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 指先から容を無くしていく幻覚、いつかみたときとは違ってひどく穏やかにあまかった。
 境をなくし、溶け入り。体温と同じだけのなかに消えていき、ゆら、と。意識が漂うかと思う。
 掌、唇、指、腕、肌に触れる髪。なにもかもが、溶け入る。
 あたたかな中に、沈みかけても。同じだけ穏やかに引き上げられる。意識の表層、それがあまく鳴いて。
 
 伝わるものがある、言葉の容を借りて深くまで。
 深くを、鳴らすものがある肉体の形を取って。
 内に溢れた愛情、わけあって充たされたのは確か、けれど。その穏やかなものを感じてはいても、この存在に焦がれた、さっき。
 
 片腕を引き上げ、背中を辿る。
 抱きしめたかったもの、だ。
 唇から音が零れていく。ただひとりに向かって。
 
 愛している、と囁きを落とされる。
 その言葉は、水とおなじだけ“あまい”。
 手を伸ばし、在ることを確かめるより先に、伝わるものを信じる。オマエが“ここ”にいて、―――この世界はそれほど酷い場所
 じゃない、かもしれない。
 
 ちり、と。身体の奥を低く灼き続ける焔、それが煽られても。
 吐息に混ぜて、色を乗せていくのに任せて名を呼んだ。
 容のあることを確かめながら、鼓動を直に聞くほど引き寄せる。
 上がった体温が流れ込む。
 胸元に唇を寄せ、シェルのボタンを歯に挟んだ。
 ―――ジャマ。
 合わせ目から覗く肌に口付けた。
 
 指先が肌の表面を辿っていくのを感じ。
 もういちど口付ける。僅かに遠ざかり身体を擡げたコイビトが顔を覗き込んできた。
 眼差しを上げる。
 すう、と過ぎる微笑に迎えられて、なにかが容を取り始める、深くで。
 
 「―――忘れないよ、」
 銀灰が、柔らかく眼差しを蕩けさせた。―――返答の代わりに。
 「刻み付ける、けど―――」
 もう一方の腕をリネンから引き上げ。こめかみから黒の中に差し入れる。
 やんわりと引き。吐息の触れる距離まで。
 スティール・グレイ、冬空めいた冴えた色合いが、裏腹に柔らかで暖かいことを確かめる。
 「オマエがおれの中に触れても、それは傷にならない、」
 囁きにもなれそうにない音。
 どこかが掠れる。
 
 そう、っと。心臓の上に手で触れられた。それだけで、鼓動が跳ねる、ひどくゆっくりとそれを感じ取った。
 「最初にオマエと抱き合ったとき、気持ちがよかった。一緒に眠れたときは、朝がこなけりゃいいのに、と思った。いまは―――」
 ちりちりと、神経を焼くモノがある。足りない、と訴え続ける慣れきった体と底の無い餓えと。
 瞬きし、抑え込み。
 静かに見詰めてくるコイビトに頬を寄せる。
 「明日がきても悪くないと思う、また愛し合えるだろ……?チガウ―――?」
 呟き、半ば独り言。あまえて訴えるだけの声。
 「何度でも、」
 優しい、としか言い得ない声が聞こえた。
 「求め合える限り」
 
 湧き上がる思いがある、深くから。
 オマエに向かってひらいていくものがある。
 頬を押し当て、ちいさくわらった。
 「―――言ったナ…?」
 シルクタフタ。こんなの、1秒で剥ぐぞおれは。
 もう半ば以上引き出されていた裾から。斜めにさらさらと音を立てる生地を引く。柔らかに、ふわりと浮かべられた笑みを見上げ
 ながら。
 ボタンホールから面白いくらい柔らかに貝釦が滑って行った。
 胸元を辿り、肩から引き落とさせる。
 
 「―――何てカンタン。」
 肩に、やんわりと歯を立てた。
 舌先で追いかけて。
 くく、っと。低い笑い声が聞こえて。髪に口付けられる。
 
 「――――なぁ、」
 声が溶け始める、もうとっくに、なのかそれとも。
 「なんだ…?」
 あぁ、いまの。音にも口付けられたならいいのに。きっと、蜜よりあまかっただろうに。
 「泣きそうなくらい、感じてンだけど……」
 く、と。笑い損なう。
 「―――いまさら、なのになァ」
 両腕で、コイビトを抱きしめた。
 
 
 
 
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