がる。
「オマエは…本当に流されないな」
リカルドに言われ、肩を竦めた。
「そうでもないとオレは思うが」
「ん…オレ、オマエも撮りたいかも」
「今日?」
「いや。いつか…今日はもう、な」
「珈琲でも淹れてやろうか。メシは?」
キッチンに向かおうとすれば、近づいてきたリカルドに腕を捕まえられた。
「いい。それよりも」
「ん?」
「シャンクスを」
とん、とベッドルームの方へ押しやられる。

「バテてるとか?」
軽口で振り返れば、リカルドが小さく笑った。
目線が酷く甘い。
「リカルド?」
「オレはシャンクスを愛してると思う」
静かに告げられた。低すぎない声、とても真摯な。
「キレイだろ」
微笑を返す。
「ん…根本が」
「いいんじゃないか?」
笑ってリカルドの肩に拳を当てる。
「ん」
リカルドが、小さくまた笑った。
「でも、ベン」
「んー?」
黒い双眸とかち合う。
「……ん、イイ」
「なんだよ?」

ふわりと笑ったリカルドに首を傾げると。親友は、くしゃりと髪を掻き上げてから、ぽつりと言った。
「オレはオマエの在り方が好きだ」
「―――リカァルド、」
「ん。シャンクスが焦がれる気持ちが解る」
くす、とリカルドが笑った。
「オマエはきっと。大地みたいなモノだ。揺らがない存在」
「んん?」
「安心する、オマエが在るだけで」
「…リカァルド、」
「シャンクスは、生まれたてみたいだよ」
ごち、と背中に当てられたリカルドの拳。
「とてもキレイで柔らかい」
ふわりとリカルドが笑う。愛情に満ち溢れた眼差し。

「一緒に居るか?」
訊けば、リカルドが首を横に振った。
「きっとシャンクスは、いまはじめて地面に足をつけたんだ。だから、キチンと立てるまで、オレが側にいないほうがイイ」
「まるでインプリンティングみたいだな」
雛の刷り込みのような。
リカルドが笑って、小さく頷いた。
わかったよ。オマエのカンがそう言っているんだな?

「また後でな」
ひらりと手を振った。
リカルドが、頷く。
「My soul walks with you」
背後からかけられた言葉に笑った。
―――“オレの魂はオマエと共に在る”。
「I have trust in you, my friend」
“オマエを信じているさ、親友”。
そう言葉を残して、ライトの照らされたベッドルームに足を踏み入れる。

暗闇が満ちた場所に、切り開くように照らされた空間。
甘い白のリネンに、蹲る赤。
近寄る。
腕で軽く目の辺りを覆っているコイビトを見下ろす。
柔らかな風情、“生まれたて”らしくふわふわとしている。
笑みが勝手に口端に刻まれていった。
シャンクスが静かに長い息を吐いた。
「“愛された”みたいだな、あンた」
ベッドの脇に腰をかける。
「リカァルドは…?」
小さな声、腕で目許を覆ったままのコイビトの口から零れる。
「向こうにいる」
ドア口の方に目線を向ける。
胸元のポケットに手を差し込み、煙草を1本取り出す。
「リカルドの方がいいなら、呼び戻すぞ?」
咥えながら、シャンクスに視線を戻す。

「ミズ、ほしい。呼んで…、」
柔らかな声。シャンクスの腕が外され、腿のあたりにそれがするりと伸ばされた。
「待ってろ」
笑って、立ち上がる。
す、とシャンクスが閉じていた目を開き。翠が赤の間から覗いた。
ひら、と煙草を挟んだままの手をひらめかせ、ベッドルームを出る。
ダイニングを覗けば、リカルドは既にそこにはおらず。サブ・ルームを見れば、ベッドに横になって眠っている姿が在った。
「リカルド?」
返事はない。
近寄って覗き込めば、静かな寝息が聴こえてきた。
―――――エネルギィ切れ。

ダイニングに戻って、冷蔵庫から水の入ったジャグを出した。
タンブラも戸棚から取り出し、ベッドルームに戻る。
ベッドサイドで水を注ぎながら、シャンクスに報告。
「リカルドは寝てた。あンたも寝るか?」
「“おれ”を撮る、って言ったんだ」
くう、と翠が見上げてきた。その前でタブンラの中の水を揺する。
「撮ったんだろう?」
「オマエといるおれがいないと、ホントウじゃないのに」
す、と目を一瞬閉じていた。
「足りないと思ったら、後で戻ってくるだろう」
緩くグラスを頬に押し当ててやる。
「ひとまず、あンた、強敵だったらしいな」

僅かに幼い、柔らかい風情を残したまま。シャンクスが僅かに、水の冷たさに反応していた。
「リカルドが目覚めるまで、そのままで居たいのなら。オレは向こうに戻ってるぞ?」
ゆら、と開いた翠が見詰めてくるのに笑いかける。
「オレは日常を引き摺っているらしいからな」
肩を竦める。
「―――ベン、」
小さい声が呼ぶ。目線は合わされたまま。
「ん?」
「寝たままじゃ、ミズ飲めない」
煙草のフィルタを噛んで、シャンクスに片手を差し出す。
「起きるのか?」
する、と僅かに先端が冷えた指先が、差し出した掌を滑っていった。
「オマエの腕は、気持ちいいから、」
柔らかなままの声。手首をやんわりと掴まれる。

タンブラを一度サイドテーブルの上に置き。咥えたままだった未点火の煙草を、その脇に置いた。
「抱きしめていようか、」
空いた指先で、頬をなぞると、腕が伸ばされた。
「起きるのか?寝たままがいいのか?」
屈んで目を覗き込む。
いろいろな感情が過ぎっていく目。
すう、とシャンクスが口許で笑い。半分起き上がって、する、と胸元に身体を寄せてきた。
抱き寄せながら、再度ベッドに腰掛け。タンブラを引き寄せる。
裸の上半身、背中のラインがきれいに陰影を浮かばせていた。

「El agua de la vida、」
耳元に言葉を落とす―――命の水。
意味は多重、だ。
「Usted quiere beber, hacerlo no? 」
飲みたかったのだろう?と訊けば。
肩口に額を預け、シルクタフタのシャツの感触に微笑んでいたコイビトが、眼差しを上げた。
「Lo refrescara. 」
リフレッシュするぞ、と笑いかける。
片手を伸ばしたシャンクスに、タンブラを口許に添えてやる。
もう反対の片腕は、背中にやんわりと回されたままだ。

唇を濡らす程度だけ飲んだコイビトに、もう少し飲みなさい、と告げる。
甘えるように首を横に振り、胸元に顔を埋めてきたシャンクスの髪に口付けを落とす。
「醒めやしないぞ?」
「渇いたままでいい、」
からかう口調で囁けば、甘い声が返された。
「シャンクス、」
呼びかければ、胸元に顔を埋めたままのシャンクスが、僅かな声で“―――――Si?”と返してきた。
タンブラをサイドテーブルに置く。
両腕で抱きしめた。
身体の力を抜いて、しなやかに体重をかけてきたコイビトの髪を撫でる。

さら、と背中を指先で撫でていく感触に目を閉じた。
「Espero que este mundo no fuera tan malo como usted habia pensado antes. 」
―――あンたが思っていたよりかは、マシな世界であったことを願うよ。
いま、この瞬間。
この場所が。




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