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 サモアで馴染みの連中に別れを告げた。
 アメリカン・サモアのパゴパゴ国際空港でポリネシアン航空に乗り、アピアでエア・ニュージーランドに乗り換え。
 Laxでトランジットして、漸くホームタウンにあるルイ・アームストロング国際空港に到着。
 計28時間30分のフライト。
 行きは最短11時間30分しかかからないフライトが、帰りにはそれだけかかるのは。
 サモアが地球のほぼ反対側にあるということに他ならない。
 
 3日ほどの仕事に、1週間かかるのは、主に空を飛んでいる時間に費やされるのは仕方がない。
 ましてや今回はタヒチ経由だ。実質的に働いたのは丸1日分になるかならないか。
 パペーテまではデンヴァとロスで乗り継いでの、計18時間のフライト。
 仕事を終えたその後に、今度はパペーテからアピアまで小型機に乗り、更に揺られて…。
 
 仕事の関係で知り合ったウポル島に住むマリと半年振りほどに会った。
 『良い風が来たの』
 『そうですね』
 『いいコが生まれるかの』
 『さあ』
 コイビトが男性であることなど、告げるつもりも必要もない。そう思って黙っていたら、“コドモ”と来た。
 
 『生まれたら、大切にしますよ』
 『オマエはよい夫、よい父になる』
 そこまでくれば笑うしかない。
 『ウチの孫娘には縁が無くて残念じゃ』
 『リーシャにはきっといい人がいますよ』
 笑って海を眺めた、仕事を始める前に。
 『まあ、そうだろうな』
 マリが静かに笑った。
 
 リカルドが手渡してくれた写真を、パスケースに入れてきた。
 セルフ・タイマで撮った、3人で映った珍しい1枚。
 ヴァーミリオンのヴェランダに立って、夕日をバックに撮ったソレ。
 あの場所と別れる前日のこと。
 
 3人揃ってガキみたいなツラをしている、と思った。抱えている闇を放り出して、ただ前を向いていた。
 連続して撮ったモノの1枚で。
 真ん中に立ったリカルドにぺったりと懐いて笑っているシャンクス。
 穏やかに少し遠くを愛しそうに見つめるリカルド。
 煙草を咥えたまま、リカルドの肩に腕を乗せて笑っている自分。
 ガキのように真っ直ぐで。けれどその中には生きてきた分の重みもちゃんと写っていた。
 
 『ベン、オマエ。どれか持っていくか?』
 笑って取り出された束、あちらを発つ前にリカルドが言って寄越したモノ。
 “睦み合う”自分とシャンクスの写真、いくつもの。
 『万が一誰かに見られたら、盗まれる気がするから遠慮しておくよ』
 束を見終わってから、リカルドに返した。
 
 中身、快楽に浸かるシャンクスと、それを齎しているオレ。
 餓えを満たし、しかし満たされきれずに焦れ。けれどその焦燥をも快楽の一部として味わっている顔。
 快楽を取り込んで波に飲まれる瞬間、充たされたと感じ取り、恍惚としている表情。
 何度も快楽に浸り、充たされきって眠るシャンクスの顔は。どこか幼いコドモのようでもあった。
 
 火照りの冷めない身体は、鮮やかに色づいて。淡い紫と煌く宝石の中に埋もれていた。
 ギニョールではなく、生きた存在。
 雄でもなく、雌でもなく、ただ愛されたイキモノ。
 指先から髪の1本まで“生”に溢れていた。
 鮮やかなブラッドレッドはライトに照らされてコッパーを帯び。
 その端には、横に転がるダイヤよりキレイな雫のカケラ。
 眠る横顔に口付けていた自分は、酷く幸せそうで。
 
 幸福であった瞬間の、胸に満ちた温もりを思い出した。
 あの夜以来、それを忘れたことがない。
 仕事の最中に、見上げた緑がきれいで。静かに見蕩れた瞬間に、湧き上がったりだとか。
 乾いた飛行機の中から見渡した闇。その中で煌く星を見た瞬間にもまた溢れた。
 
 『マナがオマエと共にあるように』
 帰り際に、告げられた言葉。
 『アナタにも、マリ』
 その言葉を返したその瞬間にも、それは在った。
 刺青師のオトコは幸せそうに笑った。
 『今度は彫られるつもりで来い』
 『仕事抜きでも?』
 頷いたマリに笑う。
 『ありがとう、その時にはよろしく』
 
 帰りにリーシャと車でマーケットに寄り。
 ココナッツの石鹸と、ラバラバを1枚買った。
 色鮮やかに、青を基調とした布地にシンメトリカルなデザインの入った一枚布。
 使い勝手のよさそうなソレ。
 ただ、リストアした家には、合いそうにないのが難点だな。
 
 トランジットの間、ロスから電話をもう一度入れた。
 ロスからは5時間のフライトで着く。
 『メッセージ残しとけば?』と馬鹿にしたような口調のメッセージにはげんなりとするが。
 フライトナンバと到着予定時刻を入れて、通話を切った。
 
 ゲートで乗り継いでいる間に、珍しい人間とすれ違った。
 顔だけ記憶していた人物。まだ若い“西の王様”。
 実際に声を交わしたこともない、紹介されたこともないが…遠目に見ても切れ味を滲ませていた王様は、けれど今はどこか
 幸せそうな雰囲気を漂わせていた。
 …ふン。
 誰だって誰かを愛することができる。愛されることも然り。
 ファクターはきっと、技量、なのだろう。
 天の思し召しだとは―――思わない。
 
 ユナイテッドの搭乗アナウンスが流れ、幸福そうなマフィアのボスを忘れた。
 Almost home―――もうすぐ、帰れるのだから。
 
 
 
 
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