いつも食材を買ってくる店は、デリバリーもしている。キッチンのデンワの横のナンヴァにかければ、1時間もしない内に
ドアベルが鳴って。
エントランスにいたのは、マネージャのミセス・リディだったのにわらった。
『わざわざ?』
ドア口で言えば。
『配達先のアドレス聞いて冗談かと思ったので、確かめたかったの』と。
後ろに荷物をもった店員を連れて笑っていた。
『私へのチップはハグとキスで結構よ』
と。荷物を受け取ったらならそう言って。
袋ごと抱きつかれてまたわらっちまった。

まあなあ?おれもジョウダンかと自分でも思うけどさ。なにしろ閑なんだ、時間潰さないとね。
そんな軽口で、キスと一緒にチップと代金とを持ち帰って貰った。

実際は外が明るくなるまでも、割合と大変だった。時間つぶしのネタ探しは。
けど、心臓が痛いと言っていたセブへの『見舞いデンワ』は、それでも結構助かったかな。
ショック療法が効いたみたいで、ヨカッタネ。最初に声を聞いて思った。
悪ガキみたいな風情が戻ってたし、ウン。下手にタイクツしかけた著名人、なんてモノにならなくて。
強気でナンボ、だもんな、オマエ。
そう言ったなら、『負けてバッカじゃいらンねぇって』と。デンワの向こう側の笑みが透けそうな声が返ってきた。

言葉を幾つも重ねて、ストアの開く時間になったから別になんの確約もしないで切った。『またカオ見に行くヨ』とだけの約束。
いつもの通り。
ううー、とうめかれてもなァ……?
『Call 911(救急車呼べば)』
『That's 999, babe(こっちじゃ999)』
『You gonna’ call?(デンワすンの?)』
『To You? Sure thing, babe(オマエに?アタリマエだろ、)』
わらって、音が切れた。

それから、デリバリーを頼んだわけだ、「材料」の。
いまからなら適当に時間も潰れるな、と。時計を眺めた。3時間くらい余裕で消化できそうだった。
どうせ、タヒチだとかそのあたりの島なら。
あのわっけのわからねぇ極彩色の魚だとかココナツオイルだとか、甘いのかなんなのか問い質したくなる味と。
仕上げは長すぎるフライトなわけだ、―――考えたくもないな。ファストクラスでも、所詮は機上のショクジ。

で、思いついたのが。カリフォルニア・キュイジン、ってやつ。
夏の終わりかけの季節にも丁度いいか。
白を適当に一本あけて、ソムリエ連中が見たら眉を顰めること確定、アイスキューブをグラスに入れて。
リカルドの忘れ物、赤いパッケージがカウンターにあったから中身もちょいと拝借した。
ライターごと忘れていくのもどうかな、リカァルド?使い込まれた銀が、手の中で良い音をたてた。

デリバリーされたものを紙袋から出して行きながら思いついたメニュウをアタマのなかで確認する。
ジブンが飲みたかったからガスパチョと。
肴にはスティーム・アスパラガスとブルスケッタ。
適当に時間がかかるし、丁度イイ。

「トマトだらけ、」
バジルをパッケージから取り出して独り言。
後は。南じゃ魚だらけだったろうから、鶏だな、と。
シノワ・チキン・サラダ、この店はオリエンタルグリーンも品揃えが豊富、ときてる。
何種類かのグリーンと、スノウピーズとセロリだとか。これはカンタンにできるから後回し。セサミオイルやソイソースは、
確かどこかの棚にあったはずだし。
メインのチキンカバブにしたって、ハーブとマリネして串ごとレモンと一緒にローストするだけだしな。

「あー、やっぱトマトが先か」
ガスパチョとブルスケッタを片付けちまおう。
最初に仕上がったガスパチョを冷蔵庫に鍋ごと放り込んで。
レモンジュースとタイム、塩コショウ、オリーブオイルの入ったボウルにチキンブレストをマリネし終えたなら、ケイタイの
コール音が鳴り始めた。
流しっぱなしだったアームストロング、"Ain't misbehavin'"。ヴォリュームはそのままに出る。
「―――Yes?」

すぐに、少し疲れを滲ませた声が聞こえた。
後ろには空港独特のざわめきと、アナウンス。低い声が今空港に着いたこと、車を出して帰ることとを伝えてくる。
「ん、お疲れ」
小さく笑う声が届く。――――あぁ、聞こえてンだ、音。
ご明察、家にいるよ。オマケにCDは入れっぱなしの聞いてるぞ。

なにか買って帰るか訊かれる。
―――フフン。精々驚けよ…?
「イラナイ、早くナ……?」
『ああ、』
また少し嬉しそうに笑う声と一緒に返されて、静かに音が切れた。

と、なると。あと1時間はかからないな、着くまで。
時間の読み通り、タイミングはほぼ完璧。
イタリアンブレッドに乗せる前の、ブルスケッタを味見した。
「アタリマエのように美味いっての」
あとは串刺し共をオーブンに入れちまえば、8分で完了。余裕だな。そして―――カウンタにあったオレンジが目に付いた。




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